第125話 色惚け大将軍

 究極の技がぶつかり合う極限状態の戦闘。五感全てを研ぎ澄まし、第六感までも使うギリギリの状態。そんな中でも、二人の剣士は歓喜していた。


「はぁはぁはぁ……さすが軍神殿。魔法術式を使わず魔法のような必殺技を出すとは」


「ふぅふぅふぅ……凄いぞレジーナ。何だ今のは? わけわかんないぞ。だぞ!」


 レジーナとささめが間合いを取ったまま睨み合う。少しでも気を抜いたら消し炭になりそうな限界バトルだ。有り余るスタミナを持つ二人だったが、いつになく消耗していた。


「次で決めるであります。軍神殿」

「それはこっちのセリフだぞ。だぞ!」


 崩壊した闘技場だった場所で、巻き上がる土煙の中に立つ二人が動こうとしたその時、予期せぬ乱入者によって戦闘は中断された。



 ズドドドドドドドドドッ!

 ビュゥゥゥゥゥゥウウウウウウゥゥゥゥ――――ズシャアアアアアアァァァァーッ!


「マミカお姉様! 助けにきましたぁああっ!」


 人間の走りとは思えないほどの超高速疾走、ロゼッタの神速超跳躍走法ホリズンドライブに乗って飛び込んできたナツキが叫ぶ。


 大地を打ち付けるような力強い足の踏み込みから鳥のような大ジャンプ、そして空中で一回転し地面をドリフト走行して中央で止まった。


 惚れ惚れするような長身むっちり肉体美のロゼッタと、背中に乗った初心うぶな印象だが強い決意を感じさせる瞳の少年、ナツキである。



「マミカお姉様、遅くなってごめんなさい! 何処にいるんですか!」


 ナツキが破壊された会場を見渡すと、土埃で汚れボロボロになったマミカの姿が目に入った。


「マミカお姉様ぁぁぁぁーっ!」


 ロゼッタの背から飛び降りたナツキは、全力でマミカのもとへ走った。


 ガシッ!

 マミカの体を抱きしめると、ナツキは目を潤ませながら話しかける。


「マミカお姉様、こんなにボロボロになって……。だ、誰がこんなに酷いことを!」


「えっ、あの……ナツキ?」


 突然現れた愛しいナツキに抱きしめられ、マミカは言葉が出てこない。

 服が汚れて髪が乱れているのは、爆発で転がったからなのだが、どうやらナツキは誤解しているようだ。


「マミカお姉様、誰がやったんですか!?」

「え、えっと……誰と言われたら、そいつ?」


 マミカがレジーナを指差す。


「れ、レジーナぁ! 後でキッツイお仕置きです」


 完全に勘違いしたナツキが言い放つ。誤解である。


「お、お仕置きでありますかぁぁーっ♡ ぐっはぁ! 楽しみであります!」


 当のレジーナは誤解されたのにも気付かず大喜びだ。話が噛み合っていない。


「……って、ちょっと待ってください。クレアちゃんもボロボロに……。それにレジーナは援軍ですよね? 何で二人が……? あれっ?」


 ナツキが矛盾に気付いた。よく考えなくてもレジーナがマミカたちを攻撃するはずがない。


 マミカとクレアを抱き上げたナツキが、レジーナの横に立っている女に気付いた。


「あの人は、もしかしてヤマトミコの女武者ですか? これって、どんな状況なんだろ?」


 ささめの顔を見て疑問を口にするナツキに、呆けたように成り行きを見ていたささめ本人も口を開く。


「おまえ誰だ? 良いところだったのに勝負の邪魔をするな。だぞ!」



 何となく状況が掴めてきたナツキの顔が青ざめる。誤解でレジーナに怒ってしまったのだから。


「ご、ごめんなさいレジーナさん。勘違いしてました。大切な彼女で師匠のレジーナを犯人だと思っちゃうなんて彼氏失格です。お仕置きは取り消します」


「おおお、お仕置きは取り消さないでくだされぇぇ~っ! 御主人様のお仕置き欲しさに頑張っているのでありますよぉ!」


 お仕置きが無しになってレジーナが絶叫した。その直後にナツキのある言葉を思い出し更に絶叫する。


「って、ちょちょちょっと待ったぁああああああ! 今、彼女って言ったでありますよね! か、彼氏彼女でありますか! つつつ、ついに彼女候補七号から正規彼女に昇進でありますか! 二階級特進でありますね! くぅううううぅぅっ♡」


 何が二階級なのかは不明だが、レジーナが彼女にされて大喜びだ。

 ただ、事情を知らないマミカとクレアの顔がショックで絶望的になる。


「な、ナツキ……レジーナを彼女にしたって……。もしかして、やっぱり憧れの剣士で……彼女に……」


 泣きそうな顔で途切れ途切れ話すマミカ。辛い過去を癒してくれた大切な人が遠くに行ってしまいそうで、どうして良いのか分からないのだろう。


「ナツキぃ、何なのよぉ」

「マミカお姉様、レジーナにやられたとか紛らわしいです」

「じゃないくてぇ! 彼女にしたって話よ!」

「えっ、彼女ですか?」


 涙をいっぱい溜めたマミカに、ナツキが不思議な顔をする。


「レジーナを彼女にしたの……?」

「はい」

「や、ヤダぁ……アタシも彼女にして欲しいよぉ。ううっ、ぐすっ」

「マミカお姉様も大切な彼女です」

「ふぇ?」


 突然の彼女宣言にマミカが固まった。


「マミカお姉様、大好きです。お姉様はボクの彼女です。ずっと一緒にいてください」


「えっ、えええっ、ふぇええぇえええ~ん♡ かかか、彼女ぉ♡」


「はい、マミカお姉様」

 ぎゅぅぅぅぅ~っ!


 地獄へ突き落とされてからの天国まで突き上げられるようなナツキの無意識な言動に、心をグッラングラン揺さぶられたマミカがヘブン状態だ。


 今までも完堕ち状態だったのに、更に深く徹底的に堕とされてしまった。今のマミカは身も心も魂さえも完堕ちした、ナツキ無しでは生きられない女状態である。


「うふっ♡ うふふっ♡ も、もぉ♡ ナツキったら、そ、そんなにアタシが好きなんだぁ♡ しょ、しょうがないわね♡ あ、アタシも大好きなんだしぃ♡ 付き合ってあげるってば。てか、結婚前提だしぃぃ♡♡♡」


 マミカがカワイイ大将軍から色惚け大将軍になってしまった。もう手遅れだ。



 これに納得いかないのは、その隣でやきもきしているクレアだろう。レジーナとマミカを彼女にして、自分だけ除け者のようなのだから。


「あ、あの、なっくん? わた、わたくしは……?」


 すがるような瞳で迫る金髪縦ロールの美女。土に汚れ髪が乱れていても、その美しさは微塵も損なわれていない。むしろ汚れた体が更にクレアの美しさを輝かせているようである。


「クレアちゃん、大好きです」


 ズキュゥゥゥゥゥゥーン!

「は、はうっ♡ はぅううっ♡ うっはぁぁあ~ん♡」


 ナツキの『大好き』でクレアが壊れた。もうこうなったクレアは、ナツキの命令ならはすっぽんぽんで通りを歩いても怖くない。まさに愛と変態の軌跡シュプールである。


「クレアちゃんも大切な彼女です。クレアちゃんにずっと甘えていたいです。あと、クレアちゃんが望むなら、執事ごっこでも甘々マッサージでも何でもしますね」


「なななななななななななななな、何でもぉおおおおおおおおおお~っ♡ ごごご、極上ですわぁああああぁ~ん♡♡♡」


 今までも完堕ち状態だったのに、更に深く徹底的に堕とされてしまった。今のクレアは身も心も魂さえも完堕ちした、ナツキ無しでは生きられない変態状態である。

 

「うふふふふぅ~ん♡ なっくぅ~ん♡」


 クレアが光の大将軍から色惚け大将軍になってしまった。もう手遅れだ。



「ナツキ御主人様ぁ! 私には大好きはないのでありますか!」


 二人の同僚を蕩けさせたのを見たレジーナが叫ぶ。


「レジーナ、今は戦いの最中ですよ。おあずけです!」

「ぐはぁ! そんな殺生な……」


 やっぱり肝心なところで鬼畜なナツキだった。散々見せつけておいて放置プレイだったりする。

 あと、もう一人の大将軍ロゼッタも放置気味だ。後でたっぷりご褒美を貰えるからと、今は我慢の時である。


「ナツキ君……皆とイチャイチャして……。いいないいなぁ。私もイチャイチャしたいな」




 しかし、一番放置プレイといえばこちらだろう。レジーナとの試合を邪魔された挙句、目の前で愛の告白やイチャイチャを見せつけられている上杉ささめだ。


「おい、そこの少年! 私の前でイチャイチャすんなー! 神仏に仕える私……いや、神仏そのものである私はオ〇禁……コホンっ、禁欲しているのだぞ! だぞ!」


「ううっ……お、オ〇……」


 ちょっと放送禁止っぽいささめの爆弾発言でナツキがたじろいだ。

 この上杉ささめ、無邪気で純粋な少女に見えるが、実は色々と人生を重ねたアラサー女武者である。いや、アラサーなどと言っては失礼だ。まだ二十代である。


 しかも男嫌いとして有名で、殺到するお見合い申し込みを全て断ってるくらいだ。実は男の好みにうるさいのかもしれない。



「あなたが征夷大将軍織田揚羽さんですか?」


 ナツキがささめに向かって問いただした。これも勘違いである。


「誰が揚羽だ! 揚羽はアッチだぞ! だぞ!」

「えっ?」


 ささめが指差す方を見たナツキが、漆黒の髪に黄金の瞳をギラギラさせプレートアーマー式南蛮具足を着た女を確認する。


「あの人が織田揚羽さん……」


 揚羽の方に向かおうとしたナツキを、ささめが間に入って遮った。


「おっと、ダメだぞ。大人の試合を邪魔したんだ。悪い子にはお仕置きしないと。安心しろ。私は子供好きだからな。ちょっと反省させるだけだぞ。だぞ!」


 ぐわっ!


 ささめがナツキに近寄ろうとした時、レジーナとロゼッタが守るように間に入った。


「えっ、おおおっ! 何だその大っきい女は。凄い力を感じるぞ。レジーナ級だぞ! だぞ!」


 レジーナと同格の強者が現れ、ささめの目がキラキラと煌いた。瞳の中の星が一層強く光る。


「ナツキ君はやらせないよ!」

「そうであります! 私の彼氏兼御主人様であります」


 ヤマトミコ最強の軍神が参戦し拮抗したかに見えた両国の争いだが、ここに来て帝国最強女戦士ロゼッタの登場で形勢が逆転した。


 しかし、そんなことは意に介さないナツキは、二人の姉を手で制して自分が前に出る。


「レジーナにロゼッタ姉さん、下がっていてください。大好きな彼女を守るのは、彼氏であるボクの役目です! ボクに任せてください」


 バァアアアアーン!

 ナツキが最高のドヤ顔で言い放った。


 圧倒的に戦力差があり勝てる見込みもなく、全く根拠も説得力も無いはずなのに、二人の女戦士が動けない。

 ナツキの彼氏力に圧倒されているのだ。


「ふ、ふふふぅーんす♡ だだ、だいすきぃいいっ♡ ナツキ君♡ むはぁああぁん♡」

「ぐっはぁああああっ! だ、大好きでありますか! 年下男子の熱烈告白で、私の背徳感が爆発しそうでありますぞぉおお♡」


 二人が力の大将軍と剣の大将軍から色惚け大将軍になってしまった。もう手遅れだ。



「な、なんだおまえ! 大人の女をたぶらかす悪い子はお仕置きだぞ! 何かムラムラじゃないイライラするぞ! だぞ!」


「ボクもあなたをお仕置きします! 大好きな彼女を守ります! あと、子供扱いしないでください」


 ナツキとささめが睨み合う。


 圧倒的実力を持つ軍神ささめに対し、圧倒的彼氏力で立ち向かうナツキ。今のナツキは、燃え上がる思春期の恋心と湧き上がる青い愛欲とでメラメラとしていた。


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