第九話 アレン・ヴァルドという少年(1)
「――遠征? マガラニ同盟国へ?」
アトール王国からの使者から書状に、レッドは信じられず使者に聞き返した。
今はマガラニ同盟国の隣、レムリー帝国にある都市で宿を取っていた。何分五か国の代表として旅しているからにはこういう所へはタダで泊まれるのだが、逐一居場所を報告する義務があるためこうして突然使者が来るのは珍しくない。今日も夜中に突然緊急の用と現れたから、レッドが借りた部屋に集まって話を伺うことになった。
で、使者が来る場合は大抵厄介な仕事か面倒な相手を任せる時と決まっているのだが、今回は驚きを隠せなかった。部屋で話を聞かされた五人共が反応を一つにする。
「ちょっと、聞いてないわよ。マガラニ同盟国へ行くなんて一言も無かったじゃない」
マータが明らかに嫌そうな顔をして使者に苦言を呈す。しかし、アトール王国のラルヴァ教教団で神官を勤めるという使者は、さも大げさな身振りをしながら、
「これは異なことを仰います。魔王討伐は人族のみならず亜人族とも一致団結して為さねばならぬ偉業。教皇猊下のお言葉を皆さまも聞いたはずではないですか」
「いや、そりゃそうだけど――」
そんなことはわざわざ指摘されなくても理解している。第一、その亜人の国マガラニ同盟国の代表としてアレンがいるのだから、亜人と手を組むこと自体に文句を付けたりは今更する気は無かった。しかし疑問はそこではない。
「……マガラニ同盟国は人族の侵入を酷く嫌っている。わざわざ自分から招き入れるとは思えない……」
「そうだそうだ! 停戦条約が出てからも国交なんかほとんど無いじゃないか。いくら俺たち勇者一行とはいえ、亜人が依頼してきたなど信じられんな」
ラヴォワとロイも口々に疑問を露わにする。こちらはレッド自身も同意している。
マガラニ同盟国と言えば大きな国に感じるが、実際は同盟の文字が示す通り小さな国、もっと言えば小さな民族の集まりでしかない。それぞれ種族の異なる亜人たちが、人族の迫害に抵抗するために同盟を組んだのは五十年前だ。
その後も人族との激しい戦いを何度も繰り返したが、一年前に四か国との停戦条約が締結され、表向きは平和が約束されている。
ではあるが、あくまで国として戦争してはいけないというだけで、人族が亜人族を差別しなくなった訳ではない。亜人族も人族に対して頑なな姿勢を見せており、門戸が開かれているとはとても言えない。三か月前の謁見の間で、亜人が現れただけで騒ぎになったのもそれが理由である。
だから仮に、マガラニ同盟国で魔物の被害が多発するようになっても自分たちで何とかするだろう。これはレッドたちだけでなく四か国の人間たち全員が思っていることであった。
しかしその予想に反して、マガラニ同盟国からの魔物討伐依頼が来た。
ならば、考えられるのは……
「マガラニ同盟国の軍では、手に負えないほど危険な魔物が出た――という解釈でいいのかい? 神官様」
そう書状をブラブラさせて使者に問いかける。レッドの言葉にパーティの四人はギョッとした。
だが使者は、そんな空気をまるきり無視し、レッドの質問に答えもせず喋り出した。
「魔王を倒し、世界を破滅の危機から救うためには全ての人々が一つとなって力を尽くさねばなりません。無論、亜人とは言え例外ではない。
そして、聖剣の勇者様は魔王の眷属たる魔物たちを滅してこの大地に光をもたらすという使命――いえ、太陽神ラルヴァからの啓示を受けし者。
そのお役目を忘れること無きよう――と、教皇猊下のお言葉を頂いております」
使者の言い様に思いきり眉間にしわを寄せた。要は、つべこべ言っていないでさっさと行けという事である。
「――わかったよ。明日には出発する。言われるでもなく魔王討伐は勇者が果たすと教皇様に伝えておいてくれ」
「かしこまりました」
使者はそれだけ言うと足早に去っていった。どっと疲れてしまい、レッドはソファに腰を下ろした。
「やれやれ、人使いが荒いな……」
「おいおい、大丈夫かレッド。亜人族の国に行くなんて危険じゃないのか?」
「大丈夫も何も、同盟国のみならず教会からの指示じゃ断れんだろ。この書状は本物みたいだしな。馬車も用意するって言ってるし、とにかく行くだけはしないと」
乗り気でないロイも流石にそこまで言ったら黙った。近衛騎士団は主に国王の傍で守護する者。そもそもアトール王国とマガラニ同盟国は直接国境を挟んで対峙していないため、直接同盟国の兵と戦った経験は無いと思うが、わずか一年前まで敵と認識していた国に行くなど、不安なのは仕方ないといえば仕方ないだろう。
「あたしはあんまり行きたくないけどね。あんたの予想が正しかったら、ヤバい仕事押し付けられたも同然じゃない。そんな軽々しく行くなんて無謀よ」
「わかってるよ。現地に行ったら情報収集を一番にやらないとな……そういえば、マータはマガラニ同盟国で仕事したことあるのか?」
「何馬鹿言ってるのよ。そりゃ冒険者として亜人と組んだことなんていくらでもあるけど、あの国が人族に依頼するなんてあるもんですか」
マータに鼻で笑われた。冒険者ギルドは世界各国に網を巡らせ、様々な依頼を引き受け冒険者を派遣しているが、閉鎖性の高いマガラニ同盟国はその限りでないらしい。
「そうか。土地勘無いのは弱ったな……ラヴォワ、お前の魔術連盟では詳しい奴はいない?」
「……亜人の研究はまだまだ未知数……合法的に行けるなら僥倖……」
聞くんじゃなかった。ラヴォワは常にこんな奴だったそういえば。レッドはため息をつきたくなる。
とにかく明日早々に出発だからと皆を寝かせることにした。各々を部屋に戻して、レッドも寝床に思い切り体を預けて横になった。
「……こんな依頼無かったと思うけどな……」
仰向けに寝ながら、書状を改めて見直す。
実を言うとレッドがこの話を聞いた時一番驚いたのは、マガラニ同盟国が依頼してきた事なのは間違いないが、それは亜人が云々ではなく、前回の旅でそんな依頼を受けた覚えが無かったからだった。
前回の魔王討伐の旅でも、王国や教会からの使者が次の目的地を指示して向かわせたのは一緒だが、マガラニ同盟国からの依頼など記憶に無かった。そもそも、最後までマガラニ同盟国に行った事すら無いはず。一年の間に各地を転々としたが、マガラニ同盟国と後はムウ共和国には一度も訪れなかった。
まあ前回の自分なら、仮に依頼が来たとしても断っていたろうとは思う。そもそも亜人が大嫌いで苛めや暴行など平然と行っていた当時のレッドが亜人の国など行くはずが無い。同様に、大陸の端で大山脈の向こうの、寒冷とした大地だというムウ共和国行きも嫌がったに違いないと予想する。
だが、今のレッドは亜人に対する差別意識や偏見は持ち合わせていない。ならば応じてくれるだろうと思って依頼が来たのか? 前の時はどうせ来るはずが無いと事前に弾かれていたのかもしれない。そう考えれば一応の納得が付くが……レッドにはどうも腑に落ちないものがあった。
「……ダメだ、分からん。仕方ない、寝るか」
これ以上考えるのは無駄と考え、便所に行ってから寝ようと思って起き上がる。この宿の便所は外にあるため、レッドは部屋を出て向かう。
便所へ繋がる勝手口から出て、便所へ行こうとしたところ、
「……ん?」
庭の方から何か物音がしたため、ふと気になり忍び足で近づいていく。
すると、庭に一人の少年がしゃがみ込んでいた。
「あれは……」
影の正体は、アレンだった。今はロイの斧をギャリギャリと研いでいる。
傍にはマータのナイフが二本、さらにはラヴォワの魔道具、またさらには四人の防具など色々なものが置かれていた。
「…………」
冷めた視線でそれらを一瞥したレッドは、手入れに夢中になってこちらに気付かないアレンに歩み寄り「おい」と声をかけた。
「うわあぁっ! ゆ、勇者様っ!?」
「何してんだお前。明日は出発だからとっとと寝ろって言ったろうが。第一、明日は馬車で行くだけだから戦闘も無いし手入れなんか要らんだろ。そもそも全部あいつらの物なんだからあいつらにやらせろよ」
「い、いえ! いつ何時魔物に襲われるか分かりませんし! それに皆さんに頼まれたものですから!」
「都合良く使われてるだけだろ……いいから今日はもう寝ちまえよ。こんな暗がりで整備なんかしてたら目悪くするぞ」
「大丈夫です! 僕は夜目が利くのでこれくらいの暗さなら普通に見えます!」
そう言えばそうだったと納得してしまった。どうも辞める気はないらしい。妙なところで頑固である。
諦めたように嘆息すると、レッドはその場に腰を下ろした。
「ゆ、勇者様? 勇者様こそお休みにならないといけないのでは?」
「いいよ。なんか眠れる気分じゃないんだ。ちょっと付き合うわ」
と言って胡坐をかく。アレンは申し訳なさそうな顔で仕事を再開した。
――そう言えば、こうしてアレンとまともに顔を合わせたなんて無かったな。
レッドは前回の旅をまた思い返していた。
アレンを亜人と徹底的に蔑み、嫌い、酷使して、ついに追放した愚かな自分。
彼一人で勇者パーティは成立していたことに気付きもしなかった、馬鹿な仲間たち。
アレンを追放してからすぐ、パーティは崩壊を始めた。元々行動の全てをアレン一人に任せていたも同然のパーティだ。そのアレンを失えば、すぐに機能不全を起こすのは必然だった。
勿論国に頼んだり冒険者ギルドに依頼して埋め合わせのメンバーを入れたりもしたが、アレンほどの万能な人手は誰もおらず、第一粗暴な振る舞いが過ぎる自分たちに誰もが付いていけなくなり、すぐに辞めたり逃げる者が続出。
その上、レッドを含めたパーティの面々が、突然謎の弱体化を始めたのが問題に更なる拍車をかけた。アレンを追放する以前は簡単に倒せていた敵が、倒せない。ロイのアックスも敵を両断できなくなり、マータ自慢の速さも衰えていった。ラヴォワの魔術も大型の魔物をも軽々粉砕していたはずが、中型の魔物にすらダメージを与えられなくなる。
何より、聖剣の力が激減していったのがまずかった。いかなる魔物でも容易に滅ぼせた光の剣が、どんどん弱まっていく。聖剣の力を自分の力と思い込んでいた当時の自分は何が起きているのか少しも理解できず、現実を受け入れられず激昂するばかりであった。
その焦りと動揺が、無茶な魔物討伐に逸らせあの入院を引き起こしたわけだが……いずれにしろ、当時の自分では遅かれ早かれ同じ末路を辿ったろうとは思う。
そんな自分だったから、最後までアレンの事を何も知らず知ろうともせず、こうして二人きりになる機会すら作らなかった。そう考えると今の状況がまるで奇跡にも感じられる。
――丁度いいかもしれないな。
意図せず出来たこの奇妙な空間を好都合と捉え、語らってみるのも面白いかと思った。
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