1-7
僕の前に立つ相手の手に光るは、二本の刃。
迫り来る利き手のグラディウスを、一撃目は後ろに下がって躱すも、すぐさまにもう一歩踏み込んで、次は逆手で持ったグラディウスが振るわれる。
一撃目もそうだったが、下級剣闘士が放つ斬撃とは比べ物にならない位に鋭いそれを、僕は携えたラウンドシールドでガッチリと防ぐ。
やはり手強い。
目の前の相手は二刀士と呼ばれる、剣闘士の中でも珍しく、そしてとても厄介な存在だ。
当たり前の話だが、右でも左でも同じように武器を扱うには、才と研鑽が必須である。
その二つを兼ね備えておきながら、実力が低いなんて事は、まぁまずあり得ないだろう。
相手は顔をすっぽりと覆う兜を被っている為に表情は見えないが、僕の隙を慎重に伺っているのが感じられた。
但し、このまま互いに探り合いが続けば、やがて有利となるのは僕である。
目の前の彼、二刀士は何とか僕を突破して、すぐ隣で行われるもう一つの戦いに関与したくて仕方がない筈。
そう、今日の対戦は一対一の物でなく、二対二のタッグ戦で、しかも中級剣闘士としての物だった。
何故、普段は下級剣闘士と戦って中級への壁をしている僕が中級剣闘士との、しかもタッグ戦なんて物を行っているのか。
それには僕のパトロンであるザルクマ伯爵夫人の意向が関わっている。
一週間程前の事、ザルクマ伯爵夫人に呼び出された僕は、非常に申し訳なさそうな顔をした彼女から、
「イトコ殿、中級の戦いに参加して下さい」
そんな風に要請を受けた。
ザルクマ伯爵夫人は僕の事情と、僕がどうして下級で戦っているのかを知っているから、その要請にはとても驚かされてしまったけれど、更に話を聞いてみれば、彼女にとっても不本意な事態であると充分に理解ができた。
正確に言えば僕に中級の戦いに参加して欲しいと思っているのはザルクマ伯爵夫人ではなく、彼女と付き合いのある貴婦人、セルシアン伯爵家の令嬢だと言う。
セルシアン伯爵家の令嬢と言えば、先日の代理決闘で異国の剣士を連れて来た貴婦人だ。
どうやら僕は、先日の決闘で彼女に気に入られてしまったらしい。
この気に入られたと言うのは、憎いアイツを私の剣士で打ち倒すの! 的なひねくれた物ではなく、普通の意味でのお気に入り、いわゆるファンになったという意味である。
そしてそのセルシアン伯爵家の令嬢が、ザルクマ伯爵夫人にこんな風に言ったそうなのだ。
「ファウターシュ男爵が御可哀想ですわ。あの方が下級の剣闘士だなんて、どう考えても正当な評価ではありません。私、あの方にはもっと実力に見合った華のある舞台で戦って、皆さんに正当に評価して貰いたいのです!」
……もう本当に、善意が有難迷惑過ぎてどうしようもない。
いや、もちろん、別にセルシアン伯爵家の令嬢は何も悪くはないのだ。
本当に善意からそう言ってくれているのだろうし、むしろ悪いのは面倒な事情を抱えて、裏道を使って金を稼いでる僕だろう。
でも今の僕は正当な評価よりも、借金を返せる金が欲しい。
返済は大分と進んでいるとは言え、今僕が妙な所で死ねば、やはり妹達がとても困る羽目になる。
もう暫くは悪名をばら撒いてでも、安全を確保しながら稼ぎたいのだ。
下手に中級で活躍して真っ当なファンでも付いてしまえば、下級での門番や、悪役をする際に面倒だった。
とは言え、パトロンの意向を完全に無視するのも難しい。
ザルクマ伯爵夫人だって好んでこの話を持って来た訳じゃないし、何より彼女には積み重なった恩がある。
僕は自分の興行師、ゴルロダに相談を持ち掛けて、何とか折衷案を見出す。
それが『幾度か中級には参加するが、タッグ戦に限定する』と言う物だった。
つまり中級で戦って勝つけれど、強いのは僕じゃなくてタッグパートナーですよと強弁しようって案なのだ。
これならば僕の実力は下級にしては強い、中級の下位程度で、タッグパートナーが中級でも上位者だから、何とか戦えてるって言い訳も成り立つ。
唯一つ問題があって、下級で悪役や門番をしている僕は、ゴルロダが抱える中級剣闘士達の間では、あまり良く思われてはいない。
タッグ戦で味方が信用出来ないのは、非常に拙かった。
僕は可能な限り安全に稼ぎたいのであって、万一であっても対戦中に後ろから刺される危険を背負いたくはないのだ。
そこで白羽の矢がたったのが、アラーザミアでの数少ない僕の友人にして、間違いなく中級でも上位者だと言える剣闘士、マローク・ヴィスタの存在だった。
持つべき物は友達だって奴である。
「マローク!」
「おう、任せろ!」
対戦開始と同時に斬り込んで相手の二人を分断した僕に続き、マロークが予め定めた敵に向かって突撃して行く。
どんな武器でも扱うマロークの今日の得物は、短槍を二本携えた二槍流。
闘技場でも中々見掛けないスタイルだが、こんな少し無茶目の装備スタイルでも十全に扱えるのがマロークの凄い所だろう。
今日の相手は素早く鋭い技巧派の二刀士と、鈍重だが破壊力抜群の大槌使いのペアだった。
大槌使いが当たろうが当たるまいがお構いなしに暴れて回り、相手が怯んで生まれた隙を二刀士が突くという、タッグ戦ではかなりの戦績を誇る相手。
そんなペアに対し、僕とマロークの立てた作戦は実にシンプルな物である。
どうせ即席で連携しても勝てやしないだろうから、最初から頑張って分断して一対一で倒してしまおうと。
もちろん僕は単独で相手を倒してしまうとシングル戦と変わらないじゃないかって話になるので、実際に敵を倒すのはマロークの役割だ。
より厄介である二刀士を僕が抑え込めば、鈍重な大槌使いに対しては、相性の良い装備をしたマロークがぶつかりこれを倒す。
そうなれば後は二対一なので、僕が倒してもマロークが倒しても、降参を認めても別にどれでも構わない。
二刀士はかなりの強者ではあるけれど、今日は何時ものバックラーよりも大きい、鉄で補強されたラウンドシールドを持って来たので相性的には悪くなかった。
僕と組む事で、マロークの評判は悪くなる可能性は、少なからずある。
僕の悪名に巻き込む形だ。
でも彼は、迷わず僕の申し出を引き受けてくれた。
マロークは、
「ルッケルと組めば貴族の貴婦人方の目に留まるんだろ? 多少の悪評なんて目じゃないさ。打算だよ打算」
なんて風に言ってたけれど、僕が助かったのは紛れもない事実である。
たとえ打算があったとしても、その友情には感謝をしたい。
ザルクマ伯爵夫人や、場合によってはセルシアン伯爵家の令嬢だって、僕の友人であるマロークを紹介する心算だ。
だってマロークが貴婦人の代理騎士にでもなってくれたら、ずぶずぶの演出重視の八百長染みた決闘だって楽々だろうし。
次第に目の前の強敵、二刀士の攻撃に焦りが見え始めた。
後ろの様子はわからないが、マロークが大槌使いを追い込んでいるのだろう。
彼があの程度の相手に後れを取らないのは、見ずとも確信出来ている。
何せ二本の短槍の片方は、何なら相手に投げつけても良いのだ。
焦り混じりの連撃を盾で防ぎ切ってから、僕が振るったグラディウスは、二刀士の腕を浅く切り裂く。
「ウグッ……、チィッ!」
思わず数歩後ろに下がった二刀士を、更に盾の威圧で押し込んで、僕は背後の戦場から二刀士を更に遠ざける。
やがて周囲の歓声が一際大きく、強くなった。
どうやら後ろの決着は付いたらしい。
ここからは二刀士にとって勝ち目のない絶望的な戦いになるだろう。
降参は受け付ける心算だが、どうやら目の前の彼はもう少し足掻きたい様子。
ならばもう少し派手目な切り合いを演じようか。
その方が、貴賓席から見守るパトロン達も、きっと満足するだろうから。
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