人生を賭けて性癖を暴露していく覚悟はあるか
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「やべえ。マジかよやべえ、突破したじゃん二次。マジかよやべえな」
夏休みに突入し、僕は夏休みらしい学生生活——つまり外出をせずに家にいることを満喫しながら、リビングで麦茶を飲みつつ、届いたメールで二次通過の通知を確認していた。
相変わらず突破している事実を客観的に見てしまう。
いや、
「つーか、二次の発表が一次の時より遅めだなと思ったけれど、そうか、三次以降のスケジュール管理ってことなのかな」
学生である僕は夏休みに突入したが、学生を対象にしたコンテストじゃないから、社会人にも対応できる日程になってるんだな、今更だけど。
三次は二週間後。期限が二週間ってことも延ばしてくれると助かるんだけどなあ。
にしても……次の課題マジかよ。
「シュガーソング……か」
『甘い歌詞』指定……いや前向きに考えるなら、夢ソングとか応援ソング指定じゃなくて良かったと考えるべきか。
そう思えば二次の『切ない』指定よりは楽……じゃねえな。うん全然楽じゃねえ。
「甘いってなんだよ畜生!」
にしても、結構人数減ったな。速報サイトに突破したアーティスト名が発表されてるから一応確認してみたけれど、一次通過は五百くらいだったのに、二次通過は一気に絞られて二十五まで減った。
この二十五のアーティストから、次で五まで減るのか。
その一桁に残れるかは、ここからの二週間次第……二週間かあ。
「でも、なんだろうな……この期限が迫ってくる緊張感、ちょっと楽しいんだよな」
「それはドMだね。あんたやっぱりMなんだ」
「リビングに急に現れて、弟をM認定するのやめてくれないかな、姉さん」
「夏休みなのにあんたどこも行かないで家にいるけど、友達いないの?」
「友達はいるよ。金持ち過ぎて、海外で優雅に過ごしているみたいだけど」
夏休みに入ってから、たまに馬島くんから写メが送られてくるのだ。グアムからハワイに移動したセレブめ!
「あー、確か
「そう……」
その
三次は二週間後で、対面審査。
「どうにか、アイツに遭遇しないタイミングで審査会場に入って、遭遇することなく帰宅できるといいんだけど」
「めっちゃフラグじゃん、その呟き」
「やめろよ姉さん、姉さんがフラグって言ったことで、フラグとして成立しちゃうかもしれないだろ、不吉なこと言うなよマジで!」
「凄いねえ、その建設力。自分でバリバリ不吉フラグを建設して、自ら追い詰められることを望むなんて、完全にドMのやりくちじゃんよ」
「実の姉にドM認定されるの嫌なんだけど」
「でも、そういうドMな人間は、案外クリエイター向きだと思うよ。締め切りにゾクゾクしながら書く作家とか結構いるよ? 担当編集に
「担当編集に怒鳴り散らされて書いてる姉さんにドM否定の説得力があると思うなよ」
「大人なのに怒鳴るなよ、器の小さいやつめ! って言いながらシクシク泣いて書いてるんだから……」
「じゃあ締め切り守れよ」
「締め切りを守るなら、あたしは家族を守る!」
「姉さんに食わせてもらってる僕からすれば、締め切りを守ることが家族を守ることに繋がっているんだが」
「大丈夫大丈夫。締め切りってね、必死に守っても入ってくる印税は変わらないんだから。締め切り守ったボーナスとかあれば、あたしも守るんだよ? 貞操のように守るんだよ?」
「弟に貞操とか言って恥ずかしくないの?」
「これでもガードはダイヤモンドだからね」
「嘘つけよ」
普通に考えて、ガードがダイヤモンドのやつは、リビングにローションとか電マとか放置しないだろ。
「つかなに? 飯の要求しに来たんじゃないのか?」
木曜日午後二時。昼は過ぎてるけれど、僕も姉さんも起きるのが遅かったので、朝からなにも食っていない。
「それもあるけど、二次突破おめでとうって言いたくてね。おめでとう」
「ありがとう、速報サイトで見たのか?」
「そそ。今日が発表だって聞いてたし、突破したらお祝いする約束したしね」
「ほほう、それはありがたいな。じゃあ昼飯食いに行くのか」
「それでも良いけど、食べにいくのは夜にしよ。
「わかった、連絡しとく」
「なんなら今から来れないかな? 音論ちゃん。聞いてみて」
「今から? なんで?」
「お祝いご飯の前に、買い物行きたいの。次の三次は対面審査なんでしょう」
「そうだけど」
「じゃあ買いに行くよ、服!」
「えっ……普段着でいいじゃん」
「ダメ! 対面で審査されるのは、歌だけじゃないんだから、たぶん。審査されに人前行くんだから、きちんとした格好しないと失礼でしょ」
まあ……うん。
姉さんの言うことはもっとも。もっともなんだけど、普段だらしない姉さんが言うなよ感が否めない。
でも、そういうことを言える姉さんは、しっかりした大人だなと思える。
とりあえず音論にメッセージを送信しておこう。
「でも、いいのか姉さん。そんなに出費させて」
「こらこら社会人なめんな。締め切りは守らないけれど、売り上げはキープしてるんだから」
「今更だけど、官能小説ってそんなに売れるの?」
あまり売れてるイメージがないんだよなあ。姉さんの本とか読んだことないし。読みたくないし……姉のエロ妄想の一冊とか死んでも読みたくない。
「業界としては、常に横ばいって感じじゃない? そりゃ人気作家はそれなりに部数を伸ばせるけれど、なかなかそこにたどり着くのは難しいよ」
「じゃあ姉さんって、普通に凄かったんだな」
いやまあ、姉さんの凄さは理解しているが。
小さい頃からずっと、僕の上位互換だと思っているし。
「うーん、あたしの場合、スタートダッシュをかますために、若干卑怯なことしたからね」
「なにしたんだよ……」
「高卒と同時にデビューできたから、それを利用して、宣伝したんだよ。わかりやすく言っちゃえば、高校卒業したての若い女が書いたエロ小説読みたくない? って感じにSNSで宣伝した。デビュー作持ったあたしの写真と一緒にね」
「マジかよ、勇気あるな!?」
「当時は超不安だったけどね……これで売れなかったら、女として無価値になるううぅ……とか考えて不安だったよ。幸い売れたから良いスタート切れて、今もキープしてるんだけどね」
あたしという素材が良かったから——と。気持ち悪く身体をクネクネさせる姉さん。うぜえ。
「でも人間は老けるし、いつまでも通用しないから、そろそろ次を考えてるところ」
「次?」
「そ。今ラノベを勉強してる。あとサークルメンバーで会社やろうとか話もしてるよ」
「なんか色々進行してるな、忙しいんじゃないか?」
「それなりにね。でも楽しめる忙しさなら苦痛にはならないし、それで食べて行くつもりだからモチベも下がらないよ」
「そっか、姉さんが楽しいなら、問題ないな」
「あんたも楽しめる仕事見つけたみたいだし、姉として安心してる」
「仕事って呼べないだろ」
「でも、仕事にするつもりはあるでしょ」
「食っていけるか不安しかないだろ、僕の作詞能力じゃ」
「あんた、編曲の才能あるよ。歌詞も書けるし、サークルでも評判良いんだから『ヨーグルトネロン』の曲」
「それは身内贔屓みたいなものじゃないのか? 僕もサークルに関わってるし」
「クリエイターが贔屓で評価をしない生き物ってわかってるっしょ」
「……照れる。くそう」
次にサークルの人に会ったら、照れてしまう。
照れてしまうけれど、姉の前で照れるのも馬鹿らしい。
「あ、そうだ姉さん、サークルのイラストレーターさんで予定空いてる人いるかな?」
「確認してみないとだけど、イベント終わったばかりだから、そこまでキッツキツにスケジュール詰まってはいないと思うよ。なんで?」
「『ヨーグルトネロン』のアイコン依頼しようと思って。SNSと動画サイトで使いたいからさ」
「あーなるほどね。あんたらのアイコン、なんで食パンの耳を皿に並べた写メなの? 不思議過ぎない?」
「音論に任せたら、あれしか撮れるものがなかったんだって」
ワンチャン映える——と、音論の言葉を信じて採用したけれど、映えなかった。残念だ。
「ロゴにするの? それともイラスト?」
「姉さん的に、どっちが良いと思う?」
「あたし的には、うーん……イラストかなあ。目隠しした二人のイラスト。てかアーカイブで視聴したけど、葉集結構ああいうの上手いじゃん」
「コメント貰えてなかったら詰んでたけどな」
アイコンはイラストか。姉さんのアドバイス通り、それでいくか。
もちろん、最終決定は音論に相談してからだが、仮採用としておく。
「つーか音論から返事来ねえな」
スマホを確認してみると、既読はついてる。
でも返事は来ていない。バイトは休みと聞いてるから、なにか忙しいのだろうか——と。スマホを眺めながら考えていたら、返事が来た。
地味に恥ずかしいのは、開いたままで受信しちゃったから、音論のスマホには送った瞬間に僕の既読がついたんだろうな……なんかずっとスマホ開いて待ってたみたいで恥ずかしい。
とまあ、若干の恥ずかしさを感じながら、届いたメッセージに目をやる——着いたよ!
着いたよ?
「着いたらしいよ、音論」
まさか返信する前に家を出発していたとは……そんなにお祝いが嬉しいんだろうか。
「んじゃ、あたしらも出よっか。あんた着替えて来なよ」
「姉さんこそ服着ろよ」
今更だけど、姉さんはぴっちりしたティーシャツと下着で、僕はティーシャツとジャージズボン。
僕の格好の方がマシだな。
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