第74話 ある少年の日常系
王都バーリントン。ここはデノア王国の首都であり、古くから交易により栄えてきた街でもある。主要な産業は絹糸や織物から、香辛料や水産物など多岐にわたる。
だが、デノア王国は大陸の南に位置し、常に北方の巨大軍事国家ルーテシア帝国に怯えてきた歴史がある。
ここで世界の歴史を紐解くと――――
世界の陸地の大部分を占める巨大な大陸。その半分以上をルーテシア帝国が占めている。だが、この歴史上類を見ない巨大帝国も、建国してから数百年は北方の貧しき小国であった。
七百年前、初代皇帝を名乗ることになるエカテリーナ・ゴッドロマーノが、『若い男にイケナイコトしまくる国があったら良いかも?』という軽いノリで貞操逆転女性上位国家建国を宣言する。
その勢いは凄まじく、賛同するエッチな女性が世界中から集まり、周辺国を次々と平定し巨大国家を造り上げてゆく。娯楽の少ない北方では、イケナイコトは推奨すべき楽しみなのだ。
破竹の勢いで国土を広げるルーテシアだったが、何度も滅亡の危機に瀕してきた。四百年前、東方で成り上がったダイバンドラ帝国の大侵攻。百年前のゲルハースラント、フランシーヌ連合軍との大戦。
いずれも生き延びたルーテシアは、その多大なる犠牲の教訓から軍国化を図る。また、不凍港を求め次々と周辺国を併合し、より国土を広げてきたのだ。
そして現在、主要国の軍事バランスとしては、最大版図のルーテシア帝国、西方に肥沃な農地を持つフランシーヌ共和国。進んだ工業力を持つゲルハースラント。更に西に位置するアルビオン連合王国。そして、極東の島国ヤマトミコである。
アレクサンドラの暴走によりフランシーヌを占領した時には、ゲルハースラントやアルビオンの軍事介入の可能性により、実は世界大戦の危機にあったのは余り知られていない。
何にせよ、常に大帝国の侵攻を恐れていたデノア王国にとって、戦争を止めルーテシア皇帝から爵位を賜ったナツキは英雄なのだ。
そんな偉業もどこ吹く風か、当のナツキはいつにも増してマイペースだった。
今日も今日とて、爵位や権威を鼻にかけることもなく、全くのいつも通りなのだ。
「ふうっ、掃除も終わったし食事にしようかな。うーん、しかし部屋が大きくなって落ち着かないな」
そうぼやいたのは奇跡の勇者ナツキである。ちょっとお高い感じの革張りソファーに腰かけそわそわしていた。
これだけの偉業を成し遂げたにも関わらず、国王から
元は狭い共同住宅の一室に寝泊まりしていたのに、急に庭付き6LDKをプレゼントされても部屋が余るだけである。まあ、ナツキと住みたがる女は数多くいるのだが。
「でも、こんな大きな家を貰っても、領地のカリンダノールや帝都ルーングラードにも行かなきゃならないのに。困ったなぁ」
そう、デノア王国に家があっても、カリンダノールにある領主の城の維持管理もせねばならない。しかも皇帝アンナは帝都に戻ってこいと言っているのだ。
家やお金を貰っても使いきれないのが、ナツキの貧乏性たる所以であった。
「よし、おじさんの定食屋に行こうかな」
ポンッ!
とりあえず昼食にしようとナツキが立ち上がる。大金を得ても、やっぱり庶民派の定食が大好物なのだ。
アリーナからの手紙によると、近々帝都から領地運営の担当者がやって来るようだ。ナツキの
それまでは、この自宅で待機する予定になっていた。
「そういえばアリーナさんが領地運営する人を送るって言ったけど。家令だったかな?
たぶんナツキの予想は外れるだろう。
コンコンコン!
そんな呑気な感じにナツキが玄関まで行くと、ちょうどドアノッカーの音が聞こえてきた。来客のようだ。
「ん? 誰だろ。もしかして家令さんかな? ちょっと早い気もするけど」
ガチャッ!
「はーい」
ナツキがドアを開けると、そこには懐かしい人が立っていた。
「お久しぶりねナツキ君」
そう言ったのは、いかにもイケナイ女教師のような見た目の女性。少しウエーブのかかったくすんだクリーム色の髪をミディアムカールにし、何とも言えない欲情した目を隠すようにメガネをかけている。
メイクは全体的に濃いめで目元がパッチリ、くちびるに至ってはツヤツヤでキラキラだ。
そう、女教師マリー24歳彼氏いない歴イコール年齢だ。ナツキと合う時は常にメイクバッチリである。
「あっ、マリー先生。どうしたんですか?」
玄関からナツキが顔を出すと、マリーは流し目をして
「あはぁん、ナツキくぅん。今日は先生、重要なお話があってきたのよぉん」
とても生徒と喋っているとは思えない話し方だ。完全に若い男を狙う女豹の目をしている。
「あ、えと……とりあえず入ってください」
「ありがとう、ナツキ君、うふふぅ♡」
「マリー先生、その喋り方なんとかなりませんか?」
「ならないわよぉ。もうっ、ナツキ君のイジワルぅ」
相変わらず変な教師だと思いながらも、ナツキはお茶を用意する。
テーブルに向かい合ったところでマリーが本題に入った。一口お茶を飲んでから彼女は衝撃的な話を始めた。
「そうそう、ナツキ君は特例で幼年学校を卒業ということになったのね」
「はあ……」
本来であれば、幼年学校を卒業し王立士官学校に進むか、別の道を選ぶかの選択肢がある。しかし、ナツキは今回の栄誉で卒業を待たずして模範生として全課程修了になったようである。
「それでね、ルーテシア皇帝の要望もあって、ナツキ君は飛び級で帝国士官学校に進学して欲しいってことなのよ」
「帝国士官学校に……うーん、それは良いのですが、飛び級だとクラスの皆と年齢が違って緊張しそうですから、やっぱり正規の年齢で良いですよ」
「その辺は帝国と話し合って決めて頂戴ね」
ここまでは特に問題のない進学の話だった。ここまでは。
「あと、もう一つ。今回、デノアと帝国を股にかけて活動するナツキ君には、帝国側から所領の管理や経営を任せる家令が付くことになったのね」
「はい、それは聞いています。カリンダノールのお城で領地経営をしてくれるそうで」
そこで流し目のマリーがパチパチっとウインクまでする。何の合図だろうか。
「うふぅん♡ あとね、デノア側からもナツキ君の秘書を付けることになったのよ。完全にナツキ君を帝国側にとられちゃうとデノアとしても困るのよね。こちらとしてもある程度関与しておきたいらしくて」
「はあ……」
何やら雲行きが怪しくなる。利権や外交など大人の事情なのか、それとも違う方向の
そしてマリーは言った。
「私が担当することになりました」
「チェンジでお願いします!」
つい、ナツキがチェンジしてしまった。
「な、ななな、なんでよぉぉぉぉ~っ! 先生ねっ、もう幼年学校を辞めてきちゃったのよ。キミの秘書役も内定しているし、もう責任とってもらうしかないのよぉぉ♡ ナツキ君の秘書に永久就職よぉ♡」
必死な形相で迫るマリー。やっぱり上気した顔と汗ばんだ体をグイグイ押し付けてくる。
「うわああああっ! 先生、近いです! 腋汗がぁ」
「腋汗付けちゃうわよぉん♡ マーキングマーキングぅ♡」
「やっぱりチェンジだぁぁああっ!」
もうお分かりだろうが、この女教師マリー、もし帝国で生まれていたのなら帝国文化に馴染んで違う人生を歩んでいたに違いない。
しかし、ここデノアではお淑やかな女性が好まれるのだ。飢えたメス狼のような超肉食系の女が引かれてしまうのは致し方ない。
どうやら生まれる国を間違えたようだ。
「うふふふぅん♡ ナツキ閣下ぁ♡」
「うわああっ! 先生の方が年上ですよ!」
「はぁはぁ♡ イエス、マイロード!」
「ひぃぃぃぃ~っ!」
「ナツキさまぁん♡ 何でもしちゃうわよぉん♡」
「たすけてぇー!」
◆ ◇ ◆
女教師マリーの突撃を受け、修羅場になったかに見えたナツキ邸。しかし、本当の修羅場はここからだった。
「へえ、つまりその人が弟くんの秘書になったんだ」
地獄の最下層にある永久凍土よりも冷たい声でそう言ったのは、氷の大将軍シラユキ・スノーホワイトである。
シラユキを始めとして大将軍の面々ときたら、歓迎式典から数日経つというのに、まだバーリントンに残っていた。デノア国王から王都で最高級の宿を用意されているのだが、度々抜け出してはこうしてナツキに会いにきているのだ。
偶然ナツキの家に遊びにきたシラユキが、女教師にマーキングされている愛しき君を目撃してしまった。これは極刑間違いなしだろう。
「は、は、はい……マリーです。以後お見知り置きを」
さっきまでの威勢は何処へやら。シラユキの鋭い目つきと冷たい声で、マリーが震えあがってしまった。
彼女候補二号と女教師、そしてもう一人。
「こんにちはー」
何も知らない幼馴染が、自ら修羅場に入ってしまう。負けられない女たちの戦いが始まろうとしていた。
――――――――――――
第二章スタートになります。
帝国貴族になってしまったナツキ。ますますパワーアップした無意識な姉堕技で、お姉ちゃんたちを躾まくります。もちろん甘いラブラブ展開も。
そして、沈黙しているゲルハースラントやヤマトミコ。ナツキの前にどう関わってくるのか?
第二章も引き続き楽しんで頂けたら嬉しいです。
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