9


「おっ、起きたか葉集。お前寝過ぎだろ」


「おはよう……は、葉集くん!」


 目を擦り、状況把握に努めよう。


 朝起きると(十時過ぎだが)、なぜか僕の部屋でエンペラーショタコンさんが音論を観客にギターを弾いてた。僕のギターを弾いていた。


「いや……なんでエンペラーショタコンさん、僕の部屋でギター弾いてるんすか」


「きちんとメンテしてるか見てやろうと思ってな」


「してるよ……してますよ」


「みてえだな。うん、ちゃんとチューニングも決まってるし、偉い偉い」


 どうやら、僕のギター管理を心配したようだが、流石に本番当日にチューニングをおろそかにするほど、僕は計画性がない人間ではない。


「……部屋暑い? 音論顔赤いけど平気か?」


「ぜ、全然暑くないよ!? 丁度良いベスト温度ベストコンディションだよっ! なに言ってんのデリカシー!」


「なぜデリカシー!?」


 なんで慌ててるの? ひょっとして僕、寝てる時なにかしちゃった……?


「まあ、暑くないならいいけど……」


 なにかしちゃった記憶はない。睡眠中に記憶があるわけないのだが、ここで仮に、僕の寝相が悪くてなにかしちゃっていたのだとしても、それを聞いて答えてくれるとも思えないし、もし答えてもらったとしてもなんか気まずくなるだけだろう——と、冷静に考えて、なにかしちゃっていたなら音論には申し訳ないけれど、ごめんなさいと内心で謝っておくことにして、僕はベッドから降りた。


「てかエンペラーショタコンさん、昨日いつ来たの?」


「俺様は確か……深夜だな。昨日というか今日来たみたいなもんだな。店の忘年会してから直行したけど遅くなっちまってよ!」


「あー大人はそういうのもあるんですねえ」


「いや普通、高校生でもそういうのやらねえか?」


「さあ。僕はやったことないですよ」


「クラス内カースト下っぽいもんなあ、葉集って。あはは、ウケんぜ!」


 ウケんなよ。確かにクラス内カースト上位にはいないけれど、最下位ではねえぞ僕。友達いるもん、三人も。


「とりあえず飯作るかな。エンペラーショタコンさんも食うでしょ、朝飯」


「葉恋はまだ寝てんぞ」


「起こして来てくださいよ」


 しゃーねえな——と、エンペラーショタコンさんは姉さんの部屋に向かった。


「音論もリビング行こうぜ。僕はとりあえず顔洗って歯磨きしてから飯作りするけど」


「うん!」


 すっかり顔色が戻っていた音論は、リビングへ。エンペラーショタコンさんのギターが上手すぎて興奮したのだろうか、なんて思いつつ暖房をオフって、僕も部屋を出る。


 キッチンからリビングを見渡すと、姉さんも起きてきたらしく、洗顔歯磨きへ向かった。


「エンペラーショタコンさん、昨日姉さんと呑んだ?」


 キッチンから問いかける。


「ちょっとな」


 リビングからの返事。なるほど。じゃあシジミの味噌汁でも出してやるか。


 とりあえずメニューは、シジミの味噌汁とあと何にするかな……豚肉はまだ残っているけれど、朝からはなあ。


 朝と言ってももう昼前と呼べる時間だが、やっぱ寝起きから豚肉重いよな。僕と音論は問題ないけど、酒呑んだ姉さんたちにはキツいだろうし、どうすっかなー。


「うーむ」


 しばらく考えて、結局サバの塩焼き定食が完成した。


 誰も文句言うことなく、食べた。


「葉集、相変わらず料理うめえな! 俺様にもこんな弟欲しかったなあ!」


「あたしが手塩にかけて育てた弟だからね。そりゃある程度のことはやり遂げるし」


「なんで葉恋が偉そうなんだよ」


 と、姉さんとエンペラーショタコンさんが楽しそうにしていると、同じくサバの塩焼き定食を完食した音論は、なにやら変なテンションに突入していた。


「サバ……ジューシー……ジュワッとしてて、うへへ」


 なんだか飯食うたびに変なテンション見てる気がする。


 まあ、サバの塩焼きを気に入ったようで、なによりだ。


 全員完食したので、食器を片付けてから(今日は僕と音論で皿洗いした)、姉さんが自室から色々なメイク道具を持ってきて、テーブルに並べた。


「さあ、音論ちゃん! お化粧の時間だよ!」


 おいでおいで——と、手招きされた音論は、ローションの前に鏡を置いたテーブルの前に座る。まだローションあんのかよリビングに、って自分でも思うけど、片しても片してもテーブルのど真ん中に置かれてしまうのだ。


 しかし化粧か。メイクタイムか。


「……………………」


 ボケっと僕は見てて良いのだろうか。ダメな気がする。


 なので僕は一旦、部屋に戻ることにした。


 やることないし、とりあえず姉さんから貰った服に着替えて、さてどうしようか。


「おう葉集」


「エンペラーショタコンさん、ノックとかしようよ」


 姉さんの友達と言えば納得するけど、大人なんだからノックくらいしろよ感は否めない。


こまけえこと言うなって」


「まあ良いけどね。で、なんすか?」


「褒めてやろうと思って」


「なにを?」


「女の子が化粧してるとこを見ようとしなかったこと」


「見てて良いのかわからないから逃げただけっすよ」


「偉い偉い。ああいうのは見られてると嫌なんだよな」


「エンペラーショタコンさんでも、そういうのあるの?」


「お前俺様をなんだと思ってんだよ」


「ショタコンなんでしょ?」


「おいっ! 否定はしねえけど。あ、でもお前は守備範囲外だから安心しろよなっ!」


「守備範囲内って言われても困りますからね……」


「俺様は二次元中学二年生がツボなんだよ」


「聞いてない聞いてない。聞いてないけど、二次元中学二年って、ショタに含まれるの?」


「そう言われるとどうなんだろうな? 作品というかキャラデザによるとしか言えねえかな。ほら、作品によっては、社会人設定なのに見た目は男児だったり女児みたいな作品だってあるだろ?」


「じゃあショタコンではないのでは?」


「じゃあ俺様は一体なにコンなんだ?」


「知らないっすよ」


「まあ俺様がなにコンなのかはいいとして、お前の髪セットしてやるよ」


「は? なんでそうなるんすか?」


「葉恋はネロンちゃんを担当してるから、んじゃ俺様は葉集を担当してやろうと思ってな」


 こうしてワックスを持ってきた——と、どうやら自前のワックスを持参したらしく、僕に見せてきた。


「ウルトラガンロックエクストラハードワックス……?」


「マジでガッチガチに決まるんだぜ。このワックスを使えば、猫っ毛髪質でも丸一日はデスメタルヘアーをキープできる、最強のワックスってわけよ!」


「僕デスメタル目指してないからね!?」


「せっかくのファイナルだってのにデスメタらないのか?」


「デスメタらないですよ……」


「主導権は俺様にあるんだけどなー! あっはは!」


「じゃあ自分でやるっ!」


「じょーだんだぜじょーだん。ちゃんとセットしてやるから、こっち来て座れ」


「…………本当に?」


「本当だっての。嘘だったら五万やるよ」


「姉さんなら嘘ついて五万渡して来ますよ?」


「葉恋と一緒にすんなっての。俺様の財力は一般人だから、五万は大金なんだよ、んなことするかよもったいねえ」


 確かに。五万は大金だよな。最近二十万を使って金銭感覚がおかしくなってるけど、普通に大金だよな五万。


 ということで、大人しくセットされることにした。


「そうだエンペラーショタコンさん、借りてるエフェクターっていくらぐらいするんですか?」


「ん? なんだお前、あれ気に入ったのか?」


「うん、めちゃくちゃ使いやすいっす」


「ほほう、んじゃファイナル優勝したら、あれくれてやるよ」


「え、マジすか!?」


「構わねえよ。俺様はいくつか持ってるし、お前に貸してるやつは、ぶっちゃけあんま使ってねえしよ」


「じゃあ普通にくれればいいのに」


「それじゃ面白くねえだろ。それに葉集もよ、優勝したら貰えるほうがやる気に繋がるだろ」


「とっくに優勝する気満々ですよ、僕」


「言うじゃねえか」


「言うだけならタダですもん。余裕はないけどね実際」


「だろうなあ。ファイナリストのメンバー見たけど、結構インディーズで人気あるメンツ揃ってるしな。識乃しきのは識乃で、同人界の歌姫みたいなもんだしよ」


「うちのボーカリストも負けてないっすよ」


 他のメンツと比べると、確かにキャリアは圧倒的に不足しているが、リハーサルの歌いっぷりを間近で見た僕には、経験不足がハンデになるとは思えない。


 そもそもあんなデカい場所で歌うなんて他のメンツも初めてだろうし、大舞台への適応力なら音論はピカイチだろう。僕の作詞に見事に適応している時点でピカイチだと確信出来てしまう。


「はは、だろうな。ここまで来ちゃってるんだから、全然負けてねえ。そりゃ当たり前のことだ」


 うっしできたぞ——と、気づけば僕のヘアスタイルはキメッキメにセットされていた。キメッキメだけど、デスメタルヘアスタイルにされなくてちょっと安心した。


「ありがとうございます、エンペラーショタコンさん」


「おうよ。にしても今更だけど、うちのサークルから二人もファイナリスト誕生してるってすげえよなあ」


 確かにそうだな。言われてみればそうだ。


 姉さんのサークル『葉恋家ハレンチ』の宣伝になったりするんだろうか。


 いやでも、僕の名前がハグルマンじゃないし、サークルの宣伝にはならないか。糸咲さんにはなぜか歌詞だけでバレたんだけど、あれは糸咲さんが異常なだけとしか思えない。


 色ノ中が優勝したら、そりゃすごい宣伝になるかもしれないけれど、優勝は譲れない。


 そもそも宣伝なんかしなくても、姉さんのサークル普通に人気あるからなあ。


「めちゃくちゃ話題変わるけど、エンペラーショタコンさん、立ってギター弾くときヘッド立てる派? 寝かせる派?」


「俺様はギターによるかな。アコギなら立たせるけど、エレキなら寝かせるな」


 しばらくエンペラーショタコンさんとギターを話題に盛り上がっていると、姉さんがノックせずに入ってきた。


「おまたー! パーフェクト音論ちゃんが仕上がってしまったよー!」


 勢いよくドアを開けて、テンションが高い。


 とっととリビング来んしゃい——と、ノリノリの姉さんに連れられ、僕とエンペラーショタコンさんはリビングへ戻る。


「ど、どう……かな?」


「……………………おお」


 チャイナ風ドレスに身を包んで、お団子ヘア。


 頬には薄くチーク。眉毛も描いてあるのだろうか、くっきりしている。派手すぎないピンクの口紅が色っぽくて、何も言葉が出なくなってしまった。おお、しか言えない僕なんかだせえ……。


「変、かな……?」


「い、いや、いやいや、変じゃないよ、マジで!」


「ほ、ほんと? ファンデーションデビューしたの!」


 ファンデーション使ってたのか。普段から肌綺麗だからわからなかった。


「す、すげえ似合ってるよ……マジで」


「やった! えへへ、ありがとうございます、葉恋お姉さん!」


 音論の感謝に、親指をグッと立ててサムズアップで応えた姉さんはニッコニコである。相当満足した出来に仕上がったのだろうけど、姉さんよりも実は僕の方がテンション上がってる自信はある。


「な、なんか目も、いつもより大きく……なった?」


「あ、うん。カラコンデビューもした!」


「カラコンなの? 色は変わってないように思えるけど」


「同じ色で、瞳を大きくするやつなんだって」


 すげえなカラコン。それで上目遣いされたら僕死ぬかもしれない。


「目隠し巻くなら、まつ毛は落ちちゃうかもだったし、そもそも音論ちゃんまつ毛長いから、じゃあカラコンぶち込んでみよっか、ってやってみたらこれよ。いやああたしの見る目、自画自賛!」


「つーか葉恋、お前も普段からあれくらい気合い入れてメイクしたら良いのに。道具揃ってるんだしよ?」


 エンペラーショタコンさんの言葉には、僕もそう思った。


「は? 自分をメイクしても面倒なだけじゃん。あたしはマナーくらいの最低限のメイクで良いの。落とすの面倒だし、見せたい相手がいるわけでもあるまいし」


「あー、化粧落とすの面倒だよなあ、わかるよ葉恋。俺様も普段接客だからそれなりに化粧すっけど、帰るとダルいもんなあ。自分の髪セットすんのもめんどい」


「自分のセットするより、人のセットする方が楽しくない?」


「わかるぜそれ! 葉集のセット結構楽しかったわ!」


 彼氏なしの女子の本音ってやつなのだろうか、二人とも楽しそうだけど、はたから見るとなんか悲しいものがあるな。


「なあ姉さん、化粧してても食べやすいメニューとかあるか?」


「んー、気にしないで食べられるなら、小さめのひとくちサンドイッチとかになるかな?」


「サンドイッチか。よし、ライブ前に食えるものでも準備しとくか」


 そう言って僕はキッチンへ向かい、サンドイッチを作った。


 ハムチーズレタスサンド。タマゴサンド。ツナサンド。照り焼きチキンサンド。ポテサラサンド——と、五種類をサクッとサンドして、ひとくちサイズにカットしてから、ランチボックスに収納。


「お前なんか手際の良さが女子より女子だな」


 キッチンを見に来たエンペラーショタコンさんからの言葉。


「家でやらないんすか? 料理?」


「コンビニ弁当をレンチンで生きてるもんな俺様」


「コンビニ弁当も今は栄養面しっかりしてますからねえ」


「ぶっちゃけ、手料理なんて今日久しぶりに食ったぞ」


「僕はサバ焼いただけだけどね」


「味噌汁もあったろうよ」


「シジミで出汁とった汁に味噌溶いただけでしょ」


「なんでクールぶってんだよ」


「別にクールぶってませんよ。やれば誰でもできるって言いたいだけですよ」


「誰でもできるかもだけどよ、率先して誰もやりたいとは思えねえだろ」


「僕は料理嫌いじゃないんで、全然普通ですけどね」


「可愛くねえなー、お前」


「一応男なんで可愛くなりたくないですもん」


「改めて葉恋の弟って感じするわあ」


「そりゃどうもっす」


 あの天才姉の弟だと認識してもらえるなら、それはそれで光栄だ。


 リビングに戻ろうとしたら、姉さんもキッチンへ来て、何かを取り出した。


「葉集、これも持っていきなさいよ」


 ほい——と。そう言って渡してきたのは、ストロー。


「口紅してるとその方が飲みやすいから、何本か持っててあげな」


「わかった。ありがとう姉さん」


 受け取ったストローもランチボックスに収納。


 リビングに戻り、準備万端である。


「よーし、じゃあそろそろ出発しよっか」


「いや姉さん着替えろよ」


「じゃああたしが着替えたら出発しよっか!」


 時刻は一時ちょっと過ぎ。ちょっと早い気もするが、年末休みになって渋滞も予測して早く出るのは悪くない。


「よーし、出発するよー!」


「いや姉さん、寝癖なおせよ」


「…………よし、寝癖なおしたら出発だ!」


 なんか、この姉の将来が心配になってきた……。

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