第16話 スキル授与神官、本領発揮する


「うぅ……。違うんです。違うんですぅ……」


 ミリィが涙目でスープをすする一方で。

 既に朝食を済ませたラナが、リドに一枚の羊皮紙を差し出した。


「リド君。これが例の一覧だ。確認してみてほしい」

「ありがとうございますラナさん。……十三人ですか。結構多いですね」


 リドはラナから受け取った紙に目を通しながら顎に手を添える。


「なあ、何だこれ? 名前がたくさん並んでるが」


 ぴょこんとリドの膝上に乗ったシルキーも紙を覗き込んだ。

 シルキーの言った通り、リドが今持っている紙には人名が数多く並んでいる。


「リド君と事前に話していたものでな。ラストア村にいる住人の内、まだ天授の儀を行っていない者の一覧だよ。鉱害病の件もあって随分溜まっていたんだ」

「へぇ……。そういえばここのところドタバタとしてたしな」

「この村には神官がいなかったし、ミリィもまだシスターの見習いだ。天授の儀を受けるためには近場の大きな街まで出向く必要があったのさ」

「なるほど」

「村の者も是非お願いしたいと言っているんだが、頼めるだろうか?」


 ラナの言葉に、リドはしっかりと頷いた。答えは決まりきっている。


「もちろん、協力させていただきます。僕がこの村のためにお役に立てるなら、できる限りのことはしたいですから」


   ***


「いやいやいや、リド君。まさか今日中に十三人やるつもりか?」

「え? 駄目でしたか?」

「駄目というわけじゃないが……」


 ラストア村の教会には大勢の村人が集まっていた。


 カナン村長を始め、ラナの作成した一覧に名前が無い者もいたが、リドが天授の儀を行うところをひと目見たいと人だかりができている。


 そんな中、ラナは慌てた様子でリドに問いかけた。


「しかし、天授の儀というのは一人を行うのにもかなりの気力を消費すると聞く。相当な資質を持つ神官でも、一日に三人も行えば疲れて動けなくなるとか……」


 ラナとしても、十三人の天授の儀については、ひと月ほどをかけて行うと思っていた。

 それをリドは、早い方が良いだろうからという理由で、今日全員分を行うと言い出したのだ。


「お姉ちゃんの言う通りですよリドさん。何も今日一日でやるなんて無茶をリドさんがしなくても――」

「ちっちっち。まだお前はリドの凄さを分かっていないようだな、ミリィよ」

「シルちゃん……?」

「リドはな、その気になれば一日に百人くらいはできるぞ」

「ひゃく……。はは……、何だか納得しちゃう自分にびっくりするんですが」


 ミリィは半ば呆れたような顔で天授の儀を行おうとしているリドを見やった。


「にわかには信じがたいが……。じゃあリド君。お願いするが、無理はしなくていいからな」

「はい、ラナさん。お任せください」


「リドさん! 私も神聖文字を読むくらいならできますから、リドさんのお手伝いをしたいです!」

「それじゃあ、ミリィは補佐をお願いね。スキルがたくさん表示されると思うから、それを村の人たちに読み上げてほしい。その中から選んでもらおう」

「はいっ!」


 そうして、リドがラストア村に左遷されてから二度目の天授の儀が行われることになった。



 一人目――。


「なあリドさん。何か所々に赤文字が見えるんだが……。赤文字のスキルって千人に一人が授かれるレアスキルじゃなかったっけ? え……? 金文字のスキルはそれ以上? オレ、この中からスキルを選べるの? マジ……?」



 二人目――。


「俺は村の防衛にあたってるから、戦闘系のスキルが良いんだけど……。え……? この金文字の【剣神の加護】ってスキルは大岩でも斬れるようになる? ほ、本当に俺がそんなスキルを……?」



 三人目――。


「私は身重の母を手助けしてあげたいかなって。だけど家事が苦手で……。【生活魔法】のスキルなら生活に関わることが魔法でグッと楽に? わ、私、それがいいですっ!」



 ……。


 …………。


 集まっていた村人たちの内、誰かが「奇跡だ」と漏らす。

 それだけ、リドの行う天授の儀は規格外だった。


「す、凄い……。凄いなんてものじゃない……」


 ラナも呆然とした様子で呟く。

 カナン村長に至っては「神の御業だ……」と言って涙を流す始末だ。


 リドの傍らにいたミリィは既に驚きの感情が麻痺しており、無表情で神聖文字を読み上げる装置と化していた。


「ふぅ……。これで皆さん終わりました」


 全員分のスキル授与を終え、リドが集まっていた村人たちに笑顔を向けると、歓声と喝采が湧き起こる。


「うぉおおおおおおお! リドさん凄ぇっす!!」

「これなら村の防衛だって余裕だぞ!」

「夢……? 夢じゃないよね!?」


 狂喜乱舞する村人たちとは対象的に、リドは照れくさそうに笑うばかりだ。

 「こういう時は愛想よく応じるもんだぞ?」とシルキーが声をかけると、リドは律儀にお辞儀をして歓声に応える。


「くっそー! こんなことだったら俺もリドさんに天授の儀をやってもらえば良かった! 今日やってもらった奴が羨ましいぜ!」

「はははっ! そりゃそう思うのも無理はねえがよ。天授の儀は一生に一度ってのが常識なんだ。いくらリドさんでも、そこまではな」


 そんなやり取りが起きるのも当然だろう。

 リドは複数のレアスキルの中から、それも選んでスキル授与することができるのだ。


 羨ましいと思う者がいても無理はない。


 悔しがっていた村人たちは半ば冗談交じりで言ったつもりだったが、そこにリドがおずおずと手を上げて一言、告げる。


「あの、できますけど……」

「「「…………は?」」」

「ええと。僕のスキル授与はちょっと変わっていて、既にスキルを持っている人でもやり直しができるんです。……あ、でも、今のスキルの方が使い慣れているという方もいらっしゃるでしょうし、もしご希望であれば、ですけど……」


 一瞬の沈黙。

 そして――。


「「「えぇええええええええええええ!?」」」


 村人たちの声が響き渡り、ほどなくしてリドは取り囲まれることになった。

 もちろん、自分にも天授の儀をやってほしいという殺到だ。


 その様子を遠巻きに見ていたラナが、隣にいたシルキーに問いかける。


「なあ、シルキー君」

「何だ? 酒豪女」

「リド君は、本当に左遷されてこの村にやってきたのか?」

「ああ、そうだよ」

「左遷を命じたという大司教は阿呆なのか?」

「な? そう思うだろ?」

「ああ、そう思う」


 ラナとシルキーはそんなやり取りをしながら、深い溜息を漏らした。


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