第2話 軍事訓練なのに周りは女ばかり

 女教師マリー24歳(彼氏無し)の必死の懇願こんがんで、仕方なく軍に入隊することになったナツキ。指定された訓練場に向かうが、そこで信じられない現実を突きつけられてしまった。


 ヒュゥゥゥゥーッ!

 訓練場にいる男は、ナツキ一人だけだった。


「あ、あの、質問よろしいでしょうか?」

 ナツキが目の前にいる怖そうな女教官に声をかけた。


「なんだ少年!」


 女鬼軍曹みたいな雰囲気の女性が答えた。どうやら、この女教官が訓練を行うようだ。


「あの、訓練を受ける人が女子ばかりで、男子はボク一人なんですか?」


「その通りだ! 男子は七大ドS女将軍に恐怖し、貴様以外は全員辞退した」


 予想外の返答だ。世界最大の大帝国が攻めてこようという時に、まさかの自分以外が全員辞退など意味不明である。


「えええ……ぼ、ボクも辞退しようかな?」


「ならぬ! 貴様はもう登録済みだ。今更辞退などできぬ! ふふっ、男子が一人だけとあらば仕方がない。貴様は私が手取り足取り腰取り……ぺろっ、ミッチリ指導してやるから覚悟しろっ!」


 腰取りのところで女鬼軍曹の顔が緩み、赤い舌でくちびるをペロッと舐め回した。もう嫌な予感しかしない。


「そ、そんな……てか、腰取りって何ですか?」


「バカもんっ、口答えはするな! 返事は全て『イエス、マム』いや、『サー、イエッサー』だ!」


「サー、イエッサー」


 こんな戦力で帝国と戦えるはずもないのだが、形ばかりの軍事訓練が始まってしまう。



「よし、貴様は剣も魔法もスキルを持っていないようだから、敵の女将軍と戦う時は格闘戦に持ち込むのだ。それしか勝機はない」


「サー、イエッサー」


 いきなり格闘術の指導になり、欲求不満そうなアラサー女教官が組み付いてきた。ベタベタとナツキの体を触り出す。明らかに手つきが少し怪しい。


「もっと中に入り込め! そうだ、胸を掴むんだ。もう片方の手は腰に回せ」


「サー、イエッサー」


「もっと強く抱きしめろ! 愛する女をベッドで滅茶苦茶にするようにだ!」


 ちょっと意味が分からない。


「ええっ?」

「返事は!」

「サー、イエッサー」

「もっと強くだ!」

「サー、イエッサー」

「うぐっ♡ ああっ♡ もう限界だぁ♡」


 ドサッ!

 抱きついているだけなのに、勝手に女教官が倒れ込んでしまった。我慢していた何かが弾けて陥落したのかもしれない。


「うっ、もう貴様に教えることは何も無い」

「サー、イエッサー」

「貴様は立派な戦士だ。戦地でも一層励め」

「サー、イエッサー」

「今夜は私の部屋に来い。朝までベッドでミッチリ夜の特訓だ」

「サー……って、なに言ってるんですか!」

「お、おしい。あと少しで味見できたのに…………」

「いやいやいや! おかしいって!」


 危うく事案発生になりそうなところで訓練は終了した。こんないい加減な訓練で実践投入される身にもなってほしい。


 ◆ ◇ ◆




 あれよあれよという間に、ルーテシア帝国がデノア王国に宣戦布告し、国境線にあるリリアナ南部都市の砦に軍を進めてしまう。作戦の指揮を執っているのは、かの七大女将軍の一人、炎の魔法使いフレイア・ガーラントであった。


 こんな非常事態にも関わらず、デノア王国正規軍は事実上壊滅状態。ナツキ以外の男は誰もいないのだ。


 若い女子とナツキだけで編成されたデノア正規軍は、帝国が支配するリリアナとの国境付近まで兵を進めていた。


 そして、何故か部隊の指揮を執るのは、幼年学校教師でありながら軍に召集された女教師マリー24歳だ。完全な負け戦なのは誰が見ても明らかである。軍の上層部は王国内に引きこもったまま出陣せず、急遽きゅうきょ掻き集めた少数の兵のみを前線に送ったのだ。



「どうしよう、こっちは50人弱しかいないのに、敵は数万もいる。こんなの勝てるわけないよ」


 そうナツキが呟く。

 こんな理不尽な戦闘などあり得ないだろう。


「ナツキ、あ、あんたが先陣を切りなさいよ。あんた年増女にモテるでしょ。きっとフレイアとかいう大将軍に捕まっても助けてもらえるかもよ」


 幼年学校でクラスメイトのミア・フォスターが勝手なことを言う。まだ若いフレイアが年増扱いされているのを聞いたら激怒しそうだ。


「ヒドいよ、ミア」

 ナツキがミアに文句を言う。


 同じクラスのミアは、何かとナツキに絡んでくることが多かった。ショートカットのオレンジ色の髪。生意気そうだが、見ようによっては愛くるしくも見えなくもないメスガキっぽい顔。

 ナツキにとっては、小うるさい同級生としか思っていないのだが。


 そして、ミアの話を聞いていた他の女子達まで同調してしまう。


「そうよそうよ。あなた男子でしょ」

「男子は女子を守るもんよね」

「だよねー」

「まあ、あんたはゴミスキルだけどね」

「私達は撤退しましょうよ」


 皆が勝手なことを言い出した。


「ちょっと、さすがにそれはナツキが可哀想というか……」


 火付け役のミアが止めに入る。自分で言い出したにもかかわらず、他の女子がキツくあたるのは嫌なのだ。少しは幼馴染として心配する心もあったのだろう。


「ちょっと、ミア。あんた男子の味方するの?」

「もしかして、ナツキと付き合ってるとか?」

「ええぇ~っ! そうなんだ?」


「ち、違うわよ! そんなんじゃないから」


 女子同士で揉め始めてしまう。必死にミアが否定しているが、今はそんな場合ではない。


「ううう……これ、完全に全滅フラグだよな。ボクも撤退したい。ちゃんと軍を立て直さないと戦えるわけないよ」


 ナツキまで諦めムードになっているところに、軍の指揮を執る女教師マリー24歳が迫ってきた。


「ナツキ君! 先生ね、まだ独身なのぉ♡ 彼氏もいないまま戦死なんて嫌よぉ♡ お願い、ちょっとだけで良いの。先っちょだけ♡ 先っちょだけで良いからっ♡」


「マリー先生、だ、ダメですって。先っちょって何ですか?」


「大丈夫よぉ♡ 私に任せてぇ♡ 痛くしないからぁ♡」


 相変わらず意味不明なマリー。彼氏いない歴イコール年齢が彼女をそうさせるのか。


 どうやらナツキのスキル姉喰いは、小娘の同級生にはかかりづらいのだが、年上で姉属性で欲求不満なマリーにはクリティカルでかかってしまうようなのだ。


「お願いよぉ♡ 先生まだ死にたくないのぉ♡ せめて彼氏とイチャイチャしてからにしたいのよぉ♡」


「せ、先生、腋汗が凄いです。ビッチョリです」


「腋汗はどうでもいいからぁ♡ 先生、変になっちゃいそうなのぉ♡」


「マリー先生は、いつも変じゃないですか!」


 恐怖と興奮と性欲で汗染みを作りまくるマリー。迫りくるマリーを止めようと手を伸ばしたナツキも、彼女の腋を掴んでしまいベトベトだ。


「わ、分かりました。ボクが一人で大将軍のところに行って説得します。マリー先生や皆は、その隙に撤退してください。ボクも後から追いつきますから」


 パニックになるマリー達を安心させようと、ナツキが一人で行くと決断してしまった。若干じゃっかん、腋汗でマーキングされそうなのが怖かったのだが。


「そ、そうなの。ナツキ君、気をつけてね。無理しちゃダメよ」

「な、ナツキ……あんたホントに一人で……」


 マリーもミアも心配そうな顔をする。いざ一人で行くとなれば、無事に戻ってこれるのか分からないのだ。もう二度と会えないかもしれない。



 こうして、デノア王国正規軍はナツキ一人を残し撤退を始めた。マリーとミアが、何度も心配そうな顔で振り返りながら。


 ヒュゥゥゥゥーッ!

 そして誰もいなくなった――――


「ううっ、何でボクがこんな目に……。正規軍は崩壊。男は徴兵拒否。幼年学校女子を動員するとか、しかもそれさえ十分な戦力も揃えられず……。で、でも、ボクは国を守る勇者になるって決めたんだ。ゴミスキルだけど……」


 不安を口にしながら一人で敵の砦へと向かうナツキ。まさか帝国軍も、敵が一人で攻めてくるとは思ってもいないだろう。


 ◆ ◇ ◆




 ルーテシア帝国リリアナ南部城塞都市にある城の執務室でお茶を飲んでいるフレイアのところに、側近の女騎士が報告にきた。


「フレイア様、我が軍前方から敵が向かって来ております」


 カチャ――

 若い女騎士の報告を色っぽい流し目で受けたフレイアが、優雅な仕草でティーカップを置く。


「ほう、それで敵は何万だ?」

「そ、それが……」

「なんだ、申してみよ」

「ひ、一人です」

「はあ?」


 帝国最強の七大女将軍の一人であるフレイアも、さすがに耳を疑ってしまった。


「ははっ、ははははっ! 我らも見くびられたものだな。ルーテシア帝国精鋭五万に対して、たった一人で向かってくるだと! これは、この炎のフレイアが直々に相手してやるしかあるまい」


 フレイアが立ち上がる。


「どれ、デノア王国は最強の勇者でも送り込んできたのか。これは楽しみだ。どのようなスキルを使おうと、私の火炎魔法の敵ではないがな!」


 こうして、姉喰いショタ勇者と帝国最強姉属性七大女将軍との戦いが始まった。


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