最初からあったもの②
「ですから……、ホタカ先生と初めて会ったのは、僕の初診日じゃないんです」
僕の発言にホタカ先生は、呆けている。
「えっと……、ごめん。どういう意味かな? トーキくん」
突拍子もないことは、百も承知だ。
実際、ホタカ先生は取り繕うことも忘れ、聞いてくる。
無理もないだろう。
こんなこと。こうして話している自分でも、信じられない。
だが奇しくも、今しがた。
僕たちの歪みを解消する上での、大きなヒントを手に入れた。
全ては、今この瞬間のためだけに組み込まれた、壮大な伏線だったとすら思えてくる。
「順を追って話します。さっき、麻浦先輩と話しました……」
「そ、そっか……。良かったじゃん! ちゃんと話せて! で、どうだった?」
「はい。まぁ詳しくは言いませんが、僕はホタカ先生の言いつけを守りませんでした」
僕の話に、彼女の反応はない。
ただ黙ったまま、その次の言葉を待ってくれている。
「結局、お得意の泣き寝入りってヤツですかね? そんな感じで終わりました。理由は聞かないで下さい。うんざりなんですよ、もう。そういうしょうもない因縁みたいなの……。第一、僕なんかが手を下さなくても、司法が勝手に制裁してくれますから」
「そうなんだ。トーキくんが良いなら、それで良いと思うよ」
ホタカ先生は優しい笑みで、そう言った。
高島先生は、彼女は僕と一緒に堕ちて欲しいのだと言っていた。
でも……、僕はそれは半分本当で、半分間違っていると思っている。
だから、確かめておきたい。
ホタカ先生自身ですら気付いていない、彼女の本意を。
「それで、ですね……。麻浦先輩に別れ際に言われたんですよ。『やっぱりキミは痛みに鈍感だね』って」
「まぁ、アサウラくんがそう言うのも分かるよ。キミがそういう選択をしたのなら」
「えぇ。実際、僕もその時は言葉通りに受け取りました。でも、その直後に彼の真意……、いや、ちょっと違いますね。意図せず、真相に辿り着いてしまった、と言った方がいいんでしょうか? それで、思い出したんですよ」
「真相って……。そりゃまた随分と仰々しいねぇ〜。全部、私のワガママだよ……」
仰々しい。ワガママ。
確かにその通りだ。
事実、あの時の麻浦先輩の言葉には、別段含みのようなものはなかった気がする。
そもそも、僕がそれを言われたのは、今日が初めてではない。
しかし、ホタカ先生と出会い、痛みを知ったことで、敏感になってしまっていたのだろう。
そうだ。
僕の歪みのスタート地点は、そもそも違っていたのだ。
「ホタカ先生。本当に覚えてませんか? 『今、この建物の中で、一番空に近い場所』で、僕たちが話したこと」
「何さ、そのヘンな言い方。キミと話したこと?」
ホタカ先生は半笑いで聞いてくる。
彼女のこういう部分は、本当に分からない。
飽くまでシラを切り通そうとしているのか。
本当に気付いていないのか。
或いは、彼女を取り巻くどす黒いまでの過去が、それを忘れさせたのか。
「薄情な人ですね。少なくとも、僕の中では転機だと思っていたんですが……」
「こーら! キミだって今さっき思い出したんでしょ? オアイコだよ、オアイコ! それで……、何を思い出したのかな?」
僕の自分を棚に上げるかのような言葉に、彼女は憤慨してみせた。
彼女の言う通り、お互いさまだ。
しかし、あまりの馬鹿馬鹿しさに、思わず溜息が漏れ出てしまう。
僕たちは、どうしてこれほどまでに遠回りしてしまったのか。
振り返ってみれば、何のことはない。
『数奇な縁』などと大袈裟に言ったところで、その実タダの腐れ縁だったというだけだ。
だから、淡々と。
その事実を伝えていけばいい。
「そうですね。端的に言います。ホタカ先生。僕はアナタに死んで欲しくありません。まだ……、僕はアナタを宇宙に連れていってないから……」
あまりの唐突さと小恥ずかしさに、語尾に近づくに連れ、声が小さくなってしまう。
しかし、目の前で口を半開きにし、唖然とする彼女を見れば、十分過ぎるほど伝わったことが分かる。
僕たちはもう一度、振り返る必要がある。
10年前。
その場をやり過ごすためだけに交わされた、あの馬鹿げた下らない約束を。
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