第115話 シリアス展開のナツキと独裁者ギュンターに、恋愛脳展開のお姉さんとトゥルーデ

「ボクはあなたを止める! この不条理に満ちた残酷な世界を変えたい! 人が人を道具のように扱ったり、優しい人が踏みにじられるのではなく、真面目に生きる人たちが少しでも報われる世界に!」


 ナツキが叫ぶ。心の限り。


 対するギュンターは洗脳した兵士を肉の盾として自分を守らせ、残りの兵士をナツキに向け突撃させた。


「ひゃあーっはっはっは! 私はエリートなのだ。この私が負けるはずがない。どんなに強い者でも傀儡くぐつにさせられるのだ。私の精神系魔法は世界一なのだぁああああああっ!」



 次から次へと突撃してくる死の恐怖が無い洗脳兵士。そして、男の周りを囲ませている肉の盾兵士と、人質のように抱えている少女。

 姉妹シスターズは迷っていた。


「ぐっ、ここから魔法で狙撃したら女の子に当たるわね。卑劣な」


 魔法を撃とうとしたフレイアが躊躇ちゅうちょする。それを見越したギュンターの作戦なのだろう。


「どどど、どうしよどうしよ」


 シラユキは混乱しているようだ。自分の魔法では殺傷力が高く、人質の少女を傷つけてしまうと思っているのだろう。

 決して肝心な時にポンコツなのではない……はずだ。



 ガンッ! ガシッ!

 襲いかかる敵兵と戦いながらロゼッタがナツキに声をかける。


「ナツキ君、あの男は危険だ! 近付くと精神支配を受けるかもしれない」


 キンッ! ガキンッ!

 ナツキも短剣で敵をさばきながら答える。


「はい! 気をつけます。でも、このままにしてはおけない。ここで逃がしたら、更に被害者が増えてしまうから」



 対するギュンターは、この期に及んでも相変わらず独演を続けていた。


「それ以上近付いたら、この娘を殺すぞ! それでも良いのかぁああああっ! さあ、私が逃げるまでの時間を稼ぐのだ兵士たちよ!」


 ギュンターがゲルトルーデの首筋にナイフを突きつけた。近付いたら刺すという脅しだろう。


「ふははははっ! はあーっはっはっは! 世界最強の大将軍が何だというのだ! 私こそが最強なのだ。数十万、数百万の者どもを洗脳するのならば効果は薄いが、少人数になればなるほど私の魔法は強くなるのだ。本当の最強とは、エリートであるこの私なのだ!」


 自分に酔ったようにギュンターが話し続ける。逃げるはずではとツッコみたくなるが、きっと無類の独演好きなのだろう。


「どんなに強い者でも私の魔法ならば支配できるのだ。何でも思いのまま、命令通りの人形にさせられるのだぁああああっ! そうだな、試しにそこの魔法使いを私の傀儡くぐつとして奴隷にしてやるか。胸も小さくて私好みだ。ぐははははっ!」


 ギュンターのギョロっとした目がシラユキを見つめる。どうやら彼の好みにドストライクだったようだ。

 当然、シラユキの体に悪寒が走った。


「うげぇ……一撃で仕留めようかな……」


 本気で嫌そうな顔をしたシラユキから青白いオーラが溢れる。




 この混乱の最中、ネルネルは最悪の場合は自分が手を汚そうと考えていた。


「人質の少女……あれが皇帝なのカ? わたしたち大将軍のスキルを以てすれば、遠距離から一撃で仕留めるのは容易いはずだゾ。たとえ近付いたとしても……あいつの精神支配スキルがマミカ以上とは思えないんだナ。いや……マミカは自分のスキルの恐ろしさを知っており、本気を出してはいなかったんだナ……」


 内乱で帝都潜入した時にマミカが話したこと思い出す。


「もしあの男の精神支配が予想より強くて、例えばロゼッタが精神支配を受けたら、わたしたちは全滅するかもしれないんだナ……。なら、洗脳された兵士や人質の少女ごと遠距離から始末する方が……。ナツキきゅんに嫌われちゃうかもしれないけどナ……」


 ブツブツと小声で呟くネルネルの考えが纏まらない。昔の自分ならば躊躇ちゅうちょなく一撃で敵を葬っていたはずなのに。




 ギュンターに捕まって盾にされている少女ゲルトルーデは絶望の淵にいた。最初から何も自分の意志が反映されることもなく、最後まで利用され続け何の価値もない皇帝だったのだからと。


「放しなさい! 放して!」

 少しでも抗おうと体を捻るが、男の腕力には敵わず逃げられない。


「静かにしろ! この生意気な小娘が!」

「放して! これ以上罪を重ねないで!」

「うるさい! 黙れ!」


 ギュンターに抱えられ顔を押さえつけられたままゲルトルーデはナツキの方を向く。


「あなたが勇者ですか! 私はゲルハースラント帝国初代皇帝ゲルトルーデ・フォン・ローゼンベルクです! この男を逃がしてはいけません! きっとまた罪なき人々が犠牲になってしまう。この男の野望と虚栄心は尽きることがない、必ずまた――」


「うるさぁああああーい! 黙らんか小娘が!」

 ギュンターがゲルトルーデの口を塞ごうとする。


「わ、私ごと撃ちなさい! いざという時は、私と一緒に攻撃してでもこの男の野望を止めるのです! それが私に課せられた最後の役目――きぁっ!」


 ゲルトルーデは全てを諦めた。


 本来なら静かにゲルハースラントの片田舎でひっそり暮らす予定だったのだ。たとえ貧しくとも細やかな幸せを見つけ、ゆったりとした時間の中で穏やかな暮らしをしたいと願っていた。


 ああっ……彼氏欲しかったな……。贅沢は言わないから普通の男で良かったのに。あっ、普通と言っても女子が言うやたら理想が高い普通じゃないのですよ。

 そうね、別に身長がそこまで高くとか、お金を持ってるとか、物語に登場する超イケメン王子様じゃなくても良いのに。

 あっ、ちょうど目の前にいる勇者の少年みたいな感じが好みかも。私を殴ったりしなさそうですね。やっぱり男は優しくてお人好しくらいがちょうど良い。


 ゲルトルーデが、もう死を覚悟した走馬灯そうまとうモードのようになってしまっている。

 やっぱり彼氏は心底欲しいようだ。年頃なので仕方がない。



「死んじゃダメです! 諦めないで!」


 その時、ナツキが叫んだ。諦めかけていたゲルトルーデの心に何かの熱を灯すように。


「えっ、あなたは……敵である私を助けると……」

「ボクが助けます。そこの宰相の男を倒して、ゲルトルーデさんはボクが助ける!」


 そう言い切ったナツキがネルネルの方を向く。


「ネルねぇ」

「は、はいなんだナ」


 いつになくナツキの強気な言葉にネルネルが圧されている。


「ボクが飛び込むので援護してください」

「し、しかし危険なんだゾ」

「大丈夫です! 何とかしてみせます!」

「う、うん…………」


 ナツキが飛び込んだら洗脳されるとか、遠距離で仕留める方が確実だとか、戦いに犠牲は付き物だとか、色々と言いたいことは有ったはずだが、ネルネルの口からは何も出てこない。


「か、カッコいいんだナぁ♡」


 ただそう言って、ネルネルはうっとりしているだけだ。この女、もう手遅れである。


「ロゼッタ姉さんも援護お願いします!」

「は、はい。任せて」


 ナツキはロゼッタにも指示を出す。彼女もネルネルと同じようにナツキの言葉に頷いてしまう。


 世界最強の女戦士ロゼッタならば、ナツキより圧倒的に強いはずなのだ。超加速で走り一撃必殺のパンチで決めるのも可能かもしれない。

 しかし、そんな理屈はどうでも良い。彼女はナツキに惚れているのだから。



「行きます!」

 ズダッ!


 合図を出してからナツキが兵士の中に突入した。目指すは奥にいるギュンターだ。


「ぐひゃっ、闇の触手ヘンタイバインド!」

「たああああっ! とうっ!」


 ネルネルとロゼッタが道を開けるように援護する。ネルネルが伸ばした触手で兵士を絡め取り。ロゼッタは掌底しょうていを打ち込み敵を倒す。



 これに若干おいてけぼりなのはフレイアとシラユキだ。自分も参加したいのに、攻撃力が高過ぎて見ているしかできなかった。


「ねえ、シラユキ。私たちもナツキを援護しないと」


 横でオロオロしている同僚に声をかけるフレイアだが、肝心のシラユキは魔力で氷の棒を作っていた。


「こ、ここ、これなら攻撃力も低いはず……」

「ねえ、その棒をどうする気?」

「な、投げるとか?」

「何で疑問形なのよ」


 いつか見た氷の棒を手に持ったシラユキが、同性でも魅了しそうな美脚を上げ投球フォームに入った。見た目は完璧に美しいが、何となくその後の展開は予想できるのだが。


「えいっ!」

 ひゅぅぅぅぅーっ、カンッ!


 狙いは外れて棒は床に落ちた。


「い、いっぱい作ればきっと」

 ポコポコポコポコポコ!

「それ私にも貸しなさいよ」

「「えいえいえいえい!」」


 世界を震撼させる最強の魔法使いなのに、一生懸命に氷の棒を投げる二人。シリアス展開なはずだがシュールな光景だ。



 突撃したナツキは一直線にギュンターの元に向かっていた。襲いかかる兵士たちを跳躍脚ロゼッタドライブ剣聖投影レジーナワークスを使い、力強い疾走と華麗な体術でかわして行く。


 これには生きることを諦めていたゲルトルーデの心が興奮と乙女の本能で熱くなる。


「えっ、ええっ! カッコいい。本物の勇者!? も、もしかして、もしかしなくても、これ運命なのでは?」


 小さなころから憧れていた絵物語の中で語られる、悪者にさらわれた姫を救い出す王子のようなシチュエーションだ。

 これには超彼氏が欲しいゲルトルーデは一発で陥落だろう。



「来るな! この女を殺すぞ!」

 そうギュンターが叫ぶが、ナイフを持った彼の腕に何かが絡みつく。


触手呪縛ネルネルカース!」

 グニャァァァァーッ!


 ナツキの触手呪縛ネルネルカースにより、ギュンターの腕が呪縛のかせで囚われナイフを落としてしまう。


「これで終わりにします! たぁああああああっ!」

 ズダダダダダダ、ダァァァァーン!


 群がる兵士達の壁を突破したナツキがジャンプする。ギュンターの周りには、まだ数人の兵士が壁を作っているが、この距離からなら攻撃が届くはずだ。


「ふあぁーっはっはっは! この時を待っていたのだ! くらえ、洗脳傀儡マリオネットコントローレン! 貴様は仲間の大将軍を殺すのだ!」


 ギュワァアアアアーン!


 ナツキがギュンターの魔法の直撃を受けた。数百万人を同時に洗脳できる精神系魔法を、たった一人に集約して放たれたのだ。その精神支配は想像を絶していた。


「ぐああああっ! 体がぁああっ!」


「ふあーっはっはっは! 思い知ったか! このエリートである私の魔法を! 私は天才で最強だ! 誰も私に勝てる者など存在しない! そう、私は世界を支配するべく生まれた選ばれし人間なのだぁああああ!」



 高笑いするギュンターに精神支配魔法が直撃したナツキ。果たして、ナツキと姉妹シスターズたちの愛の絆の強さは。

 そして、囚われの姫を救い出す王子様展開のゲルトルーデは?


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