第11話 悪事の発覚
「ミリィ、大丈夫?」
「はい……。平気、です」
《アルスルの外套》を被り領主館へと潜入したリドたちだったが、ミリィは顔を上気させて息苦しそうにしていた。
ちなみにミリィの呼吸が乱れているのは、頭から外套を被っているからではない。単にリドとの距離が近すぎて緊張しているだけである。
リドたちが一階の広間を抜けて大階段の所までやって来ると、そこには二人の兵がいた。
《アルスルの外套》の効果でリドたちの姿が認識されることはなく、兵たちはくだけた様子で会話しているようだ。
リドたちは息を潜め、その話の内容に耳を立てる。
「おい、聞いたか? またエーブ辺境伯が王都教会への寄付を増やしたらしいぞ」
「らしいな。近頃は黒水晶の取引でえらく儲けてるって話だ」
「しっかし、何で教会に寄付なんかするかなぁ。そんなのに使うくらいなら俺たちの給金を増やしてほしいよ」
「エーブ辺境伯はあそこのゴルベール大司教と懇意にしてるからな。事業やら人やら、色々と融通してもらってるらしいぜ。大司教宛に個人的な献金までしてるって噂まである」
「それって献金じゃなくて
「そうとも言うか。ま、あくまで噂だから、裁かれるとかって話じゃないだろうがな」
兵の会話を聞いたシルキーとミリィが、
「そんなことしてたのか、あのクソ司教。女神の下には何人たりとも平等とか抜かしてた気がするんだがな」
「さすがリドさんを左遷する人なだけありますね。最低です」
シルキーとミリィが同調していると、続けて兵たちの会話が聞こえてきた。二人は不満を唱えるのは後にして、再度聞き耳を立てる。
「と、この辺にしておくか。誰かに聞かれたら
「ここには俺とおまえしかいないんだから、誰かに聞かれるってことがあるかよ。エーブ辺境伯だって、今は応接室で客と会ってるんだろ? なら、平気さ」
「まあそうだな」
まさに欲しかった情報だった。
そこまで聞いたリドたちは、互いに外套の中で頷き合う。
「どうやら辺境伯の野郎は応接室にいるらしいな。普通の館なら、一階か?」
「うん。気をつけて進もう。《アルスルの外套》は外側が人に当たると効果が消えちゃうから、慎重に」
「分かりました。そーっと、ですね」
そうしてリドたちは兵たちの前を通り抜け、ある部屋の前で止まる。
ここにエーブ辺境伯がいると、察することができた。その部屋の中から怒号が聞こえてきたからだ。領主館で怒号を上げることのできる人物と言えば一人しかいないだろう。
リドたちは部屋の扉を少しだけ開けて、中の様子を窺う。
「ええい、何を生温いことを言っているか! 黒水晶が採れれば貴様たちにも金を渡すのだ! つべこべ言わずにもっと多くの黒水晶を採ってこい!」
「し、しかし……。黒水晶は周りに強い毒を撒き散らすのです。そのため体の不調を訴える者も多く……。このまま採掘を続ければ鉱夫がいなくなってしまいます」
「そんなことは何の問題もなかろう! 鉱夫など、倒れたらまた外から連れてくればいいのだ! 今はとにかく掘って掘って掘りまくれ! 例え何人が倒れようともだ!」
容赦ない言葉を浴びせるのがエーブ辺境伯であることはすぐに分かった。
恐らく言葉をぶつけられている男性は採掘を命じられている組織の人間だろう。
その会話の端々から、エーブ辺境伯がいかに利己的な人物であるかが伝わってくる。
「第一、黒水晶の毒性は川の水に
「ですが、毒性が落ちるまでの間に採掘した鉱夫が……。それに、流れ出た川の水が毒性を帯びていれば鉱害問題に……」
「フンッ。どうせ川の水が行き着く先は麓の村だ。そこは我の領地ではない。知ったことか。それに、未知の鉱物なのだからな。川の毒性が黒水晶だと気づかれるはずがない」
「そんな……。お考え直しください、辺境伯!」
そこまで聞けば十分だった。
やはり、ラストア村に蔓延していた病は鉱害だったのだ。
そして、その根本的な原因がエーブ辺境伯という一人の人間にあるということは明らかだった。
「もうよい! 金さえあれば貴様のような人間はいくらでも雇えるのだからな。我に盾突こうというのなら、すげ替えてくれるわ!」
エーブは激昂し、応接室の壁に飾ってあった長剣を手に取る。
それを
「マズいな」
「助けよう……! シルキーとミリィはこのままでいて」
「リドさんっ!」
リドにとって、その状況を見過ごすことはできたはずだった。
見過ごし、後にエーブの虚を突いて拘束し尋問などすれば、より容易に事を解決できるのだ。
しかし、リドはそんな考えを天秤にかけることすらしない。
エーブが長剣を振り下ろす刹那、《アルスルの外套》から単身で抜け出たリドが間一髪で男性を救出する。
「なっ――! 貴様、一体どこから……」
エーブが驚愕の表情を浮かべるが、リドたちがいたのは元からだ。
リドは呆気にとられている男性から離れ、エーブと対峙する。
「話は聞きました。多くの人を苦しめる鉱害を放置するなんて、許しません」
リドが努めて冷静に言った言葉を聞いて、エーブは腹立たしく歯噛みした。
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