第18話 相思
髪形を変えて背筋を伸ばしたら、大変なことになった。学校では小さな騒ぎとなり、女子生徒に人気のあるらしい上級生に迫られ、他人のふりをしている同居人と肩を並べ歩いている。
多少の予想はしていたものの、ここまでの事態になることまでは考え付かなかった。
「いやー、引き受けてくれてありがとうね」
「まぁ、あんなの見たらね」
学校から駅までの通学路を四人の男女が歩く。由美、哉太、紗奈子と、もうひとり。
「なんで俺まで巻き込まれてるんだ?」
「それはね、なんというか、仲良いでしょ? 霧崎君と佐々木」
「そんな理由だったんだ?」
名を呼ばれたやや小柄な少年が、大げさに驚きの声を上げる。紗奈子が妙に上機嫌な理由の張本人、佐々木 誠だ。
哉太と三人で駅まで向かおうとしたところで、捕まえられてしまった。自分も一緒にという申し出に対し、紗奈子が二つ返事に了承した。
「そうそう、私たちが霧崎君を持っていったら悪いかなぁって」
「紗奈子、言い方」
「相変わらず面白いよね、山根と矢辻さん」
「たしかに……」
明らかに調子に乗っている紗奈子をたしなめる様子が、漫才のように映ったらしい。誠は爽やかに笑った。由美としては、誠の人間性に好感を持っていた。友人が惚れる理由もわかる気がする。
「呼び捨てなんだな、佐々木と山根さん」
「よく聞いてくれました! 実は待ってました」
「おい、恥ずかしい話はやめろよ」
哉太の些細な質問に、紗奈子は意気揚々と中学時代からの思い出を語り出す。誠の制止は無視されていた。
テストの点数を競った話、体育祭で優勝した話、文化祭を楽しんだ話。由美にとってはどれも何度か聞かされた内容だ。その笑顔は毎回眩しく、そして羨ましく見えた。
由美は学校生活、特に中学生の間は良い思い出がない。もともと内向的だった上に、家族を失ったことを引きずっていたため友人はできなかった。家庭では優子や結衣のおかげで笑顔を造れてはいたが、学校では常に独りだった。
そんな自分とは正反対に思える紗奈子は、荒魂の存在を知らない。彼女の昔話を聞くたびに、由美は代人の使命を再認識していた。その役目は、単なる少女として学校生活を楽しむことを許さない。
哉太はどうだろうか。酷い目に遭ってからまだ間もない。紗奈子の話を聞いて、辛い思いをしていないだろうか。
盗み見た相棒は、友人二人と共に笑い合っていた。由美にはどうしても無理をしているように見えてしまい、胸が痛んだ。
「じゃぁ、気を付けて帰ってね」
「うん、ありがとう。佐々木君、紗奈子」
紗奈子が駅の改札で手を振る。二人と由美たちの電車は別方向だ。流石に駅まで来てしまえば無理な声掛けはないだろうと、いつもここで別れるようにしている。
「そういえば聞いてなかったな、霧崎はどっち方面?」
「あー、幕森の方」
「おぉ、由美と同じじゃん」
「あ、そうなんだ」
哉太が言葉を濁す。余計なことを言ってしまえば、同居の事実が露呈しかねない。由美も失言しないよう、顔を俯かせた。
「由美が照れてるけど、途中まで守ってあげてねー」
「ちょっと、紗奈子」
「じゃ、また明日ー。今度何か奢るね」
「じゃあね、矢辻さんと霧崎」
紗奈子と誠が階段に消えたのを見送り、由美は踵を返した。哉太もその横に並ぶ。
「ここで露骨に避けるのも不自然だしな」
「まぁ、そうだね」
若干の気まずさを感じながら、由美たちは駅のホームへと向かった。人通りは多いが、校内と違い由美を凝視するような目は少ない。
「さっきは、ありがとう」
「いいよ」
喧騒に消えてしまわない最低限度の大きさで、由美は礼を告げた。哉太もそれをわかっているようで、正面に視線を向けたまま応える。
「あのね」
「ん?」
「私、人が苦手で」
「知ってるよ。学校と家ではだいぶ違うもんな」
「知られてたんだ」
哉太の発言は、由美にとって意外だった。同じクラスとはいえ接点がないのだ。
「そりゃ、見てたらわかるよ」
「見てたの?」
「同じクラスなんだから、目にくらい入るだろ」
見られていたことに、ますます驚きを強くする。霧崎 哉太という少年は、由美の認識以上に優れた洞察力を持っているのだろう。だからこそ、戦いの場でも信頼がおけるのだと今更になって理解できた。
「あとね、ごめんね。巻き込んで」
「いいよ。ああいうの、俺も見てて腹立ったし」
「佐々木君にも迷惑かけちゃって」
「佐々木は大丈夫。むしろ喜んでるから」
「え?」
「あいつ、山根さんのこと好きだし」
「ええぇ?」
ゆっくりと歩きつつ、哉太はさも当然のことのように言ってのけた。関係性の薄い由美はともかく、紗奈子本人が気付いていないことには驚愕だった。同性の友人同士では、簡単に共有できてしまう事なのかもしれない。
「いい加減付き合えばいいのにな、あの二人」
「そうだね……」
相思相愛なのだから、どちらかが気持ちを告げれば簡単なものだ。しかし、それができないから恋なのだろう。由美自身、久隆に何も言えなかったことを思い出す。
「俺は、結衣さんとデートしたい」
「誘ってみたら? 結衣姉さん、今恋人いないはずだよ」
「いやー、それは難しい」
意中の相手に直接言えないのは、哉太も同じようだった。同年代の少年らしさを微笑ましく感じ、由美は助け舟を出すことにした。結衣が年下になびくかどうかはわからないが、機会くらいはあってもいいと思えた。
「例えばさ、次の戦いが終わったご褒美に食事とか」
「なるほど、ありだな……」
「さっきのお礼に、手伝ってあげるよ」
「それは助かる。頼りになる相棒でよかった」
あの時、彼と出会った夏の夜には、こんな軽口を叩ける日が来るとは思ってもみなかった。由美にとって今の哉太は、命を預ける相棒であり気の置けない友人になっていた。
「はいはい。あ、電車来たよ」
ホームへ続く階段を降り、ちょうど到着した電車に乗る。それ以降は無言のまま、二人は幕森大社へと向かった。
「変わらなきゃ」
軽くなった髪を軽く撫で、哉太に聞こえないよう呟いた。
新月の夜まではそう遠くない。それまでに小型荒魂への対策を完成させる必要がある。少女と少年に与えられた青春の時間は終わり、戦士たる代人としての時間が始まる。
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