第133話 ファーストキス争奪戦

 弱肉強食で争いが絶えぬ残酷な世界。それがこの世界の常識である。軍事力の強い大国が小国を滅ぼし、強者が弱者を虐げる。富める者が貧しき者を差別し格差は広がるばかり。


 それが現実――――のはずだったのだが、ある一人の少年の出現により常識は覆された。


 今や三大強国は手を取り合い経済的結びつきを強化している。互いを滅ぼそうとしていた乱世はもう存在しない。


 そう、全ては奇跡の勇者ナツキ・ホシミヤによって。




 ペチン、ペチン、ペチン、ペチン、ペチン、ペチン、ペチン、ペチン、ペチン、ペチン――


 広い会議室に尻を叩く音が響く。


 ここはルーテシア帝国とヤマトミコの経済協力会議の場である。極東の開発を巡り、元老院議長アリーナと征夷大将軍揚羽の会議が行われているのだ。



「うぐぁ、や、やめよ。バレるぅ♡ 皆にバレるだろ。尻を打つなぁ♡」


 ナツキの耳に口を寄せた揚羽が小声でささやく。


 両国の関係者が向かい合って座るテーブルの下で、何故かナツキが揚羽の尻をペンペンしているのだ。

 テーブルの上では堅苦しい雰囲気なのに、下では破廉恥な行為というおかしな状況である。


「揚羽さん、ここは両国の協力が重要です。ワガママ言っちゃダメですよ」


 ペチン、ペチン、ペチン、ペチン、ペチン――

 更にナツキのペンペンが激しくなる。周囲の者に音でバレそうだ。


「ひぐぅ♡ 威厳がある上司なのにぃ♡ もうムリぃ♡ バレちゃう。普段は怖い女なのに、ホントは年下男に堕とされて言いなり女だとバレちゃうよぉ♡」


「良いですか、揚羽さん。協力してもらえますね?」


「すす、するぅ♡ 何でもするから許せぇ♡ おおっ♡ おっ♡ おぬしは悪魔かぁ♡」


 悪魔とか文句を言う揚羽だが、その声は喜びに満ち溢れている。姫巫女の花婿候補としてナツキが取られたにも関わらず、こうしてお仕置きしてくれるのを内心喜んでいるのかもしれない。


「良かった。これで合意できそうですね。あっ、ついでにもう少しお仕置きしようかな?」


 ペンペンペンペンペンペンペンペン――


「んほぉ♡ やややや、やめよ。ホントにバレるぅ♡ あっ、あっ、もう限界だぁ♡ んごぉぉぉぉ~♡」


 テーブルの上では厳しめの表情をしている揚羽だが、下ではナツキのお仕置きで陥落してしまう。やっぱり何でも言うこと聞く女だった。



 向かい合う帝国側のアリーナも口を開く。何かを耐えるような揚羽の表情を気にしながら。


「なるほど、こちらの案を受け入れて頂けるのには感謝します。しかし、更に帝国側の権益として――」


 アリーナが更なる要求を提示しようとしたその時、ヤマトミコ側に座っていたナツキが席を立ち、帝国側に移動してアリーナの隣に座った。


 ギシッ!


「アリーナさん、ヤマトミコが要求を呑んだのだから、帝国側も受け入れないと」

「ですが、ナツキ様。こちらも国益との兼ね合いがありまして」


 ピッタリと隣に座ったナツキにドキドキしながらも、アリーナはクールな表情を崩さず話し続ける。


「アリーナさん、やっぱりお仕置きが必要みたいです」


 真面目な顔で言い切ったナツキが、アリーナの熟した尻に手を伸ばす。お待ちかねのお仕置きタイムだ。


 ペチン、ペチン、ペチン、ペチン、ペチン――


「くうぅっ♡ なな、ナツキ様♡ そ、そのようなお戯れは……。いけません、私は35歳で子持ちです。こんな年下の子とイケナイコトなんて♡」


「ほら、ワガママ言ってないで合意しましょうよアリーナさん。せっかくヤマトミコが同意したんですから。お子さんにバレちゃいますよ。(会議が合意できなかったのがバレるという意味で)」


「んんんんっむぅぅぅぅ~ん♡ ここ、子供には秘密にしてぇ♡ ああぁん♡ 新しいパパが一回り以上年下なんてダメよぉ♡ ここ、こんなふしだらなママを赦してぇぇ~♡」


 全く話が噛み合っていないのだが、誤解でアリーナが陥落してしまった。

 もちろんナツキの行動にエッチな意味は無い。大真面目に会議を成功させたいだけである。




 と、会議室が変な雰囲気になりながら、両国の経済協力が決定した。

 政治の世界では、より多くの権益を握ろうと駆け引きがあるものだが、ナツキのおかげでスムーズに合意に至ったのである。


 ウィンウィンでペチンペチンだ。



「両国の経済協力が進んで良かったですね。はい、握手しましょう」


 ナツキに促されてアリーナと揚羽が握手する。ただ、二人の顔が上気して、足腰がガクガク震えているのはご愛敬だ。


「良かった良かった。これでまた世界が平和になりましたね」


 呑気にそんなことを言うナツキだが、アリーナと揚羽はお仕置きされていたのが部下にバレずに済みホッと胸を撫で下ろした。

 実はバレているのだが――――


「ふうっ、無事に終わりましたね。ちょっと疲れたのかしら。こ、腰が重いみたいだわ。んぁ♡」

「ああ、そうだな。かなり激しい議論だった。我も腰が重いようだ。うくっ♡」



 膝ガックガクなのを疲れのせいにして誤魔化そうとする上司を見た帝国の議員団の女たちが、目を泳がせながら心の中で呟く。


『アリーナ議長……羨ましいです』

『ナツキ様の寵愛ちょうあいを受けているだなんて』

『年下の男と隠れてイケナイコト……素敵』


 当然、ヤマトミコ側の役人も心の中で呟いていた。


『揚羽様……バレてます。全部バレてますから』

『バレてないと思っているのは揚羽様だけです』

『ああぁ、あの第六天魔王を言いなりにさせるなんて、恐ろしい少年だ』


 部下たちは上司を気遣って何も知らないふりをしていた。何はともあれナツキのおかげで大成功だろう。


 ◆ ◇ ◆




 そしてナツキはゲルハースラント代表との会議にも出席した。


「そう言う訳で、パンツァーティーゲルの技術を平和利用したいと思います」


 ゲルハースラント議員団を前に、ナツキが堂々と宣言する。


「あの技術を使い列車を作るんですよ。大陸の街と街を軌条レールで繋いで、そこを列車で移動させれば大勢の人を高速移動させられます」


 ナツキの説明を受けたゲルハースラント代表が凄い勢いで頭を上下させている。


 これはナツキの話が革新的技術であることもあるのだが、更に彼らを恐れさせているのは他に理由があった。


「むっすぅぅぅぅ……」

「ぐぬぬぬぬ……」


 ナツキの後ろにはフレイアとシラユキが立っている。二人とも不機嫌そうな顔をして。


「ナツキぃ、途中でお仕置き止めるなんて酷いわ」

「くふふっ……ナツキの焦らしプレイが至福で大変……」


 お仕置きの最中だったのに会議があるからと止めてしまい、二人は欲求不満なままナツキの後をついてきたと言う訳だ。


 ただ、ゲルハースラント代表からしたら、トラウマを植え付けられた真紅の悪魔と白銀の魔女が睨んでいるのだからたまらない。


 ガタガタガタガタガタ!


『うああああ! お、恐ろしい。一発で大軍を滅ぼせる大魔法使いが……』

『くっ、逆らったら消し炭が……いや、氷漬けかも……』


 ゲルハースラント代表が震えているが、それに気づいていないナツキは姉たちの方を向く。


「フレイアさん、シラユキさん、会議に出席したのに態度悪いですよ。ちゃんと挨拶くらいしましょうよ」


 そっぽを向いている二人の腰にナツキの腕が回る。


「は、はあぁああ♡ わ、分かったからぁ。ちゃんとするわよ。ごめんなさいぃ」

「ふひっ♡ 最近、弟くんの躾が厳しい♡」



 そんな光景を見たゲルハースラント代表が、ナツキに畏敬の念を抱いてしまった。


『おおおっ! あの恐ろしい魔女を言いなりに。やはり勇者ナツキ恐るべし!』

『ええええ! ナツキ様は最強の魔法使いより強いのか。これでは我が国が勝てるはずがない』



 本人にそんな気は全く無いのに、格の違いを見せつけてしまうナツキ。だが、姉の躾には厳しいが、基本は優しい性格なのは変わらない。


「あの、これは両国が共に協力して行う事業にしましょう。もちろん報酬も支払います。ウィンウィンですね」


「おおっ、敗戦国である我が国にも利益を与えてくださるのですか」

「ぜ、是非お願いします。大戦で我が国の経済はガタガタです。すぐに仕事が欲しいところ。感謝します」


 ナツキの話に涙を流しながら感謝をするゲルハースラント代表団面々。


「良かったです。頑張りましょう。詳しい話はアリーナさんに伝えてありますから、後のことはお願いします」


 ペチン、ペチン、ペチン、ペチン――


 ナツキが代表団と話しながら無意識に二人の姉をペンペンしているのだが、本人ときたら姉が陥落しているのに全く気付いていない。


 こちらもウィンウィンでペチンペチンで一件落着だ。


 ◆ ◇ ◆




 経済政策や鉄道事業の目途がついたところで、ナツキは一度カリンダノールに帰る決意をする。


「やっと落ち着いたので、一度領地の城に戻りますね」


 その発言に食い付いたのは姉妹シスターズなのは当然だろう。ナツキが忙しくて、中々構ってもらえなかったのだから。


「ナツキ……私、ご褒美もらってない」


 シラユキが呟く。帝都に迫る敵を退けたご褒美のことを言っているのだろう。


「そうですわ。わたくしもご褒美をもらっていませんわよ、なっくん」


 クレアも続いた。ミーアオストクで裸で相撲したことだろう。あれは自業自得な気もするが。


「それを言うのなら、私もご褒美を頂けるのでありますかな?」


 勢いよくレジーナが立ち上がり言い放つ。確かに彼女は獅子奮迅の活躍をしたはずだ。普段の言動からイマイチ理解されていない気もするが。



「そう言えば……戦いが終わったらご褒美するって約束しましたよね。約束は守らないといけません。ボクは何をすれば?」


 そうナツキが言ったところで、シラユキがグイっと二人の距離を詰め吐息がかかりそうになるまで迫った。


「ナツキ、ご褒美はキスにしよ♡」


 シラユキの放った一言で、再び姉大戦が勃発しそうな様相になってしまった。


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