第61話 運命の人
どんぶらこ、どんぶらこ、ナツキが下水道を流れてくる。ちょっと意味の分からない映像だが、ネルネルが闇の触手を出してナツキをキャッチした。
シュタッ! ぐにょぉぉ~っ!
「な、何があったんだナ。下水道から流れて来て。それに、宮殿方向から凄い音がしているんだゾ」
触手で釣り上げながらネルネルが質問した。
バシャッ!
「はあっ、はあっ、はあっ……ね、ネルねぇ……」
「作戦はどうなったんですの?」
クレアも身を乗り出した。
「じ、実は――」
クレアに声をかけられ顔を上げたナツキだが、慌てて後ろを向く。クレアが生まれたままの姿だからだ。
「く、クレアさん! こんな時にエッチなのはダメです」
ナツキに言われて自分の体を見たクレアが声を上げる。
「いやぁぁぁぁん♡ ちちち、違いますのよ。これには深い理由が。決して好きで裸になっているわけでは……」
「い、いえ、趣味は人それぞれだから否定しちゃダメですよね。ボクは、クレアさんが裸で街を歩く痴女さんでも認めます」
真面目な顔でクレアの変態趣味を認めるナツキだ。完全にクレアが露出趣味だと勘違いしている。
「違いますわぁ! わたくし変態じゃありませんことよ。そ、それは、ちょっとは……クセになって……じゃないですわ! もうっ、もうっ!」
クレアが変態だと確定したところで、ナツキが本題に入る。再会を喜んでいる場合ではないのだ。
「そんなことより聞いてください! 大変なんです」
ナツキがこれまでの経緯を説明した。マミカが人質になったこと。ロゼッタが一人で大軍勢と戦っていること。近衛兵が市民を攻撃して混乱していること。
訳が分からないレジーナのこと。
「じょ、状況は理解したんだナ。レジーナが訳分からないのはいつものことなんだゾ。ロゼッタは防御力、スタミナ、生命力、しぶとさ、どれも最強レベルカンストクラスだから大丈夫なんだナ。で、でも……」
さり気なくレジーナをディスりながら話すネルネルだ。直接戦闘に於いては圧倒的強さを誇るロゼッタのことは問題無いようだ。
ただし、ネルネルが言うように―――
「マミカさんですよね! ボクがマミカさんを助けに行きます」
「宮殿は敵の大軍に囲まれ突破は難しいんだゾ。ここは、わたしたちに任せて……」
「ボクは行きます!」
それでもナツキは強く主張する。自分が行くのだと。
「マミカお姉様は、ボクのことを好きだと言ってくれた大切な人です。そんな大切な人が捕まって大変な目に遭っているのに、ボクだけ逃げるなんてできるはずがない。ボクは、仲間を誰も見捨てたりなんかしない! 必ず助けるんだ! たとえ、この身に代えても!」
ナツキの目は真剣だ。必ず救い出すという強い意志を感じる。
そんなナツキの顔に、年上であり圧倒的強者であるはずの大将軍二人が、まるで射すくめられたかのように動けない。好みの年下男子だとばかり思っていたのに、いつの間にか二人はナツキを男として認めてしまっているようだ。
そんな中、クレアは昔の記憶を思い出していた。
十五年前――――
クレアは、裕福なライトニング伯爵家に生まれた。母親アリシアは、才能あふれる魔法使いであり若くして帝国騎士の称号を受けた才女であった。
戦場で恐るべき強さを誇るアリシアが選んだ男は、同じように強く地位も権力もある男――ではなく、穏やかで優しいだけの男であった。
幼い頃から母親に似て才能あふれるクレアは、ある日、母親に訊ねたのである。『どうしてお母さまは、お父様と結婚なされたのですか』と。
そして、アリシアはこう言ったのだ。
『いい、クレア。強い男、金持ちの男、地位の高い男、一見優しい男、色々な男がいるけど、そんな上辺だけに騙されちゃダメよ。本当に強くて優しい男ってのは、あなたが大変な目に遭っている時に、身を挺してでも助けてくれる人なのよ。クレアも大人になったら、そういう人を選びなさい』
幼いクレアにはよく分からなかったが、きっと母親は、一見穏やかに見える父親の本当の強さを知っているのだと思ったのだ。
――――――――
そして現在、クレアの頭の中にはナツキの言葉が木霊のように鳴り響いていた。何故だか自分でも分からないが、ハートがどっきゅんどっきゅん高鳴っているのだ。
『見捨てたりなんかしない! 必ず助けるんだ! たとえ、この身に代えても! この身に代えても――この身に代えても――この身に代えても――』
とくんっ♡ とくんっ♡ とくんっ♡
「はわぁ♡ はわわわぁ♡ もしや、これは運命。もしかしなくても運命ですわぁ♡」
過去の記憶とナツキのセリフがリンクして、クレアの頭が恋愛大爆発を起こしているようだ。素っ裸であるが……。
そんな夢見心地のクレアはスルーされ、話は宮殿への突入へと移っていた。
「宮殿正面にはロゼッタ姉さん、大通りは逃げ惑う人々で混雑しているけど、じきにフレイアお姉さんとシラユキお姉ちゃんも来るはずだ。でも……正面からの突撃は多くの被害者を出してしまうかも。人質にとられているマミカお姉様に危険が及ぶかもしれない。やっぱりボクが別ルートを……」
ナツキの視線が、自分が流されてきた下水道に留まる。大きな造りであり、今自分が立っている場所も、下水道沿いの通路で歩けるように舗装されている。
「これは、もしかして……ネルねぇ、もしかして、この下水道は宮殿から続いているんですか?」
「うん、多分……こ、こんな立派な下水道は宮殿と繋がっているに違いないんだナ」
「ですよね! つまり、この下水道を
ナツキの話で二人が『おおっ』という顔になった。ここからなら兵士も配置されていないはずだ。
「やっぱりネルねぇは凄い!」
「えっ?」
突然褒められて、ネルネルが不思議な顔をした。
「だって、ネルねぇは最初から計画を立てていたんですよね。下水道を使うのを考えていたから、ボクに臭い足を嗅がせて特殊環境下での訓練をさせただなんて。やっぱり大将軍のお姉さんたちは皆凄いなぁ」
またしてもナツキが盛大に誤解した。
ただ単にネルネルは変態趣味で臭い攻めをしただけである。それがまさか、下水道潜入作戦に繋がってしまうとは誰も思うまい。
「うっ……そ、そうなんだナ……よく分かったんだナ。偉いぞナツキきゅん♡」
全く考えていなかったのに、良い気分になったネルネルが認めてしまう。
「ネルねぇの訓練により、劣悪な環境下での潜入作戦は覚悟ができてます! ボクは行きます!」
目を輝かせて決意を新たにするナツキ。だが、臭い足を強調されたネルネルは羞恥で顔を赤くする。
「うっ、ううっ……臭いを強調するのは恥ずかしいんだナ」
この作戦に前のめりなのはナツキだけではなかった。さっきからスルーされている夢見心地のクレアもテンションが上がる。
「行きましょうナツキさん! わたくしと共に。そうですわ、これは愛ですわね! 愛する二人は愛の為、未来の為に戦う。そして戦いに疲れたわたくしたちは、静かな湖畔に建てた家に一緒に住み、愛と癒しの暮らしをするのですわ♡ わ、わたくし料理を勉強しますわね♡ ナツキさんに食べてもらいますの♡ うふっ♡ うふふっ♡」
途中から愛する二人が自分に置き換わっているクレアだ。しかも誰かの話を拝借している。
「おい、クレア……わたしの理想をパクるんじゃないゾ」
当然ながら、ネルネルがツッコんだ。
「クレアさん……服を着てください」
大きく完璧な張り艶の双丘をばるんばるんと揺らしながらグイグイくるクレアにナツキもたじたじだ。
「わたくし決めましたわ! ナツキさんが望むのなら、一生裸のまま好奇の視線に晒されようと、このクレア・ライトニング、戦い抜いてみせますとも!」
「いや、そこは構ってください……」
こうしてナツキたちは下水道を宮殿に向かって走り始めた。マミカを救出し皇帝と会う為に。
臭い足で下水道訓練が不本意なネルネルと、何故か開き直って全裸のクレアと共に。
◆ ◇ ◆
宮殿、玉座の間――――
親衛隊に捕縛されたマミカは、両手足に
あられもない姿で拘束されたマミカに、監視をしているデミトリーが舌なめずりする。
「じゅるっ、くけっ、こいつぁたまらねえぜ! 俺はむちむちグラマラス系のフレイアが好みだったが、マミカも良い女だな。俺はなぁ、気が強い女を屈服させるのが大好きなんだよ」
少し離れた場所からデミトリーがマミカに話しかける。
「はあ? あんたなんかに屈服されるわけないし! よくも殴ってくれたわね、もう絶対許さない。次アタシの体に指一本でも触れたら殺すから。絶対殺す、超殺す!」
「うっひゃぁ! それそれ、その目と気の強さ。女性上位社会の帝国だけどなぁ、俺はその偉そうにしている女を汚すのがたまらねえんだ。マミカぁ、お前も俺に組み敷かれて、泣きながらこう叫ぶんだ、『デミトリー様、許して、優しく抱いてください』ってなあああぁ! ぎゃはははははぁ!」
自分で妄想を語りながら興奮したデミトリーがマミカに近付く。
すぐにダリアが注意をした。
「おいデミトリー、それ以上近付くな! 精神掌握されるぞ。防御魔法だって何度も使えるわけじゃないんだ。外の戦況も分からないのだから、できるだけ魔力は温存せねばならないのだぞ」
「けっ、へいへいダリア副隊長どの、分かりましたよ」
不貞腐れたデミトリーがマミカから離れる。
この男、圧倒的上から目線で暴言吐きまくりだが、防御魔法と
後でどうなるのか想像力が働いていないようだ。
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