ルナちゃん

緋島礼桜

宿泊研修









 夏も過ぎた季節だというのにその日はじっとりと蒸し暑く。

 なのに暑さとはまた違った―――纏わりつく気配には悪寒すら感じる。

 その宿泊研修施設は、例えるならばそんな空気を放っていた場所だった。








 

 学生の通過儀礼とも言える行事、宿泊研修。

 高校一年生である私たちはそんな行事のため、バスで2時間乗った山中にあるその宿泊施設へと向かっていた。

 1日目は体育館でレクリエーションをして、2日目は登山。そして3日目に帰宅できるという―――私にとっては苦痛でしかないイベントだった。

 何せ友だちもいないし、運動も苦手。

 部屋決めは余りもの集団による大部屋が自然と宛がわれた。

 いっそ雨が降れば、なんて願いも空しく…天候は3日目まで快晴予報で。

 私はバスの移動中ずっと、全てを恨み続けていたくらいだった。





「ねえ、知ってる?」

「何?」

「これから行く宿泊施設って…マジで出るんだって」


 車中のどこからともなく聞こえてきた会話。

 こういった行事にはつきものの怪談話、都市伝説。

 そんな会話に私はより一層と眉をひそめる。

 私は怖いもの全般も大嫌いだった。

 そもそも本当に怖い噂があるならば、その宿泊施設はとっくに誰も客が来なくなっているはずなのに。


「嘘じゃないんだって。なんでもその宿泊施設へ泊まりに来た子が亡くなったとかで…」


 そう話しているのはクラスでも階級カースト上位の女子グループで。

 いわゆる陽キャという人たち。

 しかも宿泊の部屋決めで運悪く私と同じ大部屋を割り当てられてしまった面々だった。

 これもまた、私のうんざりのタネの1つでもある。


「噂のこと全然なんも分かってないじゃん」

「あ、じゃあ…これから行く宿泊施設の名前で検索してみたら?」

「もしかしたら出るかも」


 そう促されてスマホを弄り始めたのは女子グループのリーダー格である相沢 摩実まみだった。


「あー…なんかスレにあるっぽい」


 彼女は手慣れた様子でさくっとその都市伝説を調べ上げた。


「なんでも『ルナちゃん』て名前らしいよ」


 そう言って摩実まみはネットに上がっている情報を話し始める。

 え、ちょっと待ってよ。

 私にも聞こえちゃうじゃん。止めてよ。

 でも―――その会話を止めろだなんて、言えるわけがなく。

 話はつらつらと耳の中へ半ば強制的に入ってきてしまった。








+++








『ルナちゃんはクラスでいじめられていたらしく、宿泊研修中にも酷いいじめを受け、耐え切れなくなって施設の鉈で明朝、自殺したらしい』


『俺が聞いた話はちょっと違うけどルナちゃんが自殺したのは一緒』


『で、ルナちゃんは復讐のため、自分をいじめてた奴らと同じ条件の人間を襲うんだとか』


『条件て…すぐに襲わないんかいw』


『①生徒であること。②その宿泊施設に泊まってること。③その他』


『ちょ、その他って何?』


『俺も詳しくは知らん』


『多分ルナちゃんを知った奴は絶対に夜中施設を出歩くな、とか…なんとか』


『つかルナちゃんて個人名出ちゃってんだけど検索したったら本人出たりする?』


『いや、それもなんかいけないとか聞いたけど』


『とにかく、よくある都市伝説的にまとめると…ルナちゃんを知った学生は例の宿泊施設泊まるときは夜に外で歩かなければおk』









『                                』

 







+++









 と、それまで淡々とSNSを読み上げていた摩実まみが、その声を止めた。


「どしたの?」

「あ…いや、なんでも……」


 そう言われると返って気になってしまう。

 私もその『ルナちゃん』とやらを検索してみたい衝動に駆られたものの。

 あいにくと怖いものはやっぱり大嫌いだし、何より乗り物酔いをしそうだったので止めた。

 そうこうと彼女たちグループの会話に耳を傾けているうちに、バスは例の宿泊施設へと到着した。

 いかにも趣のある、山荘といった雰囲気の木造の施設。

 ―――だが、何故だろうか。

 夏も過ぎた季節だというのにその日はじっとりと蒸し暑く。

 なのに暑さとはまた違った―――纏わりつく気配には悪寒すら感じる。

 その宿泊研修施設は、例えるならばそんな空気を放っていた場所だった。 








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