07. 甘い甘いスイーツタイム


「納得いかないわ」


 ぶすっとした顔をしたプルウィアが、フォークを握り締めた。お茶を足してくれていたマレが不安げに彼女に顔を向ける。


「お口に合いませんでしたか?」

「ケーキの話じゃないの。……その、ケーキはおいしいわよ」

「それは良かったです」


 甘い香りに包まれたダイニングには、シフォンケーキと色とりどりのジャムが並んでいた。

 マレが焼いてくれたシフォンケーキはしっとりしているのにふわふわで、ほんのり甘い。

 そのまま食べてもすごくおいしいけれど、ジャムを乗せると味が変わってとっても楽しい。


 わたしの肩の上にちょこんと座ったノヴァは、夢中でケーキを頬張っている。おいしいねと声をかけても、集中しているようで全く反応してくれない。


 仏頂面をしていることの多いプルウィアの表情も、ケーキを口に入れている間はやわらかく溶ける。

 でもそれを口にしたらまた〝義姉様あねさま〟の二の舞いになりそうだから、黙って眺めることにした。わたしだって学ぶのだ。


「あたしが納得いかないのは、どうして兄様あにさまはちんちくりんが倒れたときの状況を最初は教えてくれなかったのに、神殿ではあっさり答えてくれたのかってことよ」


 口をとがらせたプルウィアに目を向けて、ニゲルがふっと笑んだ。


「悪かった。でも、俺の目的は果たしたよ」

「目的って?」

「探偵ごっこで妹の気が紛れて、機嫌が直った」

兄様あにさまっ!」

「はは」


 プルウィアの怒りを、ニゲルは笑顔で流す。

 なんだ、そっか。そういうこと。

 ほっと胸をなでおろし、シフォンケーキを一切れ口に入れた。わたしの中で引っかかっていた何かが、甘いケーキと一緒にとけていくようだ。


「ステラにも悪かったな。ステラに話すと、そのままプルウィアに伝わりそうだったから」

「うん、いいよ」


 小石のことなんて言わなくてよかった。何でもなかったんだから。

 きっとわたしは階段から落っこちて頭でも打ったんだろう。


「じゃむ、たべたい」


 自分のお皿を空にしたノヴァが、浮かび上がってジャムの瓶に手を伸ばす。スプーンにひとすくい取ってあげると、ノヴァはぱくりとスプーンに飛びついた。


「ノヴァ、スプーンを直接なめちゃだめだよ」

「のあのよー」


 しばらくしてノヴァが口から出した銀色のスプーンはぴっかぴか。使用前と見間違いそうなくらいだ。

 満足気なノヴァに目を向けて、ニゲルもわたしも、プルウィアさえも笑みを浮かべた。マレだけはちょっと困った顔をしていたけれど。


「すみません、すぐ新しいスプーンをお持ちしますね」


 マレが廊下をぱたぱたと駆けていく。

 わたしの膝の上でノヴァがころんと転がり、大きなあくびをした。体もぽかぽか温かい。


 眠い? 抱っこかな?

 落ちないように体勢を整えてあげると、小さな手がわたしの服をぎゅっとつかんだ。


「ステラさま、だいすき」

「わあ嬉しい! ありがとう」

「ふふー」


 にこにこ顔で目を閉じて、ノヴァがわたしに頭をすり寄せてくる。子供って可愛いな。あったかくて、やわらかい。

 小さな金属音に顔を上げると、ニゲルがフォークをお皿に乗せていた。表情がちょっと怖い。


「いいかノヴァ。先に言っておくが、ステラは俺の妻だ。君と結婚はできない」

兄様あにさま、ニ歳児相手に大人げないわよ」


 少し黙ってから、ニゲルはプルウィアに真面目な顔を向ける。


「兄として教えておこう。〝大人げ〟なんぞ大事にしても、得することは何もない」

「開き直らないでくれる?」


 兄妹の息がピッタリすぎて、つい笑みがこぼれた。ノヴァはきょとんとしていたけれど、すぐに頭を下ろしてウトウトしはじめる。


「あらまあ、この子ったら。すみません、連れていきますね」


 新しいスプーンを持ってきたマレがノヴァを抱いて部屋を出ていく。足音が遠ざかってから、ニゲルがプルウィアに水を向けた。


「さて、プルウィア。何があった?」


 ぴくっとわずかに体を揺らしたプルウィアが、視線をさまよわせる。何かを探しているようで、きっと探しものはどこにもない。


「……何もないわ」


 空々しい嘘が吐き出された。嵐を連れて帰ってきておいて何もなかったなんて、嘘だ。わたしにすら嘘だとわかることくらい、プルウィアはきっと知っている。

 ニゲルの目がやわらかく細められ、少し口角が持ち上がった。


「そうか。話したくなったら言いなさい。可愛い妹が呼ぶなら、いつでも飛んでいくよ」

「ちんちくりんが泣いてても?」

「……、その場合はステラが泣きやむまで待ってほしい」


 困り顔になったニゲルを見て、プルウィアが笑い声を上げた。ケラケラと明るい声だ。

 彼が隠し事をした理由が妹のためだとわかって、安心したのは、わたしだけではないんだろう。


「プルウィアは明日はまだ屋敷にいるか?」

「どうして?」

「明日の午前中に儀式を済ませてしまおうと思ってな。屋敷にいるなら留守を頼みたい」

「いいけど、神殿に行って帰ってくるだけでしょ?」

「まあ、一応ね」


 それぞれのシフォンケーキを完食し、どのジャムが一番おいしかったかをプルウィアと話していたら、ニゲルが小さくあくびをした。

 よく見れば、まだうっすらと目の下にくまが残っている。


「腹もふくれたし、雨の音を聞いていると眠くなるな。俺は昼寝でもするよ」

「まだ寝不足? 大丈夫?」

「ああ、別に――いや、ステラが膝枕をしてくれたらぐっすり眠れそうだな。お願いできるかい?」

「膝枕!?」


 わたしの膝に、ニゲルの頭。やわらかそうな黒髪の感触を想像したら急に恥ずかしさが襲ってきて、顔が熱を帯びた。

 膝枕……ん? 枕?


「膝は枕にするには高すぎない?」


 安眠を妨害しそうな高さだ。

 ニゲルが目を丸くし、プルウィアが眉を寄せた。はぁ?――と、声にはならなかったけれど、プルウィアの目がそう言っている。


「はは、フられたな。おやすみ」

「あっあっ、ごめん、待って」


 弁解しようとしたけれど、ニゲルはひらひらと手を振って部屋を出て行ってしまった。


「わたし、おかしなこと言っちゃったかな!?」

「どうして兄様あにさまがあんたを愛してるのか、たまにわからなくなるわ……」


 わたしにジト目を向けてから、プルウィアが大きく伸びをする。


「夜までどうしようかしら。オルドが本気で掃除を始めると長いから、書庫には入れてもらえないだろうし……また神殿で〝くろいおばけ〟の正体でも探そうかな。あんたはどうする? 一緒に行く?」

「うーん、どうしよう」


 ノヴァもニゲルも寝てしまったし、わたしも昼寝でもする?

 屋敷の間取りをまだ覚えていないから、気ままに探検するのも楽しそう。書庫の奥には入っちゃだめだって言われたけど、それ以外の部屋ならいいよね?


「そういえば、書庫の奥には何があるの?」

「奥にもたくさん本があるわよ。書庫なんだから」

「あれ?」

「ん?」


 危ないから入らないようにと言われたけれど、プルウィアは入ったことがあるような口ぶりだ。あれ? だめなのは別の部屋だったかな?


「屋敷の探検をしようと思うんだけど、入っちゃいけない部屋はどこだっけ?」

「……立入禁止の部屋なんて、あたしが前に屋敷を出たときにはなかったわよ」


 プルウィアの表情がけわしくなる。その意味をとっさには理解できなくて、わたしはぱちぱちとまばたきをした。


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