僕の宇宙 80平米
ウゾガムゾル
1. 使命
目覚ましがけたたましく鳴り響き、僕はいつものように飛び起きた。
最近どうも起きれなくなってきた。朝に何か楽しいことをすれば起きれるようになるってお母さんは言ってた。でも楽しいことってそんなに簡単に見つかるものじゃないんだよな、と思いつつ、僕はベッドから起き上がる。楽しいこと、後で探すことにしようかな。
寒い部屋を出て、窓の外を見てみる。太陽が東から照り付けていた。僕は洗面所で顔を洗い、軽食をとって、「学校」へ向かう。
「学校」に着いた。
「おはよう」
咲希ちゃんが挨拶した。僕も「おはよう」と返す。
「昨日の宿題がわからなかったんだけど、見せてくれない?」
「宿題は自分でやるものだぞ」
「えーっ、いじわる」
「お前のためだから」
「……ここがわからないんだけど」
咲希ちゃんはノートを広げ、僕に見せてくる。
「……ああ、そこが違う。ここで符号が逆になってる」
「……やっぱ教えてくれた。ちょろいね」
咲希ちゃんはにやにやしながら僕を見る。
「え?」
「間違ってるところ見たらすぐ直したくなるのはわかってるんだよ、全部お見通しだからね」
彼女は不敵に笑った。
「うぅ……」
咲希ちゃんは僕より少し年上で、ずっと昔から一緒に過ごしている。互いのことをよく分かってる。でもここ最近はなぜか、「学校」のときしか咲希ちゃんに会えない。お父さんたちが会わせてくれないのだ。
僕は席に座り、「先生」の到着を待つ。やがて部屋のドアが開いた。
「ごめん、待たせちゃったかな。ハハ、ちょっと寝坊しちゃってね……」
そう言って笑った「先生」。
「ま、昨日遅くまでゲームやってたからな、なぁ?」
「先生」は僕に笑いかける。
「しかし、別にそんなに時間通りにこだわる必要もないと思うんだがなあ。何せ俺とお前ら2人しかいないんだから」
僕はうなずいた。
「と言っても、ちゃんとやってないと怒られちゃうからしょうがないんだけどな。じゃあさっさと始めよう。えっと、今日の内容は……ん。……」
「先生」は一度ためらってから、咳払いして言った。
「ゴホン。……えー、今日は、ひとりずつ授業をしようと思います」
「えっ?」
僕たちは、とまどった。
「咲希さんは隣の部屋で授業を受けてください」
「え、なんで?」
咲希ちゃんは驚いた様子で言った。
「お願いします」
「先生」は有無を言わさず、咲希ちゃんを追い出した。
二人だけになった部屋に静寂が流れる。
「えっと……」
「先生」が口を開く。
「非常に大切な話をしますので、よく聞いておいてください。具体的に言えば、その……」
「おちんちんの話です」
「先生」は心なしか控えめの声で言った。
「あっ、おちんちんはわかるか? 股の間についてる……」
「わかるよ」
まどろっこしいので、遮るように答えた。
「そ、そうだよな……」
僕は続けて答えた。
「おしっこするところでしょ」
「……ああ、そうなんだが……」
「先生」は、億劫そうに言った。
「それだけじゃないんだ」
「え?」どういうこと? それだけじゃないって?
「まあ聞いて欲しい。人間って、どうやって子孫を残すと思う?」
そういえば、考えたことなかった。
「いや……わかんない」
「じゃあ、動物はどうだ?図鑑で読んだろ?」
「……交尾する。そうすると精子と卵子が結びついて、子供ができる」
「よくわかってるじゃないか」
「先生」は僕を褒めた。そして、核心に迫る質問をした。
「じゃあ、人間は?」
「人間は……結婚したら子供ができる?」
「結婚しただけでできるのか?」
「え……いや……」
「違うよな。結論から言う。人間も交尾をするんだ」
人間も、交尾をする。人間も、交尾をする?
「ほ、本当?」
「ああ、本当だ」
「じゃ、じゃあ……」
「お父さんもお母さんと交尾したの?」
先生、いや、お父さんは、僕の質問に真摯に答えた。
「ああ、したさ。だからお前がいる」
そ、それって……。より具体的なことが知りたくなってきた。それが僕の性(さが)だ。
「どうやって、というか、どういう感じで……」
「それを、今から教える」
ふと教室のドアが開いた。入ってきたのは、咲希ちゃ……
「なっ、なっ、なんで……」
裸。全裸。生まれたままの姿。一糸まとわぬ姿の咲希ちゃんが、身をかがめながら、顔をりんごのように赤くして教室に入ってきた。
僕は必死に目を背けた。続けて、別の人が教室に入ってくる音がした。ちらと見ると、咲希ちゃんのお父さんだった。
「ど、どうして、どういうこと?」
頭に、おびただしい数のはてなマークが、際限なく浮かび上がってくる。
「今日はまだ練習だ。……だがそのうち本番をやる」
「咲希、そこに寝転がりなさい」
咲希ちゃんのお父さんが、咲希ちゃんに床に寝そべるように指示する。
「じゃあまずは……」
ちょっと、ちょっと待ってくれ。これはおかしい。普通ではない。何も知らない僕でも、なんとなくわかった。
「お互いの体を撫で合うところからはじめるか」
お父さんは言った。その口調は明らかに上ずっていて、普通の精神状態でないように見えた。
「で、できないよ」
僕は引き下がる。
「そ、そうか。まあ今日はちょっと早かったかな。また明日にしよう」
「明日、じゃなくて、……これっておかしいんじゃないの? わかんないけど」
僕はお父さんに抗議した。
「……ああ、おかしいさ……」
気まずい空気が流れる。咲希ちゃんのお父さんも見たくないものを見る顔で僕らを見た。
「でもな、……いいか? 俺たちは今、どこに向かってるかわかるか?」
「遥か遠くの惑星ルシファー」
僕は答えた。
「そうだ。そしてそこに行くためには、100年以上の歳月がかかる。とても一人が生きている間に到達できる時間じゃない。たがら宇宙船の中で子を作り、孫を作り、その孫が惑星ルシファーにたどり着く。これがセンダン計画」
それは知っている。ここがその「宇宙船」で、その「子」が僕だってことも。もうひとりの「子」が咲希ちゃんだってことも。
「お前はもうすぐ16歳だ。気が早いかもしれないが、今からでも準備をしておかないと手遅れになる。ここで命が途絶えたら、ミッションが失敗してしまう。国家存亡を賭けて大量の予算が投入されたこのミッションが」
お父さんは早口でまくしたてる。
「もちろん、どうしても嫌だと言うならいいぞ? お前の人生だからな。でもな、お父さんとお母さん、そして咲希ちゃんのご両親は、20代のときに地球を出発して、もう30年近くこの船で旅をしている。お前がそれを投げ出したら、俺たちの30年は全部無駄だった、ってことになる。 それでもいいというのなら、お前に俺たちの努力を水の泡にして自分の人生を優先する勇気があるというのなら、やめればいいさ。ま、俺たちが死んだ後に引きかえしたところで、生きてるうちに地球には戻れないだろうけどな」
「……」
僕は、何も言えず黙っていた。
「……まあ、今は仕方ない。だが、しばらくしたら必ずまたやるからな」
そう言ってお父さんは咲希ちゃんを起き上がらせ、咲希ちゃんのお父さん共々部屋から出した。それからお父さんも部屋から出ていった。咲希ちゃんの顔は、最後まで見れなかった。
僕の宇宙 80平米 ウゾガムゾル @icchy1128Novelman
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