第12話 波乱の幕開け

 その女は一人だけ浮いていた。物理的に浮いているという訳ではない。誰もが景色と一体化したかのように馴染んだ街の中で、一人だけ極端に目立っているのだ。


 見た目からして只者ではない。まるですずめの中に孔雀くじゃくが一羽紛れ込んでいるように。

 いや、派手な色の孔雀はオスなので、例えが違うかもしれないが。


「ふぅ~ん、特に面白いのもないわね。もっとこう、アタシを楽しませるドキドキワクワクでちょーエキサイティングな事件でも起こらないかしら?」


 その女が商店を見回して独り言をつぶやいた。


 歳は若く十代に見えるが、溢れ出る色気は凄まじく、妖艶ようえんと言っても過言ではない。


 ふわっふわのピンクのボブヘアーに、紅玉ルビーのようなキラキラで魅惑的な瞳。どの角度から見ても派手で可愛い顔。そこに存在しているだけで注目を集めてしまう。


 驚くべきは顔だけではない。全身凶器のようになまめかしい曲線を描く体が露出しまくっているのだ。必要最低限……いや、それ以上の、ギリギリ限界まで布を少なくしたような衣装。


 大事な部分は隠れているが、ぷるんっとした胸のラインも、キュッとくびれたウエストも、プリッとした尻も、ムチッと完璧な肉付きの脚も、全てを見せつけるかのように露出していた。


 ガヤガヤガヤガヤ――シィィィィーン!


 彼女が通ると街の喧騒けんそうが一瞬止まり、誰もがその美貌に釘付けになってしまう。ただ、誰一人として声をかける者はいない。


「はあああぁ……どっかに、あたし好みの男でもいないかなぁ。せっかく暇なヤマトミコとの国境の城を抜け出してきたのに……」


 裸族……いや、セクシーな恰好の女が街を行く。そう、この後ナツキと数奇な運命で交わることになるとも知らずに。


 ◆ ◇ ◆




 併合されたリリアナ領内を抜けたナツキは、ルーテシア本国へと入っていた。海沿いの街、カリンダノールだ。港で水揚げされた新鮮な魚が市場で並べられ、活気に満ちた声が飛び交っている。


「美味しそうな匂い……食事にしようかな?」


 匂いのする店にナツキが吸い寄せられて行く。お金を節約するために、これまで質素な食事をしてきたのでお腹が空いているのだ。


 カランッ!

「いらっしゃい」


 威勢のいいオヤジが切り盛りする定食屋だ。空いている席に座ったナツキは、本日のオススメ定食を注文した。



「ふうっ、やっと一息ついた。戦時中なのに、この辺りは落ち着いているのかな?」


 ナツキの独り言に、料理を運んできたオヤジが口を挟む。


「おい、ボウズ。あんた他所の国から来たのかい?」

「は、はい」

「ここも元は独立国だったのによ。帝国に侵略され、今じゃ言いなりよ」

「は、はあ……」


 ナツキが他国の人間と聞いて、小声でオヤジが話し始めた。


「見て気付かねえかい? 若い男がいねえだろ」

「そういえば……」


 改めて周囲を見ると、客も店員も中高年男性だ。


「若者は徴兵されちまってよ。何処ぞで訓練して前線に次々投入されたり、強制労働させられてんだ。そして、俺達オヤジは、せっせと働いて高い税金を払わされるってもんよ。何でも帝国は女性優位社会らしくてよ。男は命令に従わなきゃならねえって話だ。ったくよ」


「大変ですね……」


「けっ、今の皇帝になってからってもん、ろくなことがねぇぜ。周辺国と戦争ばかりして、戦費だの何だのと税金は上がるばかりよ。おっと、しゃべり過ぎたぜ。ボウズ、今のは誰にも言うなよ。こわーい女憲兵が来るからよ」


「はい、分かりました」


 料理を置いてオヤジが戻って行く。表面上は明るく見える街も、色々と苦労は多いようだ。



 やっぱり支配された国は大変なんだな。戦争なんて早く終わらせて、皆が笑って暮らせるようになれば良いのに。


「そうだ、シラユキさんが教えてくれた情報を整理しよう」


 魚のフライ定食を食べながら、ナツキがテーブルの上にメモ帳を出す。そこにはシラユキから教わったルーテシア帝国軍の配置と七大将軍の情報が書いてある。


「えっと、なになに……」

 ナツキは、シラユキの話を思い出す――



『弟くん、これが帝国軍の配置。私とフレイアがリリアナに。帝都の守りとして、剣の大将軍レジーナが一人ルーングラードに残っている。そして、後はフランシーヌ共和国へ、光の大将軍クレア、闇の大将軍ネルネル、力の大将軍ロゼッタ、この三人が遠征に出ている状態』


 シラユキが地図を指差し説明してくれる。


『先ずクレア。この女は危険。出会ったら逃げて』


『逃げるんですか?』


『そう、クレアは最強の光魔法の使い手。しかも、真面目で冗談が通じなくて、明るくてコミュ力が高くて苦手。話していると根暗な私が惨めになる。だから逃げて』


『そ、そんな理由ですか……』


『次にネルネル。この女は危険。出会ったら逃げて』


『また逃げるんですか?』

 さっきも聞いた気がする――


『ネルネルは闇魔法の使い手。しかも変態。何か怖いから逃げて』


『はい、何か怖いんですね……』


『そしてロゼッタ。この女は危険。出会ったら逃げて』


『だから逃げるばっかじゃないですか!』

 三度同じセリフが続くと、さすがのナツキもツッコみを入れずにはいられない。


『ロゼッタは肉弾戦地上最強の女。何かこう熊とか虎とかを素手で倒しそうな感じ。魔法を素手で叩き落とすとか、拳で剣を粉砕するとか言われている。危険だから逃げて』


『えええっ! 拳で剣を粉砕……』

 ナツキが目を丸くする。それ、本当に人間ですかと言いたげだ。


『あれっ、ちょっと待ってください。一人足りませんよ』


 七大将軍なのに一人少ないのに気付く。確かもう一人いたはずだ。


『あっ、忘れてた。うげげ……』

 元から鋭い目つきのシラユキが、更に険しい表情になる。


『カワイイ大将軍マミカ。彼女は東方のヤマトミコとの国境にある城に派遣されている。多分、会わないと思うから大丈夫』


『カワイイ大将軍って、何だか可愛らしいですよね』


 ナツキの発言に、何かを思い出したのかシラユキが嫌そうな顔をする。


『全然可愛くない。最悪。会わないと思うけど、もし出会ったら全力で逃げて。ナツキのスキルとは相性が悪いかもしれない。最強の精神系魔法の使い手。人間使いヒューマンテイマーとか調教師と呼ばれている女』


『ええっ、最強の精神系魔法……ボクと似たスキルを使うんですか。それも最強……ボクよりずっと強そうだ』


 どの大将軍も最強の力を持つが、特にマミカは精神系魔法とあって注意が必要だろう。


『フランシーヌとの戦争は、ルーテシアの圧勝でほぼ終結している。クレア達が戻る前に、弟くんは真っ直ぐ帝都に向かうべき。レジーナ一人なら何とかなるかもしれないけど、クレア達が戻り四人同時に相手することになると勝ち目は無い』



 ナツキが回想から戻る――

 とにかく早めに帝都に向かう作戦だ。今なら帝都を守る大将軍はレジーナ一人だけなのだから。


 完全に油断しているナツキが、魚のフライを口に入れようとしたその時、突然横から可愛い声がかかった。


「ねえっ、キミ一人? アタシも同席して良いかな?」

「は、はい……はいぃぃぃぃーっ!」


 振り向いたナツキが変な声を上げる。無理もない。そこに立っているのは裸同然の下着姿のような女なのだから。


 まるで日常に非日常が迷い込んだかのような光景だ。ふわふわのピンクの髪。紅玉ルビーのようにキラキラの瞳。どの角度から見ても完璧な可愛さで見惚れてしまいそうな容姿。

 まるで、彼女の周りだけ空気がピンク色をしている気がする。


「あっ、えっと……どうぞ」


 暫し呆気にとられていたナツキが相席を勧める。同時にメモを隠した。


 フレイアとシラユキに何度も忠告されていたのだ。ナツキは二人との会話を思い出した。


『いい、ナツキ少年。帝国領内で変な恰好の若い女に会ったら注意して。そいつ絶対危険だから』

『その通り。変な恰好の若い女は危険。NTR禁止』


 なるほど……変な恰好の女子には注意です。凄いスキルを持っているかもしれないのですね。


 実は、フレイアとシラユキは他の女にナツキがつまみ食いされるのを心配しているだけだ。特に深い意味はなかった。


「ありがとぉ~んしょっと」

 対面の席に座った女が、頬杖をついてニマニマとナツキの顔を見つめる。


「うふふっ、ふふっ……」

「あはは……えと……」


 意味深な笑みを浮かべる女に、ナツキが愛想笑いをする。



 その女は、心の中で良からぬたくらみをした。


 うふっ、うふふふっ、らっきぃーっ! こんな所に若くてアタシ好みの男が。徴兵されちゃってろくに残っていないかと思ったけど。探せば見つかるもんなのね。


 えへへぇ~っ♡ この子、良いっ! 初心うぶでピュアな感じだし。女慣れしてないみたいだし。誰のものにも染まっていない感じ? 絶対童貞だよね。ああぁ♡ アタシが、この子の初めてもらっちゃいたい。


 よし、奪っちゃおう! そうしよう。誰も最強のアタシには逆らえないんだし。



 ナツキは、心の中で目の前の女に疑念を持った。


 うーん……怪しい。 この変な恰好。もしかして痴女かな? 昔、ミアたちが話していたのを聞いたことがある。帝国は貞操逆転世界だから、男の体をおさわりする女の人とか、突然コートの前をガバッて開けてイケナイところを見せる痴女がいるって。


 デノア王国では痴女はダメでも、ルーテシア帝国では普通の文化かもしれない。ここは温かく見守ってあげよう。そうしよう。



「うふふふっ……」

「あははは……」


 こうして二人は出会った。真っ直ぐ帝都に向かうはずが、真っ先に最強最悪の敵と相対してしまうのは、ついているのかいないのか。

 二人の、おかしな珍道中が始まろうとしていた。


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