第89話 二度目の旅立ち

 ナツキがカリンダノールの城を出発しようとするが、見送りに来たグロリアの機嫌は悪いままだ。年下男子にお尻ペンペンされた屈辱は忘れていないのだろう。


「あ、あの、グロリアさん……」

「ぷいっ!」


 ナツキが呼びかけるが、グロリアはそっぽを向いていまう。


「ごめんなさい……またやっちゃいました」


 しょんぼりするナツキに、グロリアの心は乱されっぱなしだ。あんな破廉恥なことをされたのに、あれから頭の中はナツキでいっぱいである。


「そ、そんな顔しても許しませんからね」


 口を尖らせたまま話すグロリアだが、今もぶたれた尻が熱く火照ってたまらないのだ。彼女のように倫理観が高く潔癖な女性ほど、一度火が付くと激しいのかもしれない。


「もうっ、ナツキ様のエッチ……」


 今、グロリアの心はかつてないほナツキを欲していた。


 ああぁ……ダメなのに!

 イケナイコトなのに!

 もう思いっ切りナツキ様と抱き合いたい!

 もう滅茶苦茶になるくらいにハグして、そして熱い……き、ききき、キスを……ううっ!


「きゃ、きゃああああああっ! ナツキ様ぁ♡ ダメです! ダメダメぇ! まだ早いです! エッチは結婚してからですぅ♡」


 相変わらずグロリアの心の声がダダ漏れになっている。ただ、前とは少し違っているが。



 これに黙っていられないのはデキる女になった女秘書マリーだ。


「マイロード! 私にご褒美はないのですか?」


 実はこのマリー、普段の男を狙う言動やエロさで誤解されがちだが、実務能力はかなり高く優秀である。真面目にやれば仕事はできるのだが、それを全て台無しにするくらいの淫乱な雰囲気を出してしまうのだ。


「私、頑張りましたよね? ねえっ!」

「あ、あの、マリー先生。顔、近いです」


 しっとりした体でグイグイ迫るマリーにナツキが圧され気味だ。夜会巻きのアップにした髪で大人っぽさが増し、更に迫力が増してしまった。


「マイロード、ご褒美を頂けますか? ねえっ! ねえっ! 早くっ!」

「ううっ、帰ってからしますから」

「承知いたしましたマイロード。約束ですよ」

「は、はい……」


 マリーに圧されて約束してしまう。

 前のダメなマリーも苦手だが、デキるマリーも苦手なのだ。やっぱり、どんなマリーも苦手なナツキだった。



 もう一度グロリアの方を向いたナツキが、彼女と話をする。


「グロリアさん、後のことは頼みます。せっかくリゾート開発やカレーの計画も軌道に乗り始めたのですから、絶対に成功させたいですものね」


「ナツキ様……。はい、私も必ず成功させたいです。だから、お気をつけて……」


「ホクは約束したんです。彼女候補のお姉さんたちを必ず守るって。ボクの力じゃお姉さんたちの足元にも及ばないかもしれないけど。でも、ボクは大好きなお姉さんたちを守りたい! ボクの彼女候補だから!」


 真っ直ぐな瞳でそう述べるナツキに、グロリアの胸がチクリと痛んだ。


「大好きな彼女候補……」


 優秀で頭脳明晰なグロリアだが、異性と付き合ったり恋愛のイロハには疎かった。いまだ恋とはどのようなものが分かりかねている。


 しかし、ナツキが大将軍彼女候補たちを語る時の目がキラキラと輝いているのを見て、ほんの少しの胸の痛みと嫉妬のようなもので心が掻き乱されてしまう。


「いつか……私も……い、いえ、何でもありません。ナツキ様、あなたは勇者ですから、人々を守るのは当然と思っておられるのかもしれません。ですが、ご自身も守ってください。必ず生きて帰ってきてくださいね」


「はい、グロリアさん。ボクは必ず帰ってきます。戻ったら、また一緒に仕事しましょう」


「リゾート開発もカレーの販売も、まだまだこれからです。ナツキ様と一緒にこの街を盛り上げていきたいです。だから、気をつけて行ってらっしゃいませ」


「はい、行ってきます」



 ガラガラガラガラ――

 ナツキを乗せた馬車が出発した。


 ルーテシア帝国の戦争を止め勇者になったナツキだが、ほんの一時の休暇は短かったようだ。ナツキは再び戦場に戻る。各国の思惑が入り乱れ、悪意と狂気とエロスが蠢く戦場へ。


 ナツキを見送るグロリアとマリーは、馬車が見えなくなるまでずっと見つめているのだった。


 ◆ ◇ ◆




 戦争を始めるにあたってギュンターが先ずしたことがある。それは書籍や新聞を使った情報戦プロパガンダである。様々なメディアを使い捏造ねつぞうされた情報を広め、自国に有利な状況を作り出す為だ。


「よし、ルーテシア皇帝が浮気しまくりのふしだら淫乱小娘だと吹聴ふいちょうしよう。これでヤツらは大ダメージ間違いなしだ!」


 ギュンターの命令で、アンナが淫乱小娘だと嘘をばら撒かれてしまう。ゲルハースラントの各新聞社が一斉に報じ、悪意のあるビラが撒かれる。

 あんなに幼くて可愛いのにあんまりだろう。


「がははははっ! これでルーテシア皇帝の支持率もガタ落ちだ! 嘘も百回言えば真実になるのだ! 愚かな民衆は嘘を信じ踊り狂う。まさに愚民よ!」


 そう、この男。精神系魔法だけでなく、人心をコントロールする術を身につけているのだ。

 政権に都合の悪い物は焚書ふんしょし、都合よく捏造ねつぞうされた情報だけを繰り返し流す。これにより、民衆の思想は統一され支配者に都合よく流されてしまう。


 大昔から現代に至るまで、どの勢力もよくやる手口である。


「がははははっ! ヤツらの泣いた顔が目に浮かぶわ! わぁーっはっはっは!」


 ◆ ◇ ◆




 ほどなくして、意図的にばら撒かれた噂はアンナの耳にも入る。まさか純情ロリ皇帝の自分が淫乱小娘などと噂されるとは思ってもいなかった。


「ううっ、余が淫乱とは……あんまりじゃぁ……」


 つぶらな瞳に涙を溜めて悲しそうな顔をするアンナ。必死に涙を堪えている。



 しかし、ギュンターやゲルハースラントの思惑とは逆に、ルーテシア帝国内ではアンナの支持率が上がってしまった。


「きゃああっ! さすがアンナ様ね」

「女の中の女! 男を味見しまくりなのねっ」

「不倫は文化だわ!」

「イケナイコトしまくるのは帝国乙女として当然よね」


 ギュンターに誤算があったとすれば、ルーテシア帝国は貞操逆転世界だという認識が薄かったことだろう。彼が思うよりも何倍も、かの国の乙女はイケナイコト大好きなのだ。



 しかし、ルーテシア国民の熱狂とは別に、当のアンナは不本意である。


「えぇ~ん、ナツキに誤解されてしまうのじゃぁ」


 自分を救い出してくれた勇者であるナツキが大好きなアンナとしては、他の男に手を出しているなどと思われたくない。もう大ショックである。


「陛下、ナツキ様はお優しいから大丈夫ですよ」


 見かねたアリーナがフォローする。


「ふぇ、でも、余は誤解されとうないのじゃ」

「き、きっとナツキ様もエッチ大好きです。だ、大丈夫です」

「本当か? 余は淫乱女豹娘でも良いのか?」

「えっと……そ、そうですね……」


 アリーナのフォローもいい加減でおかしな展開になる。小さな子に変な知識を教えてはいけない。エッチ大好きなのはアリーナの方だろう。



 そんなアリーナを悩ませているのはナツキのお尻ペンペン……ではなく、ヤマトミコの宣戦布告と国境線に兵を集結させているゲルハースラントである。

 いや、ナツキのペンペンも欲しくて彼女を悩ませまくりなのだが、今はそれどころではない。


 極東のミーアオストクに援軍を送らねばならず、この二正面作戦で兵を分散せねばならないのだ。



 そんな訳で、大将軍は誰がどちらに行くかを早急に決めねばならなかった。ちょうどルーテシア帝国軍事省の建物内に集まった大将軍六人が話し合っているところだ。


「極東はマミカさん一人ではもちませんわ。早く援軍を送りませんと」


 クレアが代表して声を上げる。

 これにはフレイアが続く。


「あの子、強そうに見えて意外と脆いから。今もナツキに会えなくて泣いているかも」


 実際のところ、マミカはナツキと親しい関係になってから寂しがり屋だ。以前のように人を食ったような余裕は影を潜め、最近ではナツキが恋しくて嘆いてばかり。

 フレイアの発言は、だいたい当たっていた。


「それはフレイアも同じ。毎日毎日ナツキナツキと連呼している」


 シラユキが冷静にツッコミを入れる。


「そ、それはいいでしょ。はぁん♡ ナツキを抱き枕にしないと眠れないのよ」



 やっぱりナツキのことが気になって話が進まない。だが、ここで意外な人物が声を上げた。


「うむ、ここは私がミーアオストクに行こうではないか」


 いつもおバカな発言の多いレジーナだ。意外に真面目な態度に、他の大将軍たちも真顔になった。


「ヤマトミコにはサムライと呼ばれる剣の達人がいるそうでありますな。剣を極めようとする私としては、一度戦ってみたいのでありますよ」


「それではレジーナさん、お願いできますかしら」

 レジーナの方を向いたクレアが言う。


「うむ、私に任せるでありますよ。カッコいい戦果をあげてナツキ御主人様の興奮を独り占めであります!」


「「「むぅーっ!」」」


 これには他の女たちも心穏やかにはいられない。元からナツキはレジーナの剣技に惚れているのだから。これ以上彼女に良いところを見せられたら、彼女候補としての戦いに後れをとってしまいそうだ。

 皆が一斉にやる気になった。


「あっ、私もミーアオストクに行こうかな。ほら、神速超跳躍走法ホリズンドライブで行けば速いし」


 イスからはみ出そうなムッチリ巨尻を上げたロゼッタが言った。


「ま、待つんだナ。ゲルハースラントの新兵器の情報が不足している中で、貴重な接近戦スキルを持つ戦力を偏らせるのはマズいんだゾ」


 ネルネルに止められ、ロゼッタは上げた巨尻を降ろした。


「わ、分かったよ。ネルネル」


 ずんっ! ギシッ!

 重量級ロゼッタのムッチリ巨尻でイスが軋んだところで、クレアが結論を出した。


「では、ミーアオストクにはレジーナさんと一緒にわたくしが行きますわ。対ゲルハースラントはフレイアさんとシラユキさんの二人がいれば魔法使いは十分ですわよね」



 こうして、ルーテシア帝国西部戦線にはフレイア、シラユキ、ネルネル、ロゼッタが。東部戦線にはマミカ、レジーナ、クレアが投入されることに決定した。


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