第16話 重なる過去

 街を出て馬車で一日走ったところで休憩となった。街道沿いの小さな宿場町で落ち着いた場所だ。誰もが先を急ぐような世の中で、ここだけ時間が止まったかのような感覚になる。そんな哀愁を感じさせるノスタルジックな雰囲気な場所。


 ナツキとアイカは一旦ここで一泊することにした。


「この街から北上すればアレクシアグラードという大きな都市に行けるわね。そこから北西にずっと進めば帝都よ」


 アイカが親切丁寧に教えてくれている。この女、見た目は腹黒そうに見えるが、意外と本心はそうでもない感じだ。ただ、アイカも自分の心の底には気付いていないのかもしれない。


「ありがとうございます、アイカさん」


「じゃあ、今日は剣の訓練をしてあげる。アタシの特訓は厳しいわよ。ビシバシむち打つように教えるから」


「サー、イエッサー! ビシバシ鞭をください」


「ドMかっ! って、うっかりツッコんじゃったし。もうっ、ナツキってばエッチなんだから」


 アイカが危うく欲望丸出しになりそうだ。ドSの彼女にとって、少年から『鞭をください』などと言われては、性癖にクリティカルヒットなのだから。



 広い原っぱに移動すると、お互い剣を抜き対峙する。


「さあ、ナツキ、どこからでも掛かって来なさい」

「はいっ!」


 短剣を構えたナツキが、アイカ目掛けて真っ直ぐ踏み込んだ。


「たああぁっ!」

「スキル、精神掌握セイズマインド!」


 アイカが少しだけスキルを開放した。その直後、ナツキの体の動きが鈍り、ゆっくりな動きになった剣をアイカが叩き落とす。


 カキンッ! カシャーン!


「決まりね!」

 無防備になったナツキの首筋に剣を突き付けたアイカが勝利宣言をする。

 勝負は一瞬で決まってしまった。


「あ、アイカさん……今のは?」


「剣とスキルを融合させたのよ。いいナツキ、戦いは力の強さや剣術だけで決まるものじゃないの。力が弱くても、スキルを組み合わせることで強い相手にも勝つことができる。これぞ、マミカ流剣術幻惑剣!」


「す、凄いです! アイカさん。でも、マミカ流剣術って……アイカ流じゃないんですか?」


 アイカの剣術に驚くナツキだが、名前が違うことが引っ掛かった。


「えっ、そ、その……そう、この剣術を最初に提唱した人がマミカって女性なのよ。アタシは始祖に敬意を表してそう呼んでるの」


「そうなんですか。マミカさんって、何処かで聞いたような……」


「そ、そんなのはいいから特訓するわよ。ほら、剣を構えなさいって」


 アイカが誤魔化した。内心は嘘がバレそうでドッキドキなのである。


 あっぶなーっ、偽名なのがバレるとこだったし。アタシって有名人だから困るのよね。ナツキを信用させてから無慈悲に堕としまくるまで、絶対に本名がバレるわけにはいかないのよ!



「続きをやるわよ。ナツキも何かスキルが使えるんでしょ。何でも良いから相手にぶつけるの。敵の剣を鈍らせたり混乱させれることができれば、こちらに勝機があるだから。使えるモノは何でも使う!」


「サー、イエッサー!」



 今まで真っ直ぐに剣を振るうだけだったナツキに、新たな閃きが芽生えた。


 そうか、例え弱いスキルでも役に立たないと言われたスキルでも、何かと組み合わせることで強力な武器になるんだ。

 ボクの姉喰いスキルも使えそうだ。


 その前に、ボクもスキルに何かネーミングした方が良いよな。皆カッコいい名前を付けてるし。腋ペロマリーアタックみたいにカッコいい名前にしよう。


 ナツキが余計なことを考え始めた。ネーミングセンスが最悪なので、更に恥ずかしい思いをする女が増えそうだ。



「行きます! たああああぁぁーっ! 必殺、淫乱剣フレイアブレード!」


 ナツキの短剣の切先から姉喰いスキルを放出する。剣の軌道とスキルを組み合わせた姉堕剣法だ。


 バチッ! バチバチッ!


「くうっ、アタシの魔法障壁マジックシールドが!」


 姉喰いスキルがアイカの魔法障壁マジックシールド抵抗レジストした。

 精神系魔法を完璧に防ぐはずの魔法障壁マジックシールドであったが、ナツキの姉喰いだけは例外だったのだろうか。ほんの少しだけ障壁をすり抜けて効いているのだ。


「んあっ♡ な、何なの」

「たああああっ!」

「あ、あまいわよ、ナツキ!」


 カキィィーン!

 またしてもナツキの剣が叩き落とされた。


「ぼ、ボクのスキルが……」

 必殺のスキルが跳ね返されてナツキがヘコむ。


「今のは良かったわよ。アタシが最強の精神系魔法使いじゃなかった負けていたわ。そう、それで良い、そうやってスキルを使うのよ」


「は、はい! いえ、サー、イエッサー!」


「ところでナツキ、何でフレイアブレードなの?」

 アイカがナツキのネーミングセンスに突っ込む。


「えっと、ぼ、ボクの故郷にフレイアさんというエッチな人がいるのですが……そ、その、エッチさに敬意を表して命名しました」


 ナツキが適当に誤魔化した。いや、誤魔化せていない。フレイアがエッチなのは。


「そ、そうなんだ。偶然ね。アタシの知り合いにもフレイアっていう淫乱女がいるんだけど。まあ、よくある名前かもね」


「そ、そうですよね。フレイアさんという名前はエッチなのかもしれませんよね」


 ナツキが話を合わせてしまう。もうフレイアは淫乱確定だ。しかしナツキは心の中でホッとしていた。



 あ、危なかった。何とか誤魔化せたかな。フレイアさんはエッチだけど、帝国では有名人なんだから秘密にしておかないとだよね。ふうっ、秘密は守りましたよ、フレイアさん。


 淫乱なのは守られていない――――




 キンッ、キンッ! カキンッ! カンッ、カキンッ!

 日が暮れるまで特訓は続く。夜になる頃には、ナツキの動きは見違えるように良くなっていた。誰の目にも明らかな程に。




「今日はここまでよ。久しぶりに動いたから汗かいちゃったじゃない」


「あの、ボクがお背中流しましょうか?」


「ちょ、あのねっ、ナツキって純情そうな顔して、結構ドスケベよね! 昨夜だって……あ、アタシのお腹を……はぁん♡」


「ちち、違います。これが帝国の文化だと思って。ボクなりにアイカさんにお返しをしたくて。ううっ……」


 気を利かせたつもりのナツキが顔を赤くする。てっきり混浴して背中を流せと言うと思ったのだ。


「ほら、もう行くわよ」


 何事も無かったかのように先を急ぐアイカだが、内心はドッキドキでムッラムラだった。


 ううっ、んああぁんっ♡ もうっ、何なのナツキのスキルって! 魔法障壁マジックシールドで防いでいたはずなのに、ちょームラムラするんですけどぉ! 何でエッチな気分になっちゃうのよ!

 この子、やっぱり危険だわ。



「でも、アイカさんって本当に親切ですね。まるでお姉ちゃんみたい」


 ずきゅぅぅぅぅーん♡

 アイカの心に、ナツキの『お姉ちゃん』がドストライクに響いた。


「くっ、お、お、お姉ちゃん……ですって……」

「あっ、いけませんでしたか? なら……」

「いえ、いいわ。でも、お姉ちゃんじゃダメね。お姉様と呼ぶこと」

「お、お姉様」


 ずきゅぅぅぅぅーん♡

 先程より更にクリティカルヒットした。


「い、いいわね、アタシのことはこれからお姉様ね」

「はい、お姉様」

 ずきゅぅぅぅぅーん♡

「も、もう一回……」

「お姉様」

 ずきゅぅぅぅぅーん♡

「も、もう一回」

「お姉様」

 ずきゅぅぅぅぅーん♡

「もう一回」

「えええ……もう終わりです。やっぱりアイカさんで」

「ケチっ! あと百回」

「ムリですって」


 しょうもないことを言い合いながら宿屋に向かった。




 食事と風呂を済ませ宿屋で一休みする。因みにアイカは背中を流してもらわなかった。ムラムラしていて混浴などしたら襲ってしまいそうだから。


「ああ、アタシとしたことが……何か調子狂っちゃうのよね」


「アイカさん、今日はありがとうございました。おかげで色々と分かった気がします。教わったことを自分なりに工夫して頑張ってみます」


 素直に感謝をするナツキに、アイカの表情も緩む。

「まあ、ついでだし」


「ボクはスキルが弱くて学校でも適正を伸ばす教育を受けられなくて。両親も早くに他界して、ずっと一人で練習をしてきました」


「ナツキ……」


「アイカさんのおかげで強くなれそうな気がします。これまでゴミスキルとかゴミ男子と呼ばれてきましたが、これで――」


「ちょっと待ってナツキ!」


 アイカが突然ナツキの話をさえぎった。少しだけ顔が怖くなっている。


「えっ?」

「ゴミなんて誰が言ったの」

「ど、同級生たちが……」

「はあ!? 誰がゴミですって!」

「あ、アイカさん……」


 アイカが怒り出してしまった。


「アタシはね、そうやって集団で一人をイジメる奴が大っ嫌いなの! そいつらって、一人じゃ何もできないくせに、集団になると自分が強くなった気になってイジメるのよね。弱いヤツ程ターゲットを探しているのよ。自分の弱さを隠す為に!」


「アイカさん……ボクの為に怒ってくれるんですか?」


「そうよ! ナツキ、強くなりなさい! 強くなって見返してやるのよ! そんなヤツら!」


「は、はい!」


「少年をイジメて良いのはアタシだけなんだから」


「そ、それはどうなんでしょう……」




 アイカは過去の自分を重ね合わせていた。


『やーい、お前、親に棄てられたんだってな』

『うっわーっ、かわいそっ!』

『誰も〇〇〇なんか必要としてないんだよ!』

『そうだ、お前はゴミ女だ。やーいゴミ女』


 ドカッ、バキッ、ドスッ、ゴッ!


 勿論もちろん、強いアイカは反撃してわからせた。見た目がカヨワイ少女だからといって不用意に攻撃したらこうなるのだ。

 ただ、それからは誰も近寄らず陰口をたたかれるようになったのだが。



「まったく、もう寝るわよナツキ」

「は、はい。今夜も頑張ります」

「うっ、またポンポンするの……」

「サー、イエッサー!」

 ぽんぽんぽんぽん――

「くぅ~っ♡ もぉ♡」


 ナツキのポンポンでアイカの機嫌も直ったようだ。


 まったくナツキったらエッチなんだから……てか、ちょっと待って! アタシ何やってんだろ。ナツキを信用させてから裏切るつもりなのに。何で熱くなっちゃってるのよ。


 ナツキのポンポンとアイカの葛藤かっとうで夜は更けてゆく。ただ、今夜もアイカはオホ声を出しそうで身を震わせる。年下男子の前でアヘ顔陥落するのだけは避けたいアイカだった。


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