第114話 許されざる者

 余りにも速いルーテシア帝国の反撃に、ゲルハースラント宰相ギュンター・ウォルゲンは完全に取り乱していた。


「ば、ばばば、バカな……。これは夢だ……悪夢だ……。ま、まさか、パンツァーティーゲルが全滅し我が国の精鋭部隊が壊滅するなどありえないのだ。そうだ、嘘だ……嘘だ! 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だぁああああああ!」


 ふらつく足で右往左往しながら机の上の書類をぶちまける。そして耳をつんざくような絶叫で喚き散らしていた。


 その光景を、諦めの表情を浮かべた初代皇帝の少女が見つめている。

 少しの沈黙の後、そのゲルトルーデが口を開いた。


「もう終わりです。潔く投降しましょう。私たちの身柄と引き換えに、国民や兵士には寛大な処置を求めるのです」


「う、うるさぁああああああーい! 私はエリートなのだ。私こそが人の上に立つに相応しい。国民や兵士などいくらでも代わりはいるのだ! 国民や兵士は死んでも良いが、このエリートの私が捕虜になるなど有り得ないのだ!」


「まだそんなことを……。街には巨大怪獣が侵入し天空には紅蓮の炎や白銀の雪花に覆われたと聞きました。世界最強であるルーテシア魔女の仕業でしょう。これ以上悪あがきし後世に罪過の汚名を残さぬよう――」


 ゲルトルーデが話している最中、ギュンターが鬼のような形相で彼女に迫り手を上げた。


「うるさぁああああぁぁぁぁーい!」

 パーン! ガタッ!

「きゃあっ!」


 ギュンターに頬を叩かれたゲルトルーデが飛ばされ床に転がった。


「こ、この生意気な小娘が! 最初から貴様が大嫌いだったんだ! この私に偉そうに講釈を垂れやがって! エリートの私に偉そうに意見するなど許されんのだ! 貴様は黙って私の命令に従っていろ! ちくしょぉおおめぇぇーっ! イライラする! しかも胸がデカいとか最悪だ!」


 胸がデカいのは無関係なのに酷い言いようだ。大人の男性に張り倒された小柄なゲルトルーデは、顔を手で押さえたままうずくまっている。



「そうだ、宮殿を守っている兵士を洗脳し、死ぬまで戦い続ける肉の盾としよう。彼らが戦っている間に脱出し再起を図るとするか。そうだ、私はまだ負けてない。私のスキルがあれば、何処までも戦い続けることが可能なのだ。ふははは……ふはははは! ふぁっはっはっはっは!」


 目を血走らせて高笑いしたギュンターが、床に倒れているゲルトルーデを残し部屋を出て行った。宮殿を守る兵士を洗脳する為だろう。



「私は……どうしたら……」


 ぶたれた頬を押さえながらゲルトルーデが呟く。その瞳は輝きを失っている。もはや自分ではどうすることもできない諦めからだろうか。


 ◆ ◇ ◆




 上空で大魔法の共演を見せられたゲルハースラント軍は、次々と抵抗を止め投降を始めていた。人の身では決して抗えない獄炎や極寒の地獄を目にしたのだから当然だろう。


 しかし、ナツキたちが宮殿前に到達したところで事態は一変する。

 それまで抵抗らしき抵抗が無かった敵兵が、突如として目を血走らし向かってきたのだ。


「「「うおおおおおお! ギュンター様の為に死ぬまで戦い続けるぞ!」」」

 ズドドドドドドドドドドドドドド――――



「あれは一体!?」

 ナツキが叫ぶ。


「私に任せて!」

 そう言ったフレイアが腕を伸ばし魔法を飛ばす。


 ドガァアアアアーン!

 兵士たちの手前で炸裂させたが、まるで何かに操られたかのように全く怯む様子が無い。



「あれは精神系魔法かもしれないんだナ」


 触手で敵兵を払いながらネルネルが言う。

 足を払い転倒させても死に物狂いで向かってくることからも、魔法で操られていると思われる。


 何度倒されても機械のように立ち上がる兵士を見たナツキの顔が悲しみで歪んだ。


「そ、そんな、人を物のように扱うなんて……。酷い! 酷すぎる!」


「ナツキ……」

「弟くん……」

 フレイアとシラユキもナツキの悲しそうな表情を見て呟く。


 ズガッ! ドガッ!

「もう立ち上がらないでくれ! これ以上傷つけたくないんだ!」


 ロゼッタも向かってくる兵士を手加減しつつ攻撃しているが、明らかに怪我をした兵士まで立ち上がる様に愕然としていた。



「ロゼッタ、下がるんだゾ。わたしの暗黒魔法でケリを付けるんだナ」


 ネルネルがオパールのような虹色の瞳に凄みを持たせた。


「ネルねぇ!」

「ナツキきゅん……。少し手荒くなるが、仕方がないんだゾ」

「でも!」


 なるべく大好きな姉たちに人を殺させたくないナツキが彼女を止めようとする。


「あの様子だと、かなり強力な精神系魔法をかけられているんだナ。こ、これを止めるには、より強力な精神系魔法で上書きするか、動けないよう戦闘不能にするしかないんだナ」


 そう話すネルネルの目は本気だ。ナツキは覚悟を迫られている。


「ぐっ、うううっ……。わ、分かりました。でも、なるべく被害を少なく……」

「保証はできないけど善処するんだナ」


 ネルネルが両手を広げ魔法術式の体制に入った。触手の召喚は何度も見ているナツキだが、彼女の闇魔法を使うところは初めてである。


 グギャァァァァァァ――

 ネルネルの体から闇のオーラが放出される。


「闇より暗き漆黒の、常夜に住まう冥界の王。その深淵から来たりて恐怖と絶望を! 呪いの円舞曲ズルデロデロヴォルト!」


 ブゴォオオオオオオオオォォォォォォ!


 前方で戦っていたロゼッタが下がったタイミングで闇魔法が放たれた。漆黒のきりもやのようなものが広がってゆく。

 まるで阿鼻叫喚地獄の亡者の叫び声のような音と共に。


「ぎゃああああああ!」

「ぐええええええっ!」

「おごぉおおおおおっ!」


 漆黒の霧と不気味な共鳴音の直撃を受けた兵士たちが叫びながら倒れて行く。


「よし、道は開かれた。向かうんだゾ」

「ネルねぇ……」

「手加減はしたんだナ……。八割くらいは生きているはずだゾ」

「は、はい……」


 本来ならば強烈な呪いの発動により敵を全滅させる対軍魔法なのだろう。ネルネルが出力を弱め、多くの兵士は気絶しているものと思われる。

 ただ、犠牲者は少なからずいるようだ。



「ぐっ、い、行きましょう。なるべく早く終わらせないと」


 ナツキが悔しさでくちびるを噛みながら言葉を紡ぐ。今までも残酷な世界を見せられてきたが、人を使い捨ての道具として扱う行為に、これまでにないほどの怒りと悲しみの混じった表情をしていた。




 ナツキたち五人が宮殿内に突入するが、更に内部にはギュンターに洗脳された兵士が控えていた。廊下の向こうから次々と向かってくる。


 ズダンッ! ガシッ!

「くっ、倒してもきりがないよ! もう立ち上がらないでくれ!」


 先頭でロゼッタが敵を蹴散らす。ただ、倒れて骨折したであろう兵士まで、ゾンビや機械のような動きで再び立ち上がる。


 スタッ!

「たぁああああああっ!」


 その時、ナツキがロゼッタを追い越し先頭に躍り出た。短剣にスキルを乗せ敵兵を気絶させてゆく。


「ナツキ君!」

 ロゼッタが驚いた顔をした。


「お姉さんたちにだけ辛い思いはさせられない! ボクは守ると決めたんだ! 大好きな人にだけ手を汚させはしない」




 ナツキを先頭に宮殿大広間付近まで行ったところで、何やら中年男と少女が揉めている現場に遭遇する。


「早くしろ、この生意気な小娘が!」

「何処に逃げるというのです! もう手遅れです」

「うるさぁああああぁい! 私に従うのだ!」

「嫌です! 放してぇ!」

「この女め、私の精神系魔法が効いておらぬな!」

「きゃああああっ!」


 ギュンターがゲルトルーデを無理やり連れ去ろうとしている。

 洗脳した兵士で足止めしている隙に逃げようとしたのだろうが、予想より早くナツキたちが到着したのだろう。



「何をしてるんですか! あなたがゲルハースラント宰相ですか!?」


 ナツキが声を上げると、ぎょっとした顔のギュンターが振り向いた。目をギョロつかせた無精ひげを生やした冴えない男だ。



「ま、まさか、もうここまで来たのか! 十分な兵士を配置したはずなのに」


「もう終わりです! 降伏してください!」


「何が終わるものか! 貴様が勇者だな! おのれ、どんな優秀な男かと思えば、ただのガキではないか! こんなガキにエリートの私が負けるはずがないのだ!」


 ギュンターが叫んで手を鳴らすと、宮殿内を守っていた兵士たちがゾロゾロと現れた。


「スキル、洗脳傀儡マリオネットコントローレン! 貴様らは死ぬまで敵と戦い続けるのだ!」


「「「ギュンター様のご命令のままに!」」」

 洗脳された兵士たちが目を血走らせて向かってくる。



「そんな……こんなことって……。あなたが操っていたんですか!?」


 ナツキの問い掛けに、待ってましたとばかりにギュンターが語り始めた。まるで自分に酔っているかのように。いつもの独演会だ。


「はぁーっはっはっはあ! この私はエリートなのだ! 選ばれし人間なのだ! だから私は何をしても良いのだ! 目的の為ならば他人の犠牲などどうでも良い。何故ならば私は人の上に立つべき人間だからだ!」


「くっ、そんなことの為に……大勢の人が……」


「それがどうした! 国民や兵士など使い捨てで良いのだ! この世の中には選ばれし者と、そうでない者がいるのだからな! 平凡で下等な人間など、この私の道具になって喜ぶべきなのだぁああああーっ! わーっはっはっはっは!」


 ギュンターの演説にナツキがいつになく怒っている。


「ボクは、戦火に苦しむ人たちを見てきたんだ……。親や家を失い焼け出された子供を……。生きる希望も失い投げたりになった人々を……。憎しみの連鎖で傷つけあう人々を……」


「だからどうした! 私は何度でもやり直すぞ! 貴様らも私のスキルで洗脳し危機を脱してやる! そして、また一からやり直すのだ。再びゲルハースラント帝国を造り上げ、この私が世界の支配者になるのだ! ふぁあーっはっはっはっは!」


「ボクは……あなたを倒す!」


 高笑いするギュンターにナツキは言い放った。目の前の独裁者を倒し戦争を止めると。






 ――――――――――――――――


 選民思想に狂ったギュンターに、ナツキの怒りが燃え上がる。支配欲に駆られた独裁者に裁きを!

 ついでに勢い余ってゲルトルーデにお仕置きしちゃうのは控えてあげて。


 もし少しでも面白いとかナツキの活躍に期待できるとか、ムカつくオッサンをぶっとばせとか思ってもらえましたら、よければフォローや★を頂けるとモチベが上がって嬉しいです。

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