18. 風邪っぴき(1)

 屋敷に戻ったら元気そうなノヴァやマレ、オルドが迎えてくれて、安心のあまり玄関でへたり込んでしまったわたしは――


「へっ――くしゅっ!」


 その日のうちに熱を出した。


 喉にザラザラとした荒れを感じて痛いうえ、咳と鼻水があとからついてきた。たぶん風邪だろう。

 濡れた服を着ていてずっと寒かったせいかな。

 左腕の肘から手の甲までは相変わらず黄色いウロコに覆われているけれど、こうして風邪をひいたことに、人でないものになったわけではないのかなと妙に安心した。


 ぞくぞくとした寒さを感じる上に頭がぼーっとして、体が重くて、天井がぐるぐる回っているみたいだ。

 ニゲルが額に乗せてくれた濡れタオルも、もうわたしと同じ温度になって重いだけ。邪魔に感じて枕元にどけてある。


 少しの昼食を口にしてからベッドに転がったら、もう起き上がれなくなってしまった。

 プルウィアが魔法で治療しようとしてくれたけれど、熱は下がるどころか上がり、夕食にも参加できずにずっと寝ている。

 ニゲルとオルドが、回復魔法は自己治癒力を高めるけれど熱を出すのも本人の病気を治す力がどうのこうの……と解説しようとしてくれた。でもわたしには難しくてよくわからなかった。

 屋敷に戻ってからゆっくり話をしようとニゲルが言っていたけれど、それもうやむやになってしまっている。


 廊下から「ステラさま、まだねんね?」というノヴァの声が聞こえてくる。「そうよ。だからノヴァも寝ましょうね」というマレの声が続いたかと思ったら、嫌がるノヴァの泣き声が遠ざかっていった。

 そっか、もう寝るような時間なんだ。うとうとしては起きるということを繰り返していたから、時間がよくわからない。


「ステラ、体調はどうだ?」


 扉をノックしてからニゲルが部屋に入ってきた。彼はコップの乗った小さなトレイを手にしている。

 ベッドに腰を下ろしたニゲルが、わたしの額に手を当てる。大きな手のひらが冷たくて気持ちいい。

 わたしは彼に笑顔を向けたけれど、ニゲルは表情を曇らせた。


「まだ熱は高そうだな。水は飲めるか?」

「飲む……」


 わたしの声は割れている。

 重い体をゆっくりと起こす。少し気持ち悪い。でも水は飲みたい。

 ニゲルの腕が背中に伸びてきて、わたしの肩を優しく引いた。その力に任せて、ニゲルの胸に体重を預ける。


 背もたれになってくれて助かる。でもこの体勢は結構恥ずかしいかも……っ。

 彼に触れた背中と頬がさらに熱を帯びたので、急いでコップの水を飲みきった。

 隠れるようにベッドに潜り込んでみたけれど、ニゲルもコップとトレイを魔法でテーブルに運んでから隣に寝転がったので、あまり意味はなかった。

 ニゲルはわたしの額に手を添えて、魔法の光を生み出した。頭に冷たさが触れて気持ちいい。


「ねえ、魔法を使っても大丈夫なの?」

「少しくらいは問題ないよ。昨日だって君と星を見ただろう?」

「そういえば……じゃあ、どうして」


 神殿で倒れていたニゲルは、魔法を使おうとして辛そうにしていた。あれは何だったんだろう。


「君の体調が戻ってから話そうと思っていたが、今聞きたいか?」

「うん」


 魔法の光が消え、ニゲルの手がわたしの頬にかかっていた髪を指ですくって後ろに流す。

 彼にもたれかかっていたわたしを、ニゲルはベッドにゆっくりおろしてくれた。


「まず謝らなければならない。君たちに禁書には何も願うなと言っておきながら、俺は禁書に願いをかけてしまった」

「……うん、知ってるよ。わたしを助けてくれたんでしょう。ごめん、わたしのせいだよね」

「記憶が戻ったのか!?」

「ううん」


 見開かれたニゲルの目を見上げ、わたしは首を横に振る。


「昔の巫女と、禁書自身の記憶を見せてもらったの」

「巫女と禁書の? それはどういう――いや、長くなりそうだ。記憶のことは君が回復してからゆっくり聞くとしよう」


 一度と大きく開いた口を閉じてから、ニゲルは首を横に振る。


「ステラに非はないよ。何が起きたか知っているなら、呪いの話からしよう。体感からの推測でしかないが、俺が受けた呪いは、魔力の残量が減ると体に不調をきたすものだと思う」

「不調って、どんな?」

「胸が締め付けられるような感覚から始まって、それが痛みに変わり、痛みが上半身全体に広がっていく感じだったな」


 胸ってなんだろう。

 話を聞いても、知識のないわたしには彼の体に何が起きたのかよくわからない。

 神殿に倒れていたニゲルの姿を思い出し、お腹の上がきゅうっと縮んだ気がした。

 魔法を使わなければ大丈夫なのかもしれないけれど、彼は〝屋敷と神殿の結界〟〝姿を人間に変える〟、二つの魔法を常に使っているのだ。

 儀式の前にも少し顔色が悪く見えたのは、疲れではなく呪いによるものだったのかもしれない。


 わたしが願ったのは、彼のためなら何でもできる力。

 だったら、呪いだって消せるかな?

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