振り出しに戻ってもう一度、俺と恋の二人三脚を始めないか……。
『そして零お兄ちゃんがいちばん勘違いしているのは、
幼いころ俺、
再会した当初、彼女の名字が親同士の再婚により変わっていることに俺は驚いた。
さらに驚くべき事実は俺の通う県立中総高校、学園一のチャラ男でサッカー部のキャプテン、
俺のもうひとりの大切な幼馴染、
乙歌の告白から茜の潔白も知らされたが、その件は本人と直接会って確認して欲しいと彼女は俺に強く訴えかけてきた。
過去の自分と向き合ってきた俺はその意味をすぐに理解することが出来た。
同じハンドボールを愛好するスポーツマンとして乙歌は、茜とフェアに戦いたいのだと……。
乙歌は俺との恋の二人三脚の相手に自分も立候補すると言いたいはずだ。
その上で自分の恋のライバルである茜に早く俺を会わせたい
『零お兄ちゃんは乙歌の話を聞いて今はとても混乱している状態だと思います。だけど自分で最初の一步を踏み出して下さい。チャンスは自分で歩きだして初めて掴めるものですから……』
『乙歌、俺にはチャンスを掴むことが出来るのだろうか……』
『生意気なことを言ってごめんなさい。でも大丈夫です、乙歌に一步を踏み出す勇気を与えてくれたのは零お兄ちゃんなんですよ、だからもっと自分に自信を持って下さい。自信過剰でお調子者、くよくよと悩まないそんな男の子が私の大好きになった唯一の相手……』
乙歌のささやきが俺の耳に心地良かった。抱きしめたままのこの腕を離したくはなかった。だけど俺は……。
『乙歌、こんな俺でも待っていてくれるのか?』
『零お兄ちゃん、私にその質問は愚問ですよ。だって……』
乙歌は何かを訴えかけるような表情を一瞬浮かべたが、すぐに普段の笑顔に戻った。
『……だって乙歌はもう何年も待ちましたから、零お兄ちゃんが私のことを思い出してくれるのを。だからこうやって抱きしめられているだけでも幸せです』
『乙歌……。お前はそれほどまでに俺のことを』
『さあ、早く茜さんのところに行ってあげてください。そうじゃないと
後ろ髪を引かれる想いで俺は腕の力を緩める。
『乙歌、明日の放課後、もう一度会えないか?』
『どうして……。零お兄ちゃんはそんなことを言うの。もう涙は見せないと思っていたのに、いま優しくされると私の心が揺らいでしまうじゃないですか!!』
彼女は必死で感情を押し殺していたのか……。
『違うんだ乙歌!! お前はまだ何か話していないことがあるんじゃないのか? 俺はそれが知りたいだけなんだ……』
俺が気になっていたのは、なぜ彼女は君更津総合病院を今回の待ち合わせの場所にしたのか? ただ単に俺たちの想い出の場所なだけではない気がしてならない。
……それは妙な胸騒ぎを覚えた俺の直感だった。
『れ、零お兄ちゃんはどこまで……』
『乙歌!?』
『な、何でもありません……。 分かりました。明日の放課後あのマンションの前で待ち合わせをしましょう。今日の話の続きもありますので。だけどこれだけは乙歌と約束して下さい、今は茜さんのことだけを考えてあげて欲しいんです』
そのときの俺にはまだ分からなかったんだ。後で考えれば彼女の言葉の意味はある切ない想いから発せられたということを……。
*******
「はあっ、はあっ!!」
俺は自転車を漕いでいた。従兄弟の
数日間、学校を休んで自転車に乗らないだけで身体のキレがぜんぜん違う。
まるで重いウエイトを背負っているようだ。従兄弟の麻衣の作る手料理は絶品だったから食べすぎてしまったのもその要因だろう……。
『零ちん、茜ちゃんと乙歌ちゃん、二人としっかり向き合って!! それが麻衣のお願い。行方不明になった私の親友みたいな境遇に二人がなって欲しくはないから』
……具無理からの帰り際、従兄弟の麻衣から言われた言葉だ。
そして俺の手には浦島太郎みたいな玉手箱が握られていた。亡くなった母の部屋で麻衣が見せたかった物、それがいま俺の手元にあるんだ。
中身はまだ見てはいけないと麻衣から強く念を押されたんだ。そんなとこまで昔話みたいにしなくてもいいんじゃないのか!?
そして一緒に手渡された手紙は具無理のマスターから俺の親父宛だ。
こちらも気になるが、手紙を開けたら煙が出て白髪のおじいさんになったら困るから先に親父宛で自宅に郵送しておいた。キングオブ童貞のままでおじいちゃんになるのは悲劇だろう。
童貞と言えば香坂俊のことも気になる。まさかあの学園一のチャラ男で夜のゴールは外さないと豪語していた奴の正体が、ただのイキリ童貞だったなんて誰が想像するだろうか!? さらに驚くべきことは香坂の転校してきた理由だ。俺の悪友、情報通の
「零、何日も学校を休んていたからとても心配したよ!! ついに陰キャの王道パターンの引きこもりになったかと思ったんだ」
明るく振舞う奴の声に救われる思いだった。まず茜の居場所を聞いた。
「茜ちゃんなら今日は部活動を終えて家に帰っているはずだよ。デートに誘うなら好感度ゲージに注意して。零の汚い身なりじゃ茜ちゃんに嫌われて断られるかも……」
お約束の茶番劇なやり取りをしながら通話を切った。香坂俊については詳しく深堀して調査すると阿久は俺に確約してくれた。
いまは乙歌との約束を守り茜の件に集中しよう。
俺たちの家がある住宅街はもうすぐだから。数日、留守にしただけの街並みも何だか懐かしく思えるな。
郵便局のある角を曲がるとそこには……。
「れ、零ちん……!?」
よく整った小さな顔、軽やかに流れる黒髪が風に揺れる。セーラーブレザーの制服に隠しきれないたわわな胸の膨らみが懐かしい。
俺の大切なもう一人の幼馴染。
茜。まだ間に合うのなら振り出しに戻ってもう一度、俺と恋の二人三脚を始めないか……。
次回に続く。
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※拙作に素晴らしいイメージイラストを描いて頂きました。
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https://kakuyomu.jp/users/kazuchi/news/16817330652103170541
ヒロインの茜ちゃん、ちゃんとセーラーブレザーを着てくれています。
それに無自覚な部分もたわわ(笑)に再現されていますね。
本当に嬉しいです、くろっぷ様、ありがとうございました。
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