第20話 身内
余計な一言を発してしまった哉太は、必死に誤解を解く羽目になった。主に結衣へ向かって。
「わかったわかった。由美を頼んだよ哉太君。大事な孫なんだ」
「はい、それはもちろん」
呆れかえる由美を除く四人が納得するまで、かなりの時間を要してしまった。最終的に由隆の言葉でその話題は終了となった。
身内ばかりの場というのは、こういうところで緩みがちになる。居心地がいいと感じる反面、面倒になる時もある。そう思えるようになったことに対し、由美は素直に感謝していた。代人としてでなく、ひとりの家族として見られることは嬉しかった。
つい最近巻き込まれてしまった哉太はどうなのだろうか。露骨に疲れた横顔からは、窺い知ることはできなかった。
「じゃ、まずは訓練ね。私も後から行くから」
優子に背中を叩かれ、由美と哉太は会議室を出るよう促される。きっと、大人は大人で話すことがあるのだろう。代人とはいえ、まだ子供だという自覚はある由美は、大人しく義母の指示に従って襖を開けた。
「とても緊張した」
部屋を後にしてすぐ、哉太は本音を口にした。由美は思わず大きなため息をついてしまった。
「変に格好つけるからだよ。みんなに誤解されかかったじゃない」
「責任を取るってのは本心だったけど、よく考えるとすごいこと言ってしまった」
「そうだよ。結衣姉さんに勘違いされたら哉太も困るでしょ」
「だよなぁ」
肩を落とす哉太からは、学校とは大きく違う印象を受ける。矢部から由美を救った男らしさは微塵も感じられない。隣を歩く相棒は、年相応かそれ以下のまさしく少年だった。
もしかしたら、これが身内に対する態度なのかもしれない。そう考えてしまえば、由美としても多少の失言は仕方のないことだと思う。ただし、意図して小声でだ。
「学校では格好いいのにね」
「なに?」
「んー、結衣姉さんの前ではもうちょっと無理しないとね、って」
「だよなー」
由美にとって、哉太との気の置けない関係性は心地よかった。
遠隔で《造》を使うための訓練を始めて一週間。
懸念されていた他者の意思で力を使うという点については、大きな問題なく解決できた。前々回、前回と互いに深く《伝》をかけた経験が決め手となった。刀や弓矢などの鋭利な物はできないが、哉太の想定していた簡易的な盾は数度の挑戦で作り出すことができた。
予兆なく現れる荒魂に対処するためには、感知から間もなく盾を形成する必要がある。その点についても、哉太が想定した通り、強度を抑えることで対応可能であることがわかった。
しかし、課題はその先にあった。
「哉太、浅くなってる」
『おっと、悪い』
二人の意思を適切な深さで長時間維持する。言葉にすれば単純だが、実際に行うとなると並大抵の集中力では不可能なものであった。また、戦いながらという条件が付くため、単純に意識合わせだけに注力するわけにもいかない。
訓練でこの状態であれば、実践ではさらに厳しくなることは想定できた。さらに大きく進展しなければ、優子から許可が出ることはないだろう。
「全体的に浅いから、もっと深く入ってきてもいいよ」
『いや、さすがにそれは……』
哉太が躊躇う気持ちは、由美にも理解できる。他人の心を知ってしまうのは怖いものだ。知りたくないことまで知ってしまうから。それでも荒魂との戦いを効果的に進めるためには、必要なことだと思う。
「気にしないでいいのに」
『するだろ』
お互い一度はかなり深くまで入りこんだ経験がある。由美の初恋のことも、それが終わってしまった理由も知られているはずだ。何も気にする理由はないのに、男心は難しいと感じた。
哉太の案が上手くいかなかった時のため、別の対策も進められた。由美としては気休め程度ではあるが、何もしないよりは精神的な安心感を持つことができた。
内容は至って単純だ。相手が小型荒魂であれば、まともな対人格闘術が多少は成り立つ。不意の打撃や組付きに対して、相手の力を使用した投げ技を繰り返し体に覚えさせる。
付け焼刃であっても、咄嗟の反応が少しでもできるようになれば、致命傷を負う可能性を下げられるだろう。
哉太のことは信用しつつも、複数の手段を用意しておくことは由美も納得していた。
訓練を続ける一方、由美の学校生活には若干の動きがあった。
校内で一定の権力を持つ矢部が声をかけたことで、露骨に由美を誘おうとする男子生徒はいなくなった。その代わりのように、一部の女子生徒から白い目で見られることが急増した。
「気にしないでいいよ、取り巻きにも入れない子たちなんだし」
「でも……」
「ほら、また猫背」
「わっ」
思わず丸めそうになる背を叩き、紗奈子が笑ってみせた。直接的な嫌がらせを受けない事だけは幸いだったが、当然良い気分にはならない。
「山根、やりすぎ」
「これくらいしないと、由美の美人が台無しになるからー」
なだめるような誠に対し、紗奈子が頬を膨らませる。二人の接点を増やせたことは、形のない不安が増す中で唯一の僥倖であった。
「やっぱり仲いいよな」
さりげなく二人を煽る哉太も、変わらず由美と登下校を共にしてくれていた。彼については、別の噂を立てられるのではないかと気が気ではなかった。矢部ほどではないが、哉太は女子生徒からの人気が高いのだ。
楽しく安心感がある反面、この状況が壊れてしまうことは恐ろしい。由美はこの一週間、綱渡りのような緊張感を味わい続けた。そして、自分にできることは何かを考え続けていた。
そして、ついにバランスの崩れる日がやって来る。
「おはよう。そろそろ落ち着いた?」
金曜日の朝、校門前に長身の上級生が立っていた。
事前に準備をしていたのだろう、矢部の友人らしき男女にいつの間にか囲まれていた。強引に割って入られ、由美と三人の間に距離が空く。
「前回はいきなりだったからさ、ちょっと待ってみたよ」
ちらりと哉太を睨んだ後、矢部は由美に笑いかけた。整った顔に張り付いた表情は、軽薄さと陰湿さが透けて見えるようだった。なぜか以前ほどの恐怖は感じなかった。
「まずは連絡先交換ね。で、今日、カラオケでも」
教室での時と同じように、矢部が携帯電話を差し出す。
由美は意思を込めて背筋を伸ばす。そして、こんな時が来た時のためにと用意していた言葉を口にした。
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