灯理の痛み①
「痛みの連鎖って……。一体、何を言ってらっしゃるんですかね……」
「もーっ!! まだ分かんないかなー? だからね! これは拗らせた大人たちが、年端もいかぬ子どもたちをも巻き込み演じる、壮大な復讐劇なんじゃないかと、私は推察するわけですよ、はい!」
「何すか急に……。第一、復讐ってどういうことですか?」
何とも物騒なことを言って退けるホタカ先生に、僕は頭の中でクエスチョンマークを無数に浮かべる。
「もちろんまだまだ不確定要素はあるよ。トーキくんたちのご両親の会社のこととかね。でもね。大体あってると思うよ。だって私、分かるもん」
「何を、ですか?」
「みんなの、気持ち。結局さ、人の行動原理って我が身可愛さでしかないんだよ。トーキくんは分かってると思うけどさ」
そう言って、ホタカ先生はまた遠い目を浮かべる。
やはり、だ。
彼女が時折見せるその寂しげな佇まいは、僕を不思議な感覚にさせる。
それは決して、同情だとか、身の程知らずな感情ではない。
「……いい迷惑ですね。良い歳した大人が」
「そうだね。登場人物、みんな子どもみたいなモンだよ! でもさ。忘れないで」
彼女は軽く息を吐く。
「我が身可愛さの中でもさ。その中に、ちょっとだけ誰かが入るスペースってあると思うんだよね。自分の中である程度、折り合いをつけて、それを自分と他人で奪い合う。それが、それぞれの優先順位ってヤツじゃないかな」
優先順位、か。
小岩との一件でも、ホタカ先生はそんなことを言っていた。
これについては、本当に良くわからない。
自分本位の中でも共存できる他人がいるとするなら、それはもはや他人ではない。
彼女は、僕にとってそれが風霞だとでも言いたいのだろうか。
他人本位なんて、存在しない。
自分のためか、他人のためか。
そんな二択なんて、まやかしも良いところだ。
それを教えてくれたのは、他でもないホタカ先生自身だったじゃないか。
「ホタカ先生の言っていること、僕には分かりません……」
「じきに分かるよ。キミたちなら」
そういってフッと笑った時の彼女の姿を、僕はいつまでも忘れることが出来なかった。
「さ! 話を戻そうか! フーカちゃん! アカリちゃんに連絡してもらえるかな? お姉さん、チョット聞いてみたいことがあるんだ!」
「は、はい。えっと……、なんて呼び出せばいいですか?」
「そりゃあ、全国の小中高生の偉大なる太陽、美と知を兼ね備えた連戦連勝の天才スクールカウンセラー、安堂寺帆空大先生が聞きたいことがあるって言えば、来ない生徒なんていないっしょ!」
「もうそこまでいくと、自意識過剰とかじゃなくてヤケクソですね……」
通常の人間であれば、黒歴史となるような小っ恥ずかしいセリフも彼女にかかればこの通りだ。
これも彼女が無敵であるが故に、成せる技なのかもしれない。
そんな僕の心境とは裏腹に、ホタカ先生は活き活きと催促するように風霞を見つめている。
「わ、分かりました」
ホタカ先生の圧力に屈した風霞は、スマホに手をかける。
その時だった。
不意に、風霞のスマホが震える。
「あ、あれ? 灯理からだ!」
風霞がそう呟くと、ホタカ先生は嬉しそうにその目を細める。
「なーるほどねー。奴さん、早くも自首してきたみたいだねー」
「えっと……、どうしましょ?」
「いいよ。出て。あっ! 私とトーキくんが近くにいることは内緒ね!」
「は、はい。分かりました」
そう言って、風霞は電話に出る。
「もしもし。灯理? どうしたの? うん。うん。え……」
風霞は会話の途中で、言葉を失う。
その後、何とか気を取り直し、通話を続ける。
年頃の女子二人の話を立ち聞きというのは、些か気が引ける。
特に風霞の場合、心情が態度や顔に出やすい。
『うん、うん』と、浮かない顔で相槌に終始する風霞の姿を見れば、彼女が動揺していることは明らかだ。
数分の間、灯理が一方的に話していたようで、会話が終わると風霞はすぐに電話を切る。
しかし、風霞は顔を俯かせたまま動かない。
「……んで、何だって?」
痺れを切らした僕は問いかけると、風霞はゆっくりと顔を上げる。
「灯理。謝ってきた。『風霞のこと、ずっと騙してた』って……」
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