26. 白き繭
「くっ!」
英斗は自然と湧いてくる涙をぬぐいもせず、次に紗雪に叫んだ。
「おい! 紗雪! 紗雪!」
しかし、自分よりダメージは深いようで、うめき声を上げるばかりで気が付く様子がない。
その間にもどんどん迫ってくる地面。
圧倒的な絶望が英斗を襲い、湧きだす涙は風に吹かれて宙を舞った。
英斗はギリッと奥歯を鳴らし、意を決すると紗雪の唇を吸う。初めて自分から紗雪に手を出したのだ。
柔らかなぷっくりとした唇を割って侵入し、紗雪の舌を探しだす。そして、ありったけの想いをこめて舌を吸い、また、軽く
英斗の想いは紗雪の脳髄を官能的に揺らす。
直後、ピクッと反応があり、紗雪の舌が自然と英斗の舌を求め始めた。そして金色に輝き始める紗雪。
「よし! いいぞ!」
英斗はバッと離れると、レヴィアを抱えながら紗雪のほほを叩いた。
紗雪はゆっくりとまぶたを開き、ぼーっとしていたが、辺りを見回し、真っ逆さまに堕ちている状況を把握するとバッと大きく見開いた。
「ひ、ひぃぃぃ!?」
おびえる紗雪を英斗はギュッと抱きしめ、
「核攻撃を受けた。何とか落ちるのを止められないか?」
と、紗雪の耳元で頼み込む。もはや紗雪の超常的な力にしか頼れないのだ。
胸にしがみついて硬直している紗雪の背中を、英斗は優しくトントンと叩き、
「紗雪にならできる。そうだろ?」
と、耳元で語り掛ける。
どんな方法があるのかなんてさっぱり分からないが、紗雪もドラゴンの仲間なのだ。きっと空を制するやり方があるに違いない。
紗雪はしばらく何かを考えると、ゆっくりとうなずいた。
シャーペンを取り出した紗雪は、下向きに何やら魔法陣を描き始める。
英斗はレヴィアを抱きしめながら一緒に紗雪の腰にしがみついた。黒光りする光沢のあるタイツ越しに紗雪の体温が感じられ、ちょっとドキドキしながらしっかりと身体を固定させる。
もう地面激突まで数十秒もないのだ。
背中からはうなされているようなタニアの声が聞こえる。
「タニアー! もうちょい頑張れ! ママが何とかしてくれるから!」
英斗は後ろを向いてそう叫びながら、タニアのプニプニの手を優しくなでた。
直後、紗雪の描いた魔法陣が緑色に輝きを放ち、英斗は目をギュッとつぶってただ紗雪の体温を感じる。
次の瞬間、紗雪の風魔法が暴風を巻き起こし、一行は噴き上げられる形で少しずつ減速しはじめた。
元々は攻撃魔法なのだろう。その暴風は容赦なく英斗たちを襲い、服など千切れんばかりにはためいている。しかし、地面に激突することに比べたら我慢できる話だった。
そっと英斗がうす目を開けると、うっそうと茂る森の木々はいぜんとして徐々に大きくなっていくが、このペースで減速していくなら何とかなりそうだった。
英斗がホッとしてキノコ雲の方を向くと、爆心地から白い
え……?
英斗はそれが何かすぐには分からなかった。まるでガチャガチャの透明カプセルみたいに綺麗な球体がどんどんと大きくなっていくのだ。
しかし、地面の方を見ると、まるで火砕流のように白い
そう、それは核爆発のエネルギーの衝撃波だったのだ。
英斗は真っ青になり、
「紗雪! やばいやばい! 逃げなきゃ!」
と、叫んだ。
「え?」
紗雪が顔を上げたが、もう間に合わない。
白い繭が目の前に大きく広がり、視界を真っ白に変えていく。
「来るぞ! 備えて!」
英斗はそう叫ぶと紗雪をギュッと抱きしめ、腰のあたりに顔をうずめた。
刹那、激しい衝撃波が一行を襲う。そのとんでもない核のエネルギーは、みんなをまるでピンポン玉のように弾き飛ばす。その衝撃で散り散りとなった一行は火砕流の爆煙の中に飲みこまれていった。
英斗はなすすべもなく瓦礫の渦巻く爆流にもみくちゃにされ、意識を失ってしまう。
後に残されたのは全ての木がなぎ倒された瓦礫だらけのハゲ山で、まさに死の大地が広がるばかりだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます