第22話 二人の少女の想い


「エレナさんはリドさんのこと、すごく慕ってるんですね」


 夜――。


 ベッドに入っていたミリィがエレナに向けて声をかける。

 エレナは髪をとかしており、ミリィはその様子を「綺麗な人だなぁ」と思いながら眺めていた。


 ちなみに、なぜ二人が同じ寝室にいるのかというと、エレナが「一人だと怖いので一緒の部屋で寝てよろしいでしょうか」と逃げ込んできたためである。


「私が師匠のことを慕っている、ですか。確かにそうですわね。私にとって師匠は願いを叶えてくれた恩人ですから」

「願い……?」


 髪をとかしながら答えたエレナに対し、ミリィは重ねて問いかける。


「……私の父の腕、見ましたわよね?」

「え……? は、はい」


 ミリィは先程、バルガス公爵と会っていた時のことを思い出す。

 あの時、エレナはバルガスが失くした腕を叩くのを見て目を細めていたと。


「あれはですね、私のためなんですの」

「エレナさんのため……?」

「ええ。お父様は、元から今の公爵の地位にいる人ではありませんでした。それが十数年前、王都近郊に現れたモンスターの大群を撃退したという武功から、公爵の地位を授かったんですのよ。そしてその時、父は片腕を失いました」

「……それが、エレナさんのため?」


 エレナが髪をとかしていた手を止め、ミリィに向けて優しく微笑みかける。


「お父様が片腕を失って家に戻ってきた時、私はわんわんと泣きましたわ。でも、お父様は駆け寄った私を抱えあげると、大笑いしながら言ったんですの」

「……」

「これでオレも公爵の地位を手に入れた、エレナちゃんの将来も安泰だぞ。ってね」


 エレナは昔を思い出すような目をして言葉を続ける。


「お父様は、きっと一人娘である私を苦労させたくなかったんでしょうね。だから無理をしてでも武功を立てて、高い地位を手に入れようとした」

「そう……なんですね……」

「でも、お父様からもらってばっかりというのは私の性に合いませんわ。だから、私はお父様の代わりに戦う力が欲しかったんですの。お父様が失った武の力を、今度は私が、って」

「それでエレナさんは、リドさんに戦闘系のスキルをお願いしたんですね」


 ミリィは気になっていた。

 リドの天授の儀は、数あるスキルの中から選んで授与できるという特殊なものだ。


 普通、公爵令嬢というエレナの立場を考えれば、前線に立って戦うような戦闘系スキルは必要ないはず。

 にも関わらず、エレナはモンスターを倒す毎に強くなるという【レベルアッパー】というスキルをリドから授かったのだという。


 それは、父が残してくれたものに対してエレナなりの決意と恩返しのようなものなのだろう。


「……」


 ミリィは沈黙し、目を伏せる。

 親を知らないミリィにとってはエレナとバルガスの関係が、少しだけ羨ましかった。


「師匠が授けて下さった【レベルアッパー】というスキルは、まさに私にとって最高の贈り物でしたわ。もっとも、あの忌々しい大司教はこのスキルを外れだとか決めつけて師匠を左遷しやがったようでしたけれども」


 エレナは思い出したくもない顔を思い出してしまったようで、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

 リドの上職であるゴルベールがあんなにも愚かだと知っていたなら、もっと事前に手を回していたというのに、と。


 この一件が片付いたらどうにかしてあの大司教に鉄槌を下してやりたいものだと考えたところで、エレナはそっと息を吐き出して冷静さを取り戻そうとする。


「とまあ、そんなわけで私の願いを叶えて下さった師匠には大感謝しているというわけですわ」

「なるほど」

「きっと、ミリィさんが師匠にぞっこんなのも同じような理由だと思いますけど」

「ええっ!? な、なんでエレナさん、気付いて――」

「いやいや、ミリィさんの態度を見ていたら普通は分かりますわよ……」

「あぅ……」


 赤面しながらシーツで顔を覆ったミリィを見て、エレナは嘆息した。


 可愛らしい子だなと思ったが、負けてもいられないなと、エレナは心の中で反射的に思考する。

 そしてその想いを自覚すると、エレナもまた自身の体温が上昇するのを感じた。


「さ、さて。あまり夜更かしもいけませんわね。明日は大事なモンスター退治ですから」


 エレナは言葉をつかえさせながら、ミリィのベッドに潜り込もうとする。


「え? エレナさん、私と同じベッドで寝るんですか?」

「だ、駄目でしょうか?」

「私は構いませんけど。……でも、普段はどうされてるんです?」

「普段は、その……。侍女が一緒に……」


 尻すぼみに消えていくエレナの声を聞いて、ミリィは思わず吹き出す。

 公爵の令嬢でありながらも妙な親近感を感じられたことが、ミリィにとっては嬉しかった。


「いいですよ、エレナさん。それじゃあ、子守唄でも歌って差し上げましょうか?」

「そ、そこまで子供じゃありませんわっ!」


 ミリィとエレナが打ち解け合った会話を交わし、夜は更けていく。


 そうして同じ寝具にくるまったまま、二人の少女は眠りにつくのだった。


   ***


 翌日――。


「さあ、ミリィさん。今日は頑張りますわよ!」

「はいエレナさん。親玉のモンスターを倒して、ファルスの町の人たちを安心させましょう!」


 サリアナ大瀑布に出発するべく、集合したミリィとエレナはやる気十分といった様子だった。


 意気揚々と歩き出した二人を見て、リドが腕の中に収まったシルキーに声をかける。


「二人とも、打ち解けあったようで良かったね。何かあったのかな?」

「さてな。けど、きっと同じものを目指す同士、意気投合したんだろうぜ」

「同じもの?」

「……あの二人にとって一番の障害は恐らくお前の鈍感さになるんだろうな、相棒よ」

「どういうこと……?」

「はぁ……。まあ、とりあえずはモンスター退治、頑張ろうぜ」


 シルキーが答えてくれないので、リドは仕方なく歩き出す。


 結果として、リドの疑問が解消することはなかった。


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