9


 果たして太陽と歌詞完了、どちらが早かったのかわからないまま、僕は朝を迎えた。


 一睡も出来なかったけど、眠気は達成感でかき消されているのか、普段の朝よりも清々しいとさえ感じてしまう。


 朝風呂をして朝ごはんを食って、まだ寝ている姉さんの朝ごはんにはラップをしてから、少し早めに外に出ることにした。


 音論の自転車も持って、エレベーターに乗る。


 マンションから外へ出ると、早めに出たはずなのに音論が走ってくるのが見えた。朝からあまりエネルギー消費をすると心配になるが、まあ昨夜しこたま食ってたし、余った唐揚げもテイクアウトさせたので、今日は平気だろうか。


「おはよーう!」


「おはよう音論、早いな」


「えへへ……自転車楽しみすぎた!」


 自転車を渡すと、さっそく跨った。


「サドル位置、平気か?」


「うん! ちゃんと足届く!」


 折りたたみなのでコンパクトだが、音論は身長が高い方でもないので、サイズ感も丁度良さそうだ。


「あ、そうだ音論、これ」


 そう言って僕は制服のポケットから折りたたんだ紙を渡す。印刷したての紙である。


「おお、ほんとに一晩で完成したんだ!?」


 音論は歌詞を読みながら、自転車から一度降りた。


「まあな。今回は最初からフルサイズだから、歌詞を覚えるのも大変だろうし、印刷してみた」


 いつもは仮歌を聴いて歌詞を覚えている音論だが、朝までに仮歌は間に合わなかったので。


「ありがとう! うおお、なんかこうして歌詞だけ見ると、早く聴きたくなるし歌ってみたいっ!」


「仮歌は今夜送るよ」


「うん! でもなんだか、今回の歌詞ちょっと可愛いかも」


「そうか? 我ながら女の子に歌わせるにはなかなかえぐいと思ったんだが」


「そうかな? ほらここの、ダンスホールのライトを独占、舌ペロ決めて許してにゃん——とかすごく可愛いよ?」


「歌詞だけ言葉にされると……異様な恥ずかしさがあるな」


「曲名は葉集くんっぽいけどね、ふふふ」


「曲名は……ノリだな」


 作詞完了してから付けたから、もはや徹夜明けテンションで曲名決めちゃったし……。


「セクシャリーダンスパーティー!」


「やめてくれ、恥ずかしくなるっ!」


 穴があったら入りたいけど穴なんてないから、じゃあ穴を掘るところから始めて、それでも入りたいと思えるくらい恥ずかしい。


「そろそろ学校行こうぜ!?」


「えー、まだ大丈夫だよー?」


「いじめかっ!?」


「えっと……意地悪しても許してにゃんにゃんおねだり」


「わざわざ歌詞から言葉を探さないで……っ!?」


 くそう……音論の声でにゃんにゃん言わせたい願望を抑えられなくて書いた歌詞が、まさか朝っぱらからこんなに僕を辱めるなんて、とんでもなく自業自得だ。


「印刷して渡した歌詞、奪い取りたいくらいだ……」


「奪いたいならここにエントリー」


「歌詞読むのやめよう!?!?」


「にひひ〜」


「もうほら……学校行くぞ!」


「はーい!」


 でも、僕の書いたえぐい歌詞で、ここまでノリノリになってくれるのは、それはそれで嬉しかったりするのだから複雑である。



 ※※※



「……また朝やん」


 朝に絶望すんの生涯何度目や——と。ベッドに入ったまま、糸咲奇王は呟いた。


「失礼します、糸咲さん」


「いよいよノックなしで入ってくるやん、旗靼はたなめちゃん」


「一昨日、寝たふり作戦にスケジュールが狂わされたので」


「寝たふりちゃうわ。ノックで起きて、その後に俺は寝とんねんもん」


「ノックで起きても返事がなかったらノックで起きたとは言えません」


「俺、最近思うねん……なんで働くんやろって」


「生きるためです。判明して良かったですね、早速お仕事に入りましょうか」


「俺の扱い方が日に日に雑になっとる自覚ってあったりするん?」


「ありません。私はきちんと接しております」


「ほんま、俺に厳しい女の子やんな、旗靼ちゃん」


「女の子と呼ばれる年齢はとっくに過ぎていますけども」


「ええねん、女の子はずっと女の子でええやんか」


「糸咲さんがそれで満足ならば、私は構いません。では早速お仕事を始めてください」


「……鬼。いや、寝起きよーいドンで曲作りしろっちゅーんは、鬼超えとるで?」


「うちの会社に『シンデレラプロジェクト』の企画を持ち込んで、うちが出資する条件なのですから、守っていただかねば契約違反になりますよ」


「わかっとる。やりますやりますー」


 糸咲は渋々、ベッドに入ったまま、ノートパソコンを立ち上げる。


「ひとつ聞いてもよろしいですか?」


「なんや?」


「なぜうちの会社に企画を持ってきたんですか?」


「んなもん当たり前やんけ。レコード会社でも最大手。数多くの有名アーティストが所属しとるボンベックスさんに持っていかんと、どこに持っていくっちゅーねん」


「はあ……?」


「なんやねん、信じとらんの」


「いえ、確かに我が社は大手ですが、それで糸咲さんの仕事量と割に合うのか疑問が残りまして」


「企画通してもらう代わりに、俺が二十曲をおたくさんのアーティストに提供する。むしろ譲歩してもらえたほうやないん?」


「そうでしょうか……糸咲さんならば、うち以外の大手にも持っていけたと、そしてそちらに持っていけば、少なからず糸咲さんの仕事はここまで過酷にならなかったのでは?」


「せやなあ。せやけどそれじゃあかんねん」


「なにがでしょうか?」


「今回の『シンデレラプロジェクト』は、お披露目会にしたいねん」


「お披露目会?」


「せや。おたくさんとこの会社だけやのうて、他のレコード会社にも出資を貰うことができたんは、まずもってボンベックスさんのネームバリューのおかげやねん。最大手が噛んどるなら、信頼度爆上げやろ?」


「なるほど。そのために、自分を犠牲に」


「そういうわけともちゃうんやけどね。自己犠牲なんてしとるつもりないし、今回のことでボンベックスさんと太いパイプも確保できた。それが案外、一番の見返りみたいなもんやな」


「そうですか。私はボンベックス社員ですので、ありがたいと思いますが」


「俺も感謝しとるよー。旗靼ちゃんみたいな可愛い女の子と一緒に仕事できるん楽しいねんから」


「それは光栄ですね。でも仕事は減りませんよ」


「…………わーっとる」


 カチカチとタイピングの音が室内に響き、しばしの静寂。


「それで、お披露目会とは?」


「あー、せやから、レコード会社が若いアーティストを見る機会やね」


「それは現代ですとネットが充実しているので、そこで探せるのでは?」


「ネットで有名な人に限られるやろ。知られとらんアーティストの中には、世の中にめちゃくちゃ解き放ちたい才能がたくさんおんねん。サルベージせえへんレコード会社さんがそれを見つける場所は、こういったところを用意せな、発見できへんやろ」


「案外優しいのですね」


「せやろー、旗靼ちゃんよりかは優しい自信あるわな」


「………………………………………………………………」


「めっちゃ黙るやん」


「で、糸咲さんの言う、世の中に解き放ちたい才能は見つかりましたか?」


「ヨーグルトネロンと色ノ中いろのなか識乃しきの。あの子らはこのコンテストで世に解き放たれるで。どちらがシンデレラを獲ったとしても、まず間違いなく」


「色ノ中識乃さんが解き放たれるというのはわかる気がしますが……」


「ヨーグルトネロンは旗靼ちゃん的に微妙なん?」


「曲に偏りがありすぎて、売れるかと聞かれたら、はい」


「そういや旗靼ちゃん、二次のヨーグルトネロンの曲聴いとらんやろ?」


「切ない曲ですよね。審査に送られてきた音源なら、私も耳にしました」


「どうやった?」


「そうですね……切ない曲と指定されて、あの歌詞書いたことは素晴らしいと思います。ですが仮にデビューした場合、ちょっとアンチが心配になりますね」


「あーせやなあ。そういう心配もあるわなあ、レコード会社さんからしたら」


「はい。アンチに叩かれる未来が想像できてしまうんです」


「けどあの子ら、売れるで」


「そうでしょうか。曲を作る能力は評価できますが、ボーカルの経験が浅過ぎる感も否めません」


「んなもん、どうとでもなるわ。この先経験積めばええし、なんやったらファイナルで化けるかもしれへんやろ」


「いきなりのライブ形式。プレッシャーに潰されなければ良いですが」


「それも経験や。潰されたら潰されたで、ええ経験になる思うで」


 ボーカルがまだ弱い。先に挙げた色ノ中識乃と比べたら、歌唱技術はまだまだである。しかしそれは同時に、伸び代があるのだ。将来的に色ノ中識乃の域まで届く、あるいはそれ以上になる逸材だと糸咲は考えている。


 そしてその片鱗は既に見せている。


 糸咲は個人的に視聴した『ヨーグルトネロン』の楽曲から、その片鱗を感じ取っている。


「二次の曲、フルサイズ聴いてへんねやろ。ちょっと聴いてみ。奇妙な体験できる思うで」


 ほれ——と。糸咲からヘッドホンを渡された旗靼は、大人しくそれを装着。


 糸咲はパソコンからヘッドホンへ、ヨーグルトネロンの動画サイトから楽曲、二次審査に送ってきた『なのに泣けない』のフルサイズを再生する。


 数分聴き入った旗靼に、糸咲は問うた。


「気持ち悪いやろ?」


「はい……なんですか、この感覚……」


「共感出来へん歌詞やけど、異様に切ないことは伝わるやろ。それはネロンちゃんの独特な息遣いと共感ガン無視の切なさだけに極振りした歌詞、そして作曲編曲。それらが見事に混ざり合っとるからできんねん」


 共感できない歌詞を、さも共感できてしまうように思わせる擬似的な共感——それが現状『ヨーグルトネロン』真骨頂とも言える魅力であり、糸咲はそれを推しているのだ。


「気持ち悪いと言いますか……心地良いと言いますか、表現が難しい感覚ですね、これは」


「せやねん、俺も初めてフルサイズを聴いたとき、同じようなこと思ったからようわかるよ」


「二番からの歌詞でさらに切なさという暴力を振るってくるみたいな……そんな感じでした」


「ヨーグルくんのワードセンスもなかなかやろ。やばない? これで現役高校生なんやで?」


「…………たしかに、フルサイズで聴いてしまうと……アンチの懸念は残りますが、少し楽しみかもしれません」


「な?」


「歌詞って動画サイトに掲載されているんですか?」


「あるで。ちゅーか、俺が印刷したやつがあるわ」


 そう言って糸咲は、ベッドサイドに置いた鞄から、紙を取り出し、旗靼に渡す。


 受け取った歌詞をじっと見つめ、彼女は呟く。


「…………面白いですね」




アーティスト名『ヨーグルトネロン』

曲名『なのに泣けない』(フルサイズ)

作曲・ネロン

作詞編曲・ヨーグル



いつもの音が聞こえる 廊下を走るキミの足音

いつもの声が聞こえる 教室で笑うキミの声だ


わたしはキミを知っている いつもキミを見つめているよ

ねえ知ってる 知らないでしょう キミが好きなんだって知らないよね


今日も音は届かない わたしの鼓動は届かない

今日も声は届かない 発しても発しても キミは振り向いてくれない


どうしてどうしてどうして ねえ答えてよ


叫んで叫んで叫んで叫んで叫んで叫んで 喉が裂けるほど叫んでもキミは知らんぷり

正面に立ってもわたしを見ない見てくれない キミはどこを見ているの


それすらも教えてくれないんだ ねえなんでイジワルするの

やだよ つらいよ 寂しいよ

わたしの目を見て わたしの声を聞いて わたしに笑顔を見せて欲しいのに キミはまた こっちを見ない


キミの世界にわたしは居ないんだ どうしてなの教えてよ

痛いは好き でもつらいは嫌なの ごめん謝るから 構って欲しいだけなのに……ああ そっか


わたし死んでた



いつもの音に耳を塞ぐ 足音が今はとてもツラくて

いつもの声に耳を塞ぐ 笑い声は聞きたくないから


この気持ち 楽になるにはどうすればいいの 答えはない

当然だよね だってわたしは死んでるんだから 返ってくることはないんだ


泣けない泣けない 泣きたいのに もう泣けない

感情はある 心はある ないのはカラダ ああ死にたい

でも死ねない もう死に終わってたから 終われない


終わりのないわたしはどこへ向かうの

自問自答を繰り返して虚しくなって 不貞腐れて

眠ることもできないわたしは 一体なんなのかな


キミを見つめて キミを愛して キミがいるからこんな気持ちを知ったんだ じゃあキミがいなければ わたしは楽になる


ああ キミがいなければ良かった キミも死んだら話せるのかな わからないけれど じゃあ死んでくれたらいいのに

一人はツラくて 楽になりたいわたしのわがまま 聞いてくれるかな……ねえお願い


キミは生きて



叫んで叫んで叫んで叫んで叫んで叫んで 喉が裂けるほど叫んでもキミは知らんぷり

正面に立ってもわたしを見ない見てくれない キミはどこを見ているの

泣けない泣けない 泣きたいのに もう泣けない

感情はある 心はある ないのはカラダ ああ死にたい

でも死ねない もう死に終わってるから 終われない


ごめん嘘 本当は終わりたくない これもわがままなんだよね だって終わるのは怖いの この気持ちはね……ああきっと


生きた失恋

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る