聖徳太子小説

燈 歩(alum)

わたあめ目指しててくてくと

 ドーン!と大きいタワーが二つ。


 足元が抉れてて砂時計の上側みたいな大きなひとと、その後ろにどっしり構えたメロン模様の大きなひと。


 今、わたしの目の前に広がっている景色、これが本当に現実なのね……。


「なんて素敵なの……!」


 夢じゃない。グーグル様の見せてくれるバーチャルじゃない。本物の触れて、質感があって、立体感のある、現実!


 じゃあ本当にあのビルの中にグーグル様が入っているってことなのか。いつもお世話になってます。だいたいのことはグーグル様に教えていただいてます。とても素敵でありがたいサービスだと思ってます。


 わあ! やっぱり、東京ってすごい!


 たかーい! ビルってあんなに大きかったんだ。あの中に一体どれだけの人が詰め込まれているんだろう。どんな人たちが詰め込まれているんだろう。


 その人たちはこんな景色が当たり前で、いつもの風景になってるってことだよね。なんてすごいことなの。わたしとはやっぱり、いきてる世界が違うのね。


 ……おっと、いつまでも上を見ているわけにはいかない。冒険を始めなくちゃ。


 そう、わたしは今日、渋谷から原宿まで歩いて向かうという冒険をするのだ!


 目的は原宿にあるレインボーわたあめ。YouTubeで見てからすっごく気になっていたの。それにカラフルで個性的な人たちがたくさん歩いていて、わたしもそこに紛れてみたいなって。


 いろんな人の個性が爆発して、でもちゃんとみんな存在してて、すごいなって思うんだ。


 そんな、この東京を1人で、好きに歩くのは初めて。とってもドキドキする。そしてワクワクする。というか渋谷駅を降りただけでこんなにウキウキしちゃってる!


 かの有名なハチってワンちゃんには挨拶できなかったけど、大きなタワーが2つ、わたしの門出を祝ってくれたから良しとしよう!


 なんたって渋谷で一番高いビルと、天下のグーグル様がいらっしゃるビルに見守られているのだから最高にハッピーだ。本当はあの屋上に上ってみたかったけど予算オーバーだったの……。あーあ……。


 ふう。そんなことは次、叶えればいっか。よし、タワーの視線を背中に感じながら出発進行!


 それにしても空中を通路が行き交っていて、道路も空を埋めようと躍起になっていて、ここに住む人は息苦しくないのかな。こんなに空を切り取って、一体どうしようっていうのかな。


 細切れになった空。そのそれぞれに絵の具を混ぜて、夕焼けの空とか、朝焼けの空とか、真っ暗な空とかを一望できるようにするためだったりして。写真を撮ったら、さぞ映えることだろう。Instagramとかいうキレイな写真がいっぱい載ってるところにUPしたら、一躍有名になれるかも……!?


 それとも、雲の生産工場なのかも。細かくした空のそれぞれに雲のタネを蒔いて、それぞれに育つのを待つ。収穫する時期がバラバラになるから、いつでも新鮮な雲を手に入れることができる。手に入れた雲はふんわり甘いわたあめみたいな味がするはず、きっと。それでこどもたちに配って歩くんだ。世の中にはこんなに素敵なことがいっぱいあるぞーって!


 うふふ。東京って感じがする。だってこんな景色も想像も、東京だからできるんだもん。


 えっと、ところでどこを曲がるんだっけ? ん、この角だっけ?


「MI、YA、SHI、TA、ぱ、く……。宮下パーク!」


 あ、下に宮下公園ってちゃんと書いてある。ここ、公園なの? え、ここが?


 わたしの知る公園っていうのは、木がたくさん生えていて、シーソーとかすべり台とかこどもが遊ぶ遊具がたくさんあって、街の騒がしい音から少し遠いところなんだけどな。あとはママさんたちがベビーカーを引きながらおしゃべりしたりしてるの。


 ここにあるのは人と、道の真ん中にドーン!と鎮座している細長い建物。人はママさんもいるみたいだけど、ほとんどは大学生くらいのお兄さんとお姉さんがいっぱい。こんなの公園っぽくない。全然公園っぽくない。


 でもでも、向こうに見えている温室の屋根みたいな枠組みはワクワクする! あれはなんなんだろう。なんの意味があって、あんなにワクワクする形をしてるんだろう!


 気がつくと、なんだかオシャレなお姉さんお兄さんばっかり。……おとなも公園で遊んだりするのかな? こんなオシャレなお姉さんお兄さんも、ジャングルジムに上ったり、ブランコを漕いだりするの……?


 ……わぁ、近づいてみると大きいなぁ! この建物、右手であっかんべーをしてるみたい。きっとこどもの建物なんだね。うーん、でも視力検査してるみたいにも見えるかも。ここからでもビルは見えますよー!


 あっかんべーの口に、お姉さんお兄さんたちが吸い込まれたり吐き出されたりしてる。ちょっとおかしい。ところで美味しいのかな、人。


 あ、いけないいけない。また止まっちゃってた。わたあめ目指して行かなくちゃ。


 あっかんべーの後頭部は、びよーんと長ーく伸びている。その下に、ビールとかの旗がパタパタしている。こういうのなんていうんだっけ、飲み屋さん? 居酒屋さん? わたしは今は入れないんだよなぁ。


 お酒ってどんな味がするんだろう。ビールとか日本酒とか、あと甘いお酒とか、色々種類があるっていうけど、コーラとかサイダーとかカルピスみたいな感じなのかな。ジュースだったら美味しいのにな。でもお酒をこんなに飲む人がいるってことは美味しいのかもしれない。


 あとねあとね、酔っ払うっていうのもどういうことなのかなってすごく気になる。ヘロヘロになる人とか、笑ったり泣いたり怒ったりする人とか、眠くなる人とか気分が悪くなる人がいるんだよね。どんな感じなんだろう。ちょっと想像がつかないなぁ。


 わわ、この建物の上側はずっとあのワクワクする形、アーチ状になってて植物が絡んでるのね。人工のグリーンカーテン? こういうのを空中庭園って言うのかな?


 うん、よくわかんないや。


 ちょっと木を植えたり、草を配置したりしただけなのに、「自然だね」とかあそこにいる人みたいに「緑が気持ちいい」とかって言うのもよくわかんないや。自然とか緑っていうのは、もっとこう、山!とか森!とかだと思うの。


 え、もう終わり? 短いお付き合いだったなぁ宮下パーク。お店に入らないとあっという間に通り過ぎちゃうものなのね。


 あら、あらら……!


 最終地点にくっついてるビル、これは完全に煙突じゃないか!


 そっかぁ、長い機関車だったのね。この機関車はたくさんの人を乗せて、渋谷駅から原宿駅を目指して出発した。でも疲れて、きっと今は休憩中。えー、それならあの屋根の上にあたる部分を歩いてくればよかった。こういうこと、グーグル様は教えてくれないのよね。


「……なんだこりゃ」


 木? 上ばっかり見て疲れて下を見たら、木が生えてる。白と、赤と、青の、プラスチック?の。


 これはもしかして異世界ワープ? この木が見えた人だけ、秘密の道に行けるのかも! 強くてニューゲーム、いけちゃう? いきたーい!


 ん、なんか向こうには金ピカの卵みたいなのが見える。なんだろう。


 わぁ、でっかい卵!


「D、RA、GO、N……、どらごん?」


 なんでドラゴン? わわっ。


 その隣にある、なんだかものすごくアヤシイお店。白の壁で、ピンクの柱に、赤いネオン。読めない漢字で、中から赤っぽい光が漏れてる。見えてるのはふつうの?洋服っぽいけど、奥に進んだら、ちょっとえっちなお洋服があったりするのかもしれない。


 っていうかこの通り、なんだかおとなのニオイだし、アヤシイ感じだし、ちょっと刺激的じゃない? やっぱり異世界かも! おとなの階段上っちゃう!? でもごめん、そんな勇気ない。


 でもちょっとだけ。ね、ちょっとだけ。今日は冒険なんだし、勇気を出して進むだけ。ね。


 ……わぁ、読めないアルファベットのお店がいっぱいある。これは何屋さんなの? 洋服屋さんなの? すごく、なんか、いけないことっていうか、まだ早いっていうか、だけど覗いてみたいっていうか。こういう気持ち、なんていうの。好奇心……?


 うふふ。わたし、とっても楽しんでる。楽しい。こういう時のためにあるのよ、この楽しいって言葉は。


「CA、T、ス、T、REET……? 猫ちゃんの絵が描いてあるけど。あ、キャットか」


 隣の壁に描かれていた言葉。ここはキャットストリートっていうのね。とっても素敵! 本物の猫ちゃんはいないみたいだけど、この絵の猫ちゃんみたいな、セクシーなイメージのところね!


 あぁもうキャパオーバーな刺激を、わたしは受け取ってるよぉ。だって見えるモノすべてがキラキラ輝いて見えるんだもの。あれもこれも気になるし、でもこれ以上モタモタしてるとわたあめ屋さんに辿り着けないかもしれないし。


 ああ、もっと、本当はじっくりゆっくりたくさん見て吸収したいのにぃ。せっかくの東京を心ゆくまで漫喫したいよぉ。


 でもだいぶ日が傾いてきちゃった。わたし、急いで。閉まっちゃうかもしれないから。


 うぅ、後ろ髪惹かれるけど、しょうがない。


 絶対、今度は、次回は絶対漫喫してやるんだから!


 透明なガラスが綺麗なお店や、スモークガラスで中が全然見えないお店や、ちょっぴり高級感の漂うスタイリッシュなお店たちを横目にわたしは急いだ。


 ……。


 …………。


 あ、わたあめ~! 目の前でもあもあもあ~って作ってくれて、色がいっぱいでお花で可愛くて、とっても気に入ったよ!



 おわり。





―――



―――――


『個体番号IACHU000212、データ受信完了』


 はぁ、やっと終わったか。この個体はデータ採取に時間がかかるなぁ。肝心の原宿のデータほとんどないし。渋谷駅出てからすぐに容量割きすぎだろ。


 お疲れ様です。終わりましたか?


 今やっとデータを受信したところだ。これから諸々の入力だよ。ったく、めんどくさいことこの上ない。


 まあまあ、そうおっしゃらずに。


 だいたいな、こんなデータを集めて来るのだってAIなんだ。そんならデータの入力や解析もわざわざ人力でパソコンに打つんじゃなく、全部まとめてやってくれればいいんだ。


 気持ちはわかりますけど……。その辺はお役所仕事特有の「苦労しろ」ってことじゃないんですか? それとも先輩が先頭立って変えちゃいます? この旧態依然な場所。


 いや、めんどくさいことはしたくないんだ俺は。やめとくよ。


 ですよね~。自分もです。


 あーもー、パソコンのモニター見てて本っ当に疲れたわ。これからまだ仕事があるっていうのにさ。


 あ、仮眠室空いてるっぽいんで使ったらどうです? 自分は今日は、この辺で帰りますね。


 お~デートか~? ……あーあ、人知れず、都市計画や災害シュミレーションのためのデータを集めてる俺たちって本当に偉いよな。


 偉いです偉いです。で、先輩早く寝た方が良いですよ。お先に失礼しまーす。


 はいはい、お疲れお疲れ。おやすみおやすみ。


プツン―――。



―完―


Special Thanks:KAWASAKI (キャットストリート)、もり ひろ(機関車)、(^_^)(パソコン)

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