第119話 独裁者の最後

 バベリンを出発したナツキとロゼッタは、風を切り土煙を巻き上げながら、神速超跳躍走法ホリズンドライブで一路極東へと向かっていた。


 ロゼッタの走りは凄まじく、まるで地上を滑空するはやぶさのような速度である。


 長く肉付きの良い彼女の足が躍動する。ムッチリとした女性らしい脚や尻の中には、鍛えた鋼のような強さと束ねたゴムのような柔軟さを兼ね備えた筋肉がうねり、これまた理想的な肉体美を誇る上半身の腕や腹筋と合わせ、爆発的な加速を生み出しているのだ。


 ズドドドドドドドドドッ!

 ビュゥゥゥゥゥゥウウウウウウゥゥゥゥ――――



 一心不乱に走っているように見えるロゼッタだが、頭の中では今夜営まれるであろう熱い夜の想像でいっぱいだ。


「む、むはぁ♡ ついに、な、なな、ナツキ君と初夜かな? はああぁ♡ 待ちきれないよ♡ 私を選んでくれるなんて♡」


 ※違います。ナツキは初めての相手を選んだわけではなく、早く極東のミーアオストクに向かう為に彼女を選んだのです。



 さっきからブツブツ何か言っているロゼッタに、背中のナツキが声をかける。


「あの、ロゼッタさん、何か言いましたか? 風切り音が凄くて聞こえませんでした」


「な、ナツキ君! な、何でもないよ。えへへぇ♡ こ、今夜は楽しみだね」


「今夜? えっと、何のことかな? 夕食で食べたいものがあるのかな? ロゼッタさんは走り続けて疲れているだろうし労わってあげないと」


 風の音でよく聞こえないナツキは考える。


「そうですね。美味しいものを食べましょう。いっぱいサービスしますから期待してください」


「さささささ、サービスぅ! ふんすふんす! むっはあああぁん♡ いっぱいサービスされちゃうのか♡ たた、楽しみだなぁああっ♡」


 いまいち会話が噛み合っていない二人だった。ロゼッタが幸せそうで何よりだが。


 ◆ ◇ ◆




 日が暮れるまで走り続けたところで、やっと帝国中西部の都市インペラトリーツァエカテリーナに入った。


 途中で帝都に寄り、アンナとアリーナに停戦の報告と今後の方針を伝え、更に極東へ向かいヤマトミコに対処する計画まで立ててきたのだ。

 そんなナツキの活躍ぶりに、アンナは目を輝かせ、アリーナはより艶めかしい顔になってしまう展開に。


『ナツキぃ♡ 余の王子さまじゃぁ♡』

『ナツキ様……見違えるようにたくましくなられて。ああぁ♡ 鞭が待ちきれません♡』


 こんな具合である。


 ただ、ゲルハースラントでトゥルーデがナツキにお熱なのは伝えていないが。

 もしゲルハースラント皇帝がナツキを婿にしようと企んでいるのが知れたら、戦争終結したばかりなのに恋の大戦争が始まってしまいそうである。



 馬車と比べ圧倒的にスピードも持久力も高いロゼッタの走りだが、何しろ大陸が広大であり簡単に極東まで行けるものではない。


 ズダダダダッ、ズザァァァァ!

「ナツキ君、大丈夫かい?」


 街に入り走りを止めたロゼッタが声をかける。

 まるで無尽蔵に体力や精力が出てきそうな彼女ならば問題無いかもしれないが、背中に乗っているナツキの方が先に限界になってしまうのだ。


「ううっ、ぼ、ボクは大丈夫です」

「今日は休もうか? 疲れたよね」

「は、はい……でも、ボクがもっと強ければ」


 ナツキがロゼッタの背中から降り、少し足元がふらつかせながら答えた。


「それは違うよ。ナツキ君は凄いんだ。私の神速超跳躍走法ホリズンドライブに一日中乗っていて耐え続けているのは凄いことなんだよ」


「でも……」


「今日は休もう。ナツキ君は、ずっと戦いっぱなしでろくに休んでないよね。休息も必要だよ」


 ロゼッタがナツキを抱きしめる。一回り以上大きな体に包まれたナツキは、ムチッと肉感的な胸に埋もれてしまう。まるで肉の海のようだ。


 ぎゅぅううううっ!

「むがぁ、んっ! ろ、ロゼッタさん」


 走り続けて汗で濡れたロゼッタの肌から、モワッと湯気のような熱気が上がる。ナツキはロゼッタの体臭を胸いっぱい吸い込んだ。


「ふああぁ、ロゼッタさんの匂いだ……」

「ちょ、ナツキ君、汗臭いから嗅いじゃダメだよ」

「でも、嫌な臭いじゃないです。むしろ良い匂い――」

「はああぁ♡ ダメダメダメぇ♡ 嗅いじゃダメだよ♡」

「すんすんすん……」

「うわああっ♡ 恥ずかしいから♡ もうダメだよぉ♡」


 恥ずかしいとか言いながらも、抱きしめたナツキを離そうとしないロゼッタの乙女心が揺れる。


「ロゼッタさんの匂い、何だか安心します」

「くああぁん♡ もう限界だぁああああっ♡」


 街中で抱き合ってくんかくんかする変なカップルになってしまう。もう完全にバカップルかもしれない。




 ここ、インペラトリーツァエカテリーナは初代皇帝エカテリーナ生誕の地であり帝国第二の都市でもある。街の至る所にエカテリーナの肖像画が掲げられ、今でも愛される彼女の人気がうかがえるようだ。



「エカテリーナさんって大人気なんですね」


 壁一面に描かれた初代皇帝の肖像画を見たナツキが呟く。それには、すぐに横にピッタリ寄り添っているロゼッタも反応した。


「貞操逆転帝国を造り上げた人だからね。イケナイコト大好きな女性が生き生きと暮らせる社会を実現したんだ」


「なるほど……」


「だけど、帝国も百年前の大戦以降は軍国化や専制政治がどんどん進み、格差や差別が広がって住みにくい社会になってしまったけど……。で、でも、アンナ様ならきっと」


「はい、アンナ様は優しいですから、きっと暮らしやすい国を実現してくれますよね。その為にも戦争を終わらせないと」



 二人が話しながら通りを歩いていると、エカテリーナの肖像画の隣に並んで、現皇帝アンナと奇跡の勇者ナツキの描かれた絵を見つけてしまう。


「えっ、ふぇああっ! ボクの絵まで……」


 まさか自分の肖像画があるとは知らず、ナツキが変な声を上げた。

 そこには、皇帝アンナと勇者ナツキの間に世継ぎを望む文言が書かれている。


「ボク……結婚するなんて言ってないのに」

「だ、ダメダメダメぇ! いくらアンナ様でも結婚はダメだよ!」


 興奮したロゼッタがナツキをムギュッと捕まえる。


「ナツキ君は私と結婚するんだからね。もう絶対逃がさないから。今夜は、いっぱいいっぱいイケナイコトするから♡ ふっ、ふはぁ♡ もう楽しみで楽しみで♡」


 俄然やる気のロゼッタに、ナツキが素でツッコミを入れた。


「あ、あの、アンナ様と結婚は決まっていませんが、ロゼッタさんとエッチするのも決まっていませんよ」


「ななな、何でさぁああああぁ~っ!」


 興奮で火照ったロゼッタが体をジタバタさせて文句を言う。彼女宣言してしまった手前、ナツキは断ることができるのか。

 今度こそ本当にナツキ貞操の危機かもしれない。


 ◆ ◇ ◆




 ナツキがロゼッタに迫られ貞操の危機になっている頃、そんなエッチ事情も知らないネルネルは一人石造りの廊下を歩いていた。


 カツッ、カツッ、カツッ――


「ナツキきゅん、本気で戦争の無い世界を創ろうとしているんだナ。でも、現実は残酷なんだゾ。人のカルマは深く残酷なんダ……」


 そんな独り言をブツブツ呟きながら、特別犯が繋がれているバベリンの地下牢へと向かっている。


「人が平和に暮らすことができるとするならば、その裏で誰かが武力を使い守っているという現実。人は悪行から離れることができないのカ。だが、そんな世界でも、本当にナツキきゅんが平和を願うのなら。その理想の世界を実現したいのなら。わたしは陰から見守ってあげたいんだゾ」


 カツッ、カツッ、カツッ――



 ネルネルが向かう先から石の廊下に響き渡る独演が聞こえてきた。自分に酔ったように次から次へと並べ立てる言葉の攻撃のような。


「そうだ、私は世界を変えるべきなのだ! この腐敗した世界を一掃し、完全なる秩序と理念に基づいた国を築くべきだ! ふははっ! 愚かで低能な愚民は一生道具のように働き私に尽くすのだ! ふははははははははっ!」


 近付くにつれ不快な演説の音量が上がる。その男は後の世に世界最大の詐欺師と呼ばれることになるギュンター・ウォルゲンであった。


 捕虜として特別警備が厳重な牢に入っているが、いまだ夢想家のような独演を続けている。


「先ずはここから脱出せねばな。看守を洗脳し鍵を開けさせる。私には赤子の手をひねるより簡単なことだ。そして再び国を造ってやる! あの娘……くそっ! あの小娘は用済みだ。最初からなんな小娘を使ったのが失敗だったのだ」


 ギュンターの言うあの小娘・・・・とはトゥルーデのことだろう。自分から強引に利用したのに酷い言い草ぐさだ。


「次は必ず成功させる。そうだな、次は私がトップになるべきか。皇帝などという古いシステムを使ったのが悪かったのだ。次は私は唯一絶対の存在になれば良い! そうだそうだ、私は選ばれし存在なのだからな。私が世界を支配してやる! うぁーっはっはっはっはっは!」


「そう上手く行くのかナ」


 自分に酔ったように独演を続けているギュンターに、鉄格子の外から声がかかった。

 ネルネルが彼と対面したのだ。


「なっ、なな、何だ貴様は! おのれ、あの勇者の仲間だな!」


「さっきからウルサイんだナ」


「何だと、うるさいのは貴様だ! 私の崇高なる理念の邪魔をしやがって! このクソ女がぁああっ! って……よく見ると良い女だな。変わった髪や瞳の色だが美しい。胸も小さいしな」


 胸をジロジロ見られ、ネルネルが嫌そうな顔になる。


「ふははァ! まあ良い。勇者などと抜かすが所詮は子供よ。甘い! 甘過ぎるわああ! 私を生かしておくとは、とんだ平和ボケ勇者だな! まあ、そのおかげで私は生き延び再び理想の社会を目指せるのだがな。先ずは目の前の貴様を洗脳してやる! くらえっ、洗脳傀儡マリオネットコントローレン――ぐっはああぁ!」


 ギュンターの洗脳傀儡マリオネットコントローレンより、ネルネルの触手が一瞬だけ速かった。


「ぐっ、ぐばぁアアッ! ゴボッ! な、何故だぁああ! 何故ぇええっ!」


 ネルネルの触手の先が、ギュンターの腹へと伸びていた。


「おまえを生かしておくと厄介なんだナ。再び戦争が起きて多くの人が死ぬことになるんだゾ」


「ば、ばば、バカなああ! こ、この私が……グボォ! ぐっ、こ、このエリートの私がぁ! 私は選ばれし存在だ。私の行いこそが正義なのだ! この私の理想を止める貴様は純然たる悪! そうに違いない!」


「わたしは正義なんて思ってないんだナ。誰かが汚れ仕事をしなければならないのなら、それは闇の魔法使いのわたしなんだゾ」


「ぶばァ、ああぁ! ごばアアァああああぁッ! お、おのれおのれののれ! ちっぃいくしょうめぇええええええっ!」


 ズシャ、ズシャ、ズシャ、ズシャ、ズシャ!


 ネルネルは目の前のギュンターだったモノを見つめながら呟く。


「また戦争で多くの人が死に、ナツキきゅんが泣く姿は見たくないんだゾ。でも、わたしがやったのを知ったら、ナツキきゅんは悲しむのかナ」



 世界征服を目論む類い稀な洗脳スキルを持つ独裁者ギュンター。その最後は、一人の女の彼氏を想う心によって幕を閉じた。






 ――――――――――――――――


 その女の愛が一人の独裁者に終焉を告げる。

 誰も知らぬところで一人手を汚すネルネル。これも彼女の献身的な愛の姿か。

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