第48話 邂逅


「ユーリア秘書官、これで降参してくれますか?」

「う……」


 カイザードラゴンを退けた後で、リドはユーリアとの距離を詰めながら問いかけていた。


 ユーリアからすれば、今のリドという存在は恐怖そのものである。

 最強種のモンスターであるドラゴン。その中でも特に優れた戦闘力を持つカイザードラゴンを、ただ一度の攻撃で討ち倒してしまったのだから。


 その化け物が自分に武器を降ろせと迫ってくる。

 もしも断れば命は無いだろう。いや、あらゆる手で苦痛を与えられた上で知っている情報を吐くよう強いられるに違いない、と――。


 リドがそのように残虐なことを行うはずもないのだが、ユーリアにとってみればそれは自然な思考であった。


「くそ……。ならばっ!」

「……っ!」


 例え今の状態から攻撃を仕掛けたとしても、打開に繋がらないであろうことは明らか。

 ならば忠義にじゅんじ自分自身の口封じをと、ユーリアは手にした短剣で喉を斬り裂こうとした。


「させませんわっ!」

茨の束縛ソーンバインド――!」


 刹那――。

 リドよりもユーリアの近くにいた二人の少女が反応した。


 エレナがユーリアの手にしていた短剣を弾き飛ばし、ミリィが石柱に絡まっていた植物を操作して四肢を束縛。

 結果として、ユーリアの自害は失敗に終わることとなる。


「おのれ、貴様ら……」

「まったく。命を粗末にするもんじゃありませんわ」

「あの、舌とか噛んじゃだめですからね。とてもよく効く薬草もありますから」

「チッ……」


 そこでユーリアは観念したらしく、束縛された体から力を抜く。


「ユーリア秘書官、教えてください。この地下神殿のような場所は何なのですか? どうしてここに大量の黒水晶があるんです?」

「……」

「ユーリア秘書官――」


 リドが重ねて問うが、ユーリアは口を開こうとしない。


 ライブラの魔秤まびんを喚び出して問いかける方法もあったが、自分の死を賭してまで口をつぐもうとしたユーリアに通用するだろうかとリドは思案する。


 きっとユーリアにとってドライドという人物は「特別」なのだ。

 左遷されてから特別を見つけたリドには、ユーリアの気持ちが少しだけ分かる気がした。


 と、その時である。


 ――コツ、コツ、と……


 リドたちが入ってきたのと同じ、扉の方から人の足音が聞こえてきた。

 石畳と木底の靴が擦れる音は地下空間によく響き、それだけで不思議な緊張感をもたらす。


 足音には一切の乱れがなく、その音を響かせる人物の余裕を表しているかのようだった。


「ドライド、枢機卿……」


 リドに名を呼ばれ、ドライドは元々上げていた口角をより一層吊り上げる。


 自分の部下が拘束されている状況であるにも関わらず、焦りの様子は無く、むしろ面白い場面に出くわしたとでも思っているのだろうか。

 ドライドが浮かべていたのは、そんなことを感じさせるような笑みだった。


「やあ。待たせてすまなかったね、ユーリア」


 ドライドのその言葉でリドたちは目を見開く。


 響いたその声が日常的な挨拶でも交わすかのように落ち着き払っていたからではない。

 先程まで離れた位置にいたはずのドライドが、一瞬にして拘束されているユーリアのすぐ傍まで移動していたからだ。


「申し訳ありません、ドライド様……」

「なに。気にすることは無いよ。それだけ彼らが上だったということだろう。そこに転がっている竜を見れば分かるさ」


 ドライドは素早く取り出した小剣でユーリアの拘束を解くと、リドの方へと向き直った。


「さて。お待たせしてしまったね、リド・ヘイワース神官。少し、話をしようか――」


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