第14話 誰がために剣を振るう

 定食屋を出た二人は一緒に歩き始める。何でもアイカが、『物騒だから途中まで一緒に行ってあげる』と同行を申し出てくれたのだ。

 色々と教わりながら帝都までの道のりを一緒に旅を始めることになる。まさに手取り足取り腰取りだ。



 街を歩きながらアイカがアドバイスをしてくれていた。旅に必要な道具。もしもの時の対処法。戦いのアドバイスなどを。


「ナツキってさ、腰に小さな剣しかつけてないけど、もっとマシな武器は持ってないの?」


「はい、ボクは戦闘系のスキルがないので」


 お人好しそうな顔で話すナツキに、アイカが少し怪訝けげんな表情をする。


「ナツキ、ルーテシア帝国は大きいの。色々な人がいて犯罪も多い。野獣に襲われることもある。あんたみたいな少年が一人無防備で歩いていたら命がいくつあっても足りないわよ」


「そ、それは……そうですよね」


「世の中は弱肉強食なの。いつだって弱い者は虐げられてしまう。確かにスキルによって剣術や魔術の習得には絶大な差が生まれる。でも、例えスキルが無くても自分の身は自分で守れるくらいにならないと。そんなんじゃ、大切な人も守れないでしょ」


「はい、仰る通りです……」



 アイカの話がナツキの心に響いた。


 そうだ、アイカさんの言う通りだ。ボクは剣も魔法も適正が無いからと、誰からも教えてもらえなかった。そして自分で剣の練習をしてみたけど上達しなかったんだ。

 でも、例え適正がなくても、自分の身は自分で守れるようにならないとダメだよな。誰かを守りたいとか国を救うとか思うのなら、もっともっと強くならないと。



 アイカは全く別のことを考えていた。


 何なのこの子……お人好しだし弱そうだし……。こんなんじゃ、アタシが食べる前に誰かに襲われちゃいそうじゃない。アタシを信用させて慕わせてから裏切るつもりなのに。


 はぁ……めんどくさ。しょうがないから剣の使い方を教えてあげようかな。ま、まあ、手間がかかる男ほど可愛いってもんでしょ。か、勘違いするんじゃないわよ! あくまで、ついでなんだからね!



「まあ、こうして知り合ったのも何かの縁だし、特別にあたしが教えてあげるわよ。アタシだって攻撃系のスキルは持ってないんだけどね」


「ありがとうございます。アイカさんって攻撃系スキルを持ってないのに強いんですね」


「えへへっ、まあね。アタシは強いわよ。なんたって帝国大将……ケホンケホン、いや何でもない。とにかくやるわよ」


「はい! お願いします」


 ひょんなことからアイカに剣を教わるこのとなったナツキ。自分で強いと言っている彼女の剣とはどのようなものだろうか。



 そんな、二人並んで話をしている時、事件は起こった。街の通りの人混みの中から、ただ事ではない怒声が聞こえてきたのだ。


「おい、そこの男! この私が誰が分かっているのか!」

「も、申し訳ございません。帝国騎士様だとは露知つゆしらず」

「ダメだダメだ! 女騎士にぶつかった罪、万死に値する!」


 人混みの間から見える状況は、若い女騎士が男性を剣で脅している場面だった。

 どうやら男性がよそ見をしていて女騎士とぶつかってしまったのだろう。


「おい、貴様はそこで服を脱いで土下座をしろ! いいか、全部脱ぐんだ」

 屈辱的な命令をする女騎士。わざと恥をかかせて喜んでいるのだろう。


「おい、お前達、面白い見世物が始まるぞ」

「はははっ、さすが隊長」

「良いですね。帝国に逆らうとどうなるか教えてやりましょう」


 隊長らしき女騎士の掛け声で、部下の女兵士たちも盛り上がる。



「あっちゃー、全く品が無いわね近頃の騎士は。アタシのように気品漂う女でないと。帝国騎士ってのはさ」


 アイカが独り言をつぶやく。気品漂うと言っている割には痴女のような恰好だが。


「てか、ナツキは? どこ行ったのよ!」


 アイカが目を離した隙にナツキが消えた。そして、もう一度視線を騒ぎの中心に映すと、ナツキが男性を守るように女騎士の前に入っているのが見える。


「あの子! 何やってんのよ」

 黙って通り過ぎようとしていたアイカだが、仕方なく人混みの中に入って行く。



 ナツキの体は勝手に動いていた。明らかに立場が弱い男性を一方的に攻め立てる騎士を見て、自然に体が動いてしまったのだ。


「やめてください。謝っているじゃないですか」


 ナツキがそう言うと、その女騎士がイヤラシイ笑顔になる。美味しそうな少年が現れて舌なめずりしたい気分なのだろう。


「なんだなんだぁ、このガキは。いっちょ前に正義の味方気取りか?」


「だ、だから謝っているじゃないですか。許してやってください。騎士なら領民を守るものですよね」


「はっはっは! 笑わせるなガキ! ここでは私達が法なのだ。逆らうヤツは容赦しない。そうだな、お前が、この男の代わりに裸になれ。そして、その後は私達が可愛がってやる」


「良いですね隊長!」

「さすが隊長、どこまでも付いて行きます」


 無茶な要求をする騎士に、取り巻きの部下も大盛り上がりだ。ターゲットが中年男から初心うぶな少年になって喜んでいるのだろう。


「くっ、これが騎士だなんて……騎士とは、人々や国を守る誇り高き称号……こんなの、こんな領民をイジメる存在が騎士なんてボクは認めない……」


「お前が認めなくて何だというんだ! このガキ、痛い目を見たいと分からないらしいな」


 女騎士が剣をナツキに向ける。


「ううっ、やるしかないのか……」

 どうしよう……周りに人が多い。帝都に着くまでは、なるべくスキルを使いたくなかったけど。



 ナツキが姉喰いスキルを使おうと思ったその時、突然後からアイカの声がかかった。


「ちょっとぉ、ナツキは弱いんだから余計なことに首を突っ込むなしぃ」


「えっ、あ、アイカさん」


 ビックゥゥゥゥーン!

 アイカの姿を見た女騎士達が驚きの表情になり、直立不動の体勢で震え始める。


「あ、ああ、ああ、貴女様は……ま、マミ……」

 女騎士が何か言おうとするが言葉が出てこない。


「ああぁ、アタシはアイカね。旅の途中の美少女」

「えっ、あの、マミ……」

「ア・イ・カね! おい、潰すよコラっ」


 アイカが女騎士の耳元に顔を寄せ、少々ドスの効いた声色でささやいた。


 ガタガタガタガタガタ――

「し、失礼しましたアイカ・・・様」

 面白い程に女騎士がガタガタと震え出す。


「よろしい。公衆の面前で帝国の名を汚す行為は控えるように」

「かしこまりました、アイカ・・・様!」

「そういうのは部屋でやれって言ってんだよ。マジで潰すよ」

「うっひぃぃぃぃ~っ! あ、あひっ……」


 バタンっ!

 ジョバァァァァ――


 恐怖で尻もちをついた女騎士の下から、地面に液体が広がってゆく。おもらしだろう。



「えっ、えっと……アイカさん?」

 よく分からない内にアイカが女騎士達を退けてしまい、ナツキが途方に暮れてしまう。


「ほら、ナツキ。行くよ」

「は、はい」


 アイカに手を引かれて人混みから出る。ナツキといえば、まだポカンとしたままだ。


「あの、アイカさんって帝国騎士とお知り合いなんですか?」


「まあそんな感じ。アタシってばさ、ほら美少女過ぎるでしょ。だから帝国では有名なの。これナイショよ」


「は、はい」


 ナツキのアイカを見る目が少しだけキラキラする。悪い騎士を退けた正義の味方に見えたのだ。


「アイカさんって凄いです! カッコいい」

「そうでしょそうでしょ。もっと褒めてぇ」

「剣を使わずに敵を退けるなんていにしえの剣豪みたいです」

「でしょぉ、アタシって超強いし。最強だしぃ」

「強くて美少女なんて最強です」

「うへへぇ♡ もっと褒めてぇ♡」


 ナツキにべた褒めされてアイカの顔がグデぇ~っとにやける。姉喰いスキルを使っていないのに年上を良い気分にさせる特技があるようだ。



「ぐへぇ♡ ナツキってば分かってるじゃない。もぉ、もっとアタシを褒めちぎりなさい♡ って、ちょっと待って!」


 ナツキのペースにハマりデレデレになっていたアイカが、ハッと我に帰る。


 あ、危ない危ない! 何なのこの子。この人間使いヒューマンテイマーと呼ばれる最強のアタシが心を奪われそうになるなんて。女みたいに可愛い顔してるのに危険だわ。


 本人に悪気は無いみたいだけど……。剣も魔法も使えないって言ってたけど、何か精神系のスキルを持ってるのかしら。まっ、念のため用心しておいた方が良いわね。


 アイカが気を引き締めた。


「アイカさん、どうかしましたか?」

「ううん、なんでもぉ」

「そうですか」


 実はこの女――可愛い容姿と痴女のような服装だが、かなりの切れ者で用心深かった。


「よし、今日は宿に泊まって、明日からは帝都に向かいながら本格的に戦闘訓練よ」


「はい、アイカさん」


 二人が宿に向かう。熱い夜が始まろうとしていた。


 ◆ ◇ ◆




 その頃、炎と氷の凸凹コンビは、まだ道に迷っていた。シラユキに代わって先頭を歩くフレイアがキョロキョロしている。


「えっと、あれ? おっかしいなぁ……」

「ぷっ、偉そうにしていたのに自分も迷子とか」

「あ、あんたねえ!」

「図星?」

「ぐぬぬぬぬ」


 勢い勇んで先頭を歩いていたフレイアだったが、結局道に迷って恥を晒してしまう。ドヤ顔のシラユキにツッコまれているところだ。


 この二人、戦場では一騎当千の強さを誇り、宮廷では稀に見る美しさから他者を魅了してやまない。しかし、実際は意外とポンコツ娘だった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る