21. すぴー
「撤退……か?」
レヴィアはしおれた様子で紗雪に声をかける。
しかし、紗雪はうなだれたまま動かない。全力を尽くしてもタニアを助けられなかった事実が重苦しく心を押し沈め、言葉も出せなかったのだ。
と、その時、ヴォォォンと奇妙な電子音とともに少し先の床が四角く浮き上がり始める。
「マズい! 戦闘準備!」
レヴィアは叫び、銃を構える。紗雪も急いで飛び起きてシャーペンを構えた。
英斗もあわてて起き上がり、へっぴり腰でニードルガンを向ける。
せり上がってきたのはエレベーターである。床から四角く飛び出てきた箱には扉が付いており、屋上との出入り口として使う物のようだった。
いきなりの展開に英斗の手はブルブルと震え、照準も定まらない。
鬼が出るか蛇が出るか、一行は何が出てくるのか
キャッハァ!
ドアが開くと同時に歓喜の声が響く。
なんと、タニアが一人でトコトコトコと出てくるではないか。てっきりやられたものだとばっかり思っていた幼女は、なぜかエレベーターを使って任務を果たしてきたのだ。
武器を下ろして唖然とする英斗の前を紗雪が駆けていく。
紗雪は何も言わず凄い速さでタニアの所まで行くと、ひざまずいてギュッと抱きしめた。
きゃははは!
タニアは嬉しそうに笑う。
見ると紗雪の肩が揺れている。タニアの危機に一番胸を痛めていたのは彼女だったのだ。クールを装っていたが、ママと言って人懐っこく抱き着いてくる可愛い幼女に内心情愛を感じていたのだろう。
英斗はそんな紗雪とタニアの心の交流を、少し羨ましく思いながらしばらく眺めていた。
見るとタニアのボーダーシャツには真っ青の血しぶきがかかっており、顔もほこりや血でぐちゃぐちゃである。
英斗はハンカチでそっとタニアの顔をぬぐい、タニアは幸せそうにそっと目を閉じた。
「お手柄だね、お前凄いな」
英斗は頭をなでながら話しかける。
しかし返事がない――――。
いつもならキャッハァ! と、にこやかに返事してくれるのだが。
「お、おい、どうしたんだ?」
英斗はタニアのプニプニのほっぺたをつついたが、タニアは糸が切れたように首をガクッとさせた。
「えっ!? おい!」
心配して声をかけた英斗だったが、
すぴー、すぴー、と寝息が聞こえてくる。
紗雪は驚いてそっとタニアの首を支えて様子を見た。
「ね、寝ちゃった?」
むにゃむにゃ、と口を動かしてまた寝息を立てるタニア。
二人は顔を見あわせ、ちょっと困惑した様子で微笑みあった。
『手のひら攻撃』の時もそうだったが、タニアは力を使うと寝てしまうらしい。今はゆっくりと寝かせてあげたいが、こんな敵地では寝かせておく場所もない。
英斗はレヴィアからもらったおんぶひもでタニアを背中に背負う。親戚の子供を何度か背負ったことがあるのである程度慣れてはいるが、人類の命運のかかった戦闘に子供をおんぶして突入することにさすがに困惑は隠せなかった。
それにしても、あの屈強なゴリラの群れをタニアが一掃したという事実は、少なからずレヴィアと紗雪を動揺させた。あのゴリラはすばしこく、例えドラゴン化したレヴィアであっても手こずる敵なのだ。つまり、タニアが一番強いということになる。
この不可解な幼女が人類の行方を決めるのかもしれない。
◇
可愛い寝息を聞きながらいよいよ魔王城潜入である。
一行はついにやってきた正念場に口数も少なく、口をキュッと結びながらエレベーターへと乗り込んだ。紗雪も強引にキスしたことなんてもう気にもかけていない様子で、眉をひそめ、深呼吸を繰り返している。
行先階は一つだけ、タニアが戦っていた階だろう。
レヴィアは恐る恐るボタンを押し、魔王城の中へと降りていく。
「ドアが開き次第散開じゃ!」
レヴィアは緊張感のある声で指示をする。
英斗はニードルガンをチェックし、両手でしっかりと握った。ドクドクと早鐘を打つ鼓動が感じられ、手に汗がにじむ。
チーン!
エレベーターのドアが開くと同時に飛び出す一行――――。
しかし、そこには誰もおらず、まるでビル解体現場のような
床には紫色にキラキラと輝く魔石が多数転がっており、これらがゴリラの遺体からできたのであれば、相当数のゴリラがここで倒されたことは間違いないようだった。
不気味な静けさの中、英斗が口を開く。
「これ……、タニアがやったんですかね?」
元はオフィスの会議室のような空間だったような名残が見えるが、まるで竜巻に滅茶苦茶にされてしまった被災現場かのようである。
「分からんが……、そうなんじゃろう」
レヴィアは予想以上の壊滅具合に青い顔をしながら答える。
あの可愛い幼女が無数のゴリラ相手にどんな戦いをしたのかは分からないが、これを見る限り一方的な蹂躙だったのだろう。
しかし、一体どうやって?
一行はその凄まじさに押し黙ってしまった。
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