第2話 剣を学びたいのだが

「レイヴン様。朝食の準備ができてますです」


そう言って廊下から朝食を持って入ってきたサーシャ。


メニューはスープとパン。


「ありがとう」


サーシャから受け取ろうとしたら、逆に彼女は遠ざけてしまう。


「ど、どうしたのさ?くれないの?」

「毒味は目の前で行う決まりですからです」


ど、毒味だって?!

そ、そういうのもあるんだな。


俺がそう思っているとサーシャはスプーンでスープをすくって自分の口に運んでいく。


それから平然とした様子でそのスプーンをスープに戻した。

まるで、当然と言いたげな様子だ。


それから俺に渡してくる。


「毒味完了です」

(この世界じゃ、これが普通なのか?)


俺貴族になったことないから分からないんだけど。


こ、こんなものなのか?


し、刺激が強すぎる。


「あ、あのさ。別のスプーンはないの?」

「スプーンに毒が塗られている可能性がありますです。私が使った後のスプーンの方が安全です」


毒がどうとかそういうことを気にしてるわけじゃないんだよね。


「この使用済みスプーンは毒が塗られてあってもサーシャが舐めとるようにしましたから安全です」


いや、そんなにねっとり舐めたことを報告しなくていいから……。


(……)


別にサーシャの後が嫌、というわけではないけど。

この子はなんか抵抗とかないのだろうか?


少なくとも俺はあるんだけど。

だってほら食欲が出ない。


「どうしましたですか?食べないのですか?特別な理由がない場合食べてくださらないと私はクビになりますです」


そう言いながらグーーーとサーシャの腹の虫が泣いた。


なにも食べていないんだろうか?

それとも中途半端に味見したせいで、腹が減った、とか?


まぁどっちでもいいや。


「食べていいよ。今日は食欲が出ないんだ」


そう言うとスープに手を付け始めたサーシャ。

いい食いっぷりを見せてくれる。


そんなにお腹が空いていたようだ。

食べ終わったサーシャに告げる。


「さがっていいよ」

「で、でも朝のトイレがまだですよ?」


トイレまで付き添ってくれるのか。

メイド、というのは。


「いや、いいよ。一人でいくから」

「そ、そうなのですか?」

「サーシャだって他にやる事あるでしょ?」


サーシャをさがらせようとしたが


「レイヴン様は一人でトイレに行けるのですか?」


驚いたような顔をするサーシャ。


バカにしてるのかな。

トイレくらい一人で行けるに決まってるだろ。


「貴族の方は一人でトイレに行けない方が多いのにレイヴン様は行けるのですか?」

「行けるから、さがっていいよ」


貴族って何から何までやってもらうから一人でトイレもできないのだろうか。


「で、では失礼しますです。そうですか、ひとりでトイレにいけるのですね」


そう言ってサーシャは部屋を出ていった。


前世のことを考えたらバカにされてる感じがしないでもないけどそういう意図はないんだろうな。


多分この世界の貴族は一人でトイレにも行けないんだと思う。


「はぁ……」


先が思いやられる、とか思いながら俺も部屋を出た。


目指すは父上の部屋だ。

道中高そうな壺や置物を見かけて本当に貴族として転生した、ということを理解する。


コンコンコン。


父上の部屋の扉をノック。


「レイヴンです」

「入れ」


中から声が聞こえ扉を開けて入る。


「失礼します」


中にはひげ面の怖くて厳しそうな男が椅子に座っていた。


目には傷があり見た目だけなら、ザ悪役ってかんじだが。


これが俺、レイヴンの父親、ということになる。


ゴクリと緊張で出てきた唾を飲み込む。


目の前のすごいオーラを発する人物が口を開いた。


「レイヴーーーーン?!!!!パパになにか用かなぁ?!」

(はっ?)

「なにか欲しいものがあるのかなぁっ?!なんでも買ってあげるぞー!レイヴン!」

(え?え?)


戸惑うばかりの俺に父上はどんどんと口を開いていく。


「メイドの話か?サーシャは気に入らなかったか?奴隷市に他の娘を探しに行くか?!いいぞ!パパは今手が空いてるからな!」

(えぇ……?)


俺の中での、凄く厳しそうだ、という第一印象は簡単に崩れ去った。


一言で言えば親バカというやつなのだろう。

まさかレイヴンの父上がこんな人物だった、なんて。


でもこれなら切り出しやすそうだ。


「父上お願いがあるのですが」

「なんだ?!なんだ?!言ってみろ!レイヴン!パパはお前のお願い聞いてやるからな!」


子供のようにウキウキとはしゃぎながら聞いてくる父上に俺は一言口にした。


「剣を、学ばせて欲しいのです」


俺がそう言うとピクリと眉が動いた。


「剣だと?」


今まで子供のようにはしゃいでいた父上の顔が歪んだ。

そして、厳しい目で俺を見てきた。


「ならん。ならんぞ」

「な、何故なのですか?」

「お前は将来爵位を授かり貴族として快適な生活を送るのだ。それがお前の生まれた意味であり定められた未来」


そう言ってくる父上。


貴族はたしかに世襲制だ。

貴族として生まれたのなら貴族になれるし、貴族を目指すというのは普通のことだ、ということは原作で見て知っていた。


だがレイヴンにその未来はなかった。


レイヴンにあるのは闇堕ちルートだけ。


「そんな立場にあるお前が剣の練習だと?させるわけがないだろ!死んじゃったらどうするんだ!私は耐えられんぞ!かわいいお前が膝小僧を擦りむいて泣く姿なんて!ぷんぷんぷーーーーーん!!!」


子供みたいに喚く父上。


なんだこいつ……。


「ならん!ぜっっっっっっっっったいにならん!剣の練習なんてさせん!ぷんぷん!怒るぞ!」


なんというか俺の胸の中にあるのは困惑、それだけだった。


原作ではほとんど触れられていなかったから知らなかったが


(レイヴンの父上ってこんなんなのかよ……)


言っちゃあれだけどすげぇ、バカそうな人だな。

俺がそう思っていたら


「ママァァァァァァァ?!!ママァァァァァァ?!!!」


父上が母上を呼ぼうとしていた。


「レイヴンが剣の練習をしたいってさ!止めてやってくれ!」


ドタドタドタと廊下を走る音がする。

母上まで乱入するのだろうか?


やむを得んな。


「父上、すみません。つまらない冗談です」

「そうか!冗談なのか!まったく焦ったぞ!」


俺たちの会話が聞こえたのか扉の外まで来ていた母上の声が聞こえる


「もう!まったく!驚かせないで!」


ピシャリと母上がそう言って去っていく音が扉越しに聞こえた。


その後に父上が口を開いた。

今度は俺を見下ろして威圧するように立ち上がって、だ。


「いいかね。レイヴン。次そのつまらない冗談を口にしてみろ?おしりペンペン


​────100000000000000000000000000000回の刑だぞ」


そう言われ俺は頷くしかなかった。


本気で言っているようには見えないが、剣を学ばせない。

このことに関してはやはり破らせたくないように見える。


さて、どうしたものか。

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