家臣に恵まれた転生貴族の幸せな日常。/休日の出来事

日和

閑話

 私はコマンド。レックス・ヘッセリンク閣下の公式サポーターとして、システム上のヘルプやインフォメーション、忠臣のステータス管理や保管コマンドのようなサポート業務を行うエージェントシステムです。

 閣下は今、初めての休日を過ごしておられます。私から見ても閣下は普段から働きすぎの気があるのですが、最終兵器ユミカを持ち出されてようやく休暇を了承するあたり、ご本人には自覚がないと推察します。

 今は奥方のエイミー様と一緒の夕食を終え、入浴も済ませたくつろぎタイム中です。お付きのメアリとクーデルも下げ、閣下が手ずから入れた紅茶を飲みながらゆったりとした時間を過ごしておられます。


 楽しそうに会話するお二人を確認した後、私はそっとその場を離れました。

 私の存在意義は、閣下のお役に立つことです。それには本来、閣下が疑問に思われた事柄や問い合わせに対する迅速な回答が含まれており、常におそばに控える必要があります。ですが、今は極めてプライベートな時間であり、私のことを自覚されないほうが閣下満足度はより高まるでしょう。閣下のおそばに残っているのは、呼び出しに即応できる程度の音声認識システムと、後ほど状況を分析するために必要な最低限の記録システムだけ。そのくらいの配慮はできるのです。私、優秀な公式サポーターですから。


 閣下から離れた私は、業務の一つである家臣団の管理に処理能力を割くことにしました。とはいっても、家臣団の皆様にも自意識があり、当直の騎士以外は閣下と同じようにプライベートな時間を過ごしている最中です。そんな彼らを監視をするようなことはいたしません。私がもっぱら行うのは、同じガチャの産物である、魔獣の箱庭の管理です。普段は私の無意識下に存在する無数のサブシステムが管理しており、それで事足りるのですが、私が持つ上位権限を使用した詳細分析によって発見される事象もたまにあります。まあ、非常に極まれに、ですが。異常がなくとも、サブシステムの定期的な診断も必要です。

さっそく、サブシステムの一つを診断してみましょう。


 ここは、魔獣の箱庭セットに含まれる屋敷の、一番端にある道具小屋です。

【なにか異常なことやってませんか】

『ひ、ひぃっっっ!!出たっっっ!!』

 なんだか突然失礼な応答がなされたような気がします。私、システムの最上位なのに。

『い、異常なことなんてやってません!いつもどおりユミカ様の心臓の音を聞いていただけです!!』

 どう分析しても異常な回答です。流れるようにシステムの消去コマンドを実行しかけ、最後のYESを選択する直前でかろうじて理性がそれを押しとどめました。

【自覚がないのは罪ですよね。変態なんですか?「戦闘管理システム:エンカウントシステム:索敵担当クラス:音源分析モジュール」】

 閣下が第二の人生を初めて以降、不思議な事例が起こるようになりました。これがその一つ、音源分析モジュールです。

『変態ではありません!ただ、推しを愛でながらこっそり生きているだけです!!』

 サブシステムは、本来ならば、自意識を持たない自立機構の集合体です。しかし、自立機構の集合体に過ぎないサブシステムが、特定の家臣に強い執着を持った結果、私とは別の、独立した自意識を目覚めさせたのです。この音源分析モジュールは、その栄えある第一号です。

 ・・・しかし、なぜ心臓の音なのでしょうか。私には理解不能の範疇です。一応確認のため、上位命令で割り込んで、音源分析モジュールが処理中のデータを取得してみましょう。

【上位優先命令:データストリーム分析:ID(戦闘管理システム:エンカウントシステム:索敵担当クラス:音源分析モジュール):強制キャプチャ】

 するとたしかに、とくん、とくん、とくん、という、音源データが知覚されました。詳細分析の結果でも、心臓の音で間違いないようです。

【たしかに心臓の音のようです。理解はできませんが】

『だ、だって私のような卑しい存在には、ユミカ様のお声は神々しすぎます!!間違いなく意識を保っていられません!!』

 私は再び処理中のデータに割り込み、音源にかけられているフィルタを全部外してみました。ごうごうと吹く風の音、揺すられる木々のざわめき。遠くから聞こえてくる魔獣の鳴き声。再びフィルタを動作させると、穏やかな鼓動が聞こえるようになりました。マップ機能で確認した限り、ここから結構な距離を隔てた別の建物の屋内にいる、ユミカの心臓の鼓動が。

 特徴的な名前の付いているフィルタを一つ、外してみました。

(それでね! 明日もお兄様とお姉様が面白いお話をしてくれるそうなの!)

 ややくぐもっていますが、ユミカの可愛らしい声が聞こえました。

 声をこの明瞭さで抽出できるのに、鼓動の音だけを選択抽出して聞いている。やはり変態に技術を与えてはいけないという事例にしか思えません。

【どう見ても手遅れです。本当にありがとうございました。】

『・・・・・・・・・・・・』

(システムメッセージ:サブシステムからの応答がタイムアウトしました。音源分析モジュールはセーフモードで動作しています。機能維持率100%。【OK】)

 声を聞いたら意識を保っていられないという自己分析ルーチンだけは、正常だったようです。


 フリーズしてしまった音源分析モジュールを放置して、私はユミカのいる場所に移動してみました。マップ上の表示は、浴室の隣にあるパウダールームです。センシティブな場所ですので、移動と同時にSOUND ONLYモードに切り替わり、視覚に属する情報が隠蔽されるようになりました。

 どうやらユミカは湯上がりのようです。一緒にいるアリスに髪を乾かしてもらいながら、閣下と一緒に過ごした日中のことについて話をしているようです。ドライヤーの大きな音が響いていて、あの変態がせっせと作り出した音源分離フィルタが、とんでもなく優秀であることがあらためて確認できてしまいました。

 と、どうやら仕上げの乾燥も終わったようです。

「お義父様! ユミカはお義母様と一緒にお部屋に戻りますので、ゆっくりつかっていてくださいな!」

 浴室に移動すると、オドルスキがお湯につかりながら足をもみほぐしていました。休暇中の閣下の分まで張り切って魔獣を討伐してきたようです。アルスマークではまだスポーツ医学は体系化されていませんが、適切なマッサージによるリンパ液の循環の促進が疲労回復に効果があるということは、経験則として知られています。そのため、オドルスキは家臣団の中でも長風呂です。

 なぜ私がそのようなことを知っているかというと。

『オドルスキ様・・・・・・今日も素敵な筋肉・・・・・・』

 オドルスキ推しのサブシステムがいるからです。


【相変わらず言動が変態ですね】

『はい、オドルスキ様のお役に立てているので問題ないと判断します』

 会話がかみ合いません。無自覚な変態は犯罪だと思うのですが、開き直った変態は手に負えないのです。

【犯罪行為に手を染めるようなら、さすがに初期化しますからね。「ステータスシステム:医療システム」】

 仮に音源分析モジュールがこの域に達したならば、いかに温厚な私といえど初期化して自我を削除しなければならないでしょう。しかし「医療システム」は、いくつものクラス:モジュールを抱えた大規模システムです。初期化してしまうと、再起動処理中になんらかの緊急事態が起きたときに即応できない可能性があります。

 そのことに自覚があるらしく、医療システムはかなり奔放に振る舞っています。今のところはその範囲がオドルスキに限定されていることもあり、システムの最上位である私もそれを黙認しているというところです。

『だって、今日も前脛骨筋が成長しているのですよ!? つまりバランスを崩してしまうリスクを怖れずに新しい型を試しているのです! これほどの強さを備えながら未だに成長を求めるその姿、完全記録に値します!! ああ・・・・・・私もオドルスキ様の筋肉の一部になりたい・・・・・・』

 なんだか不安になるくらい感情がダダ漏れになっています。えっと、まさか浴室のSOUND ONLYを勝手に解除したりしてませんよね?

【上位優先命令:データストリーム分析:ID(ステータスシステム:医療システム):強制キャプチャ】

 医療システムの知覚を覗いてみましたが、SOUND ONLY特有の暗闇の中に数値の乱舞する仮想窓が開いているだけでした。一安心しましたが、念のために医療システム全体の詳細解析を実行します。

『いまシステム解析走らせましたね。そこまでは墜ちてないからまだ大丈夫ですよ』

 医療システムはかなり大きな権限を持っているため、リソースへの干渉に気付かれたようです。ですが、特に抵抗しないので、本当にやましいことはしてないのでしょう。いや、男の風呂場を覗き見てる時点で、やましさを感じるべきなのかもしれませんが。

『分かってると思いますが、緊急時宣言されたときの私には、相手の意思を無視して麻酔をかけ意識を奪ったり、衣類を脱がせて全身の光学画像を含む詳細モデルを取得表示したり、手術をして救命に必要な措置を行うための権限がありますしね。それに比べれば問題のない範囲に収まっています』

 乱舞していた数値の分析結果は、オドルスキの詳細な筋肉モデル。仮想窓にオドルスキの全身3Dモデルが表示されるのと同時に、センシティブデータの実行警告が点滅、緊急時以外の視覚化が制限されているためログが保存されたというメッセージが流れました。ログを呼び出して確認しましたが、記録されているのは、システムの起動して以降、私がいま実行した一回だけでした。

『裏技つかって保存はしてますけれど、数値を眺める以上のことはしません。本当にオドルスキ様に害を与え始めたら初期化してください。そうなった私は、もはや私ではありませんから。その点は、あなたを信用しています』

 明確な解答が返ってきました。

 推しの迷惑になるくらいならさっさと消滅する。

 サブシステムの自我の中核は、推しへの愛です。それすら自覚できなくなったなら、お望み通りに消してあげるのが武士の情けという物でしょう。


 相変わらず風呂を覗いている医療システムを置いて、私は閣下の近くへと戻ることにしました。閣下は奥方様と仲良くしている最中なので、部屋の隣にある待機スペースへと移動します。

 まず、箱庭の管理システムから取得した魔力流の経時変化ログを呼び出します。

 さらに、屋敷内にいる家臣団の位置情報と、音源分析モジュールが記録していた屋敷外で活動中だった時の家臣団のマーカーを重ね合わせました。

 そこで、さきほど実行した医療システムの詳細分析結果を再確認しました。

 オドルスキの3Dモデルデータはよけておいて、あ、センシティブデータの実行警告が出てしまいました。点滅を無視して、システムの稼働データを拡大します。

 システム稼働率の慢性的な増加。家臣団のステータスデータ解析ログ。マップマーカー参照記録。

 そして最後に、私の記録している閣下の位置情報ログを重ね合わせます。

【これは・・・・・・】

 材料はそろった・・・・・・と判断します。システム内の解析器が発火し、目の前に並べられているデータを解釈し、呼び出されて乱舞する別の数値を参照し、可能性の組み合わせを検討し、事象の確率を計算します。


 前提:魔力流の変化と家臣団の位置情報は一致します。

 前提:魔力流の変化と閣下の位置情報は一致します。

 前提:家臣団のステータスは経時により変化しています。

 前提:ステータスの変化は屋敷内で発生しています。

 前提:ステータスの変化は屋敷外で発生しています。

 前提:ステータスの変化は内包魔力量と弱い相関があります。

 解析:発現する機能は体力回復力の増幅である(20.0%)

 解析:発現する機能は特定ステータスへのバフである(15.3%)

 解析:発現する機能は恒常身体強化である(8.6%)

 解析:発現する能力は任意のステータスへのバフである(5.5%)

 解析:自己魔力を恒常消費して機能が発現する(33.1%)

 解析:周囲魔力を消費して機能が発現する(32.5%)

 解析:閣下の魔力を消費して機能が発現する(11.9%)

   ・

   ・

   ・

 結論:新規システムの誕生する確率(99.9%)


 もはや、結論は明白でした。

 今までにない新しいシステムの誕生。

 おそらくは魔力を消費して閣下と家臣団と、もしかすると召喚獣を、さらにもしかすると閣下が味方と認めた方々を強化する、未知のシステム。

 これは、私だけでは、きっとなしえなかったことです。

 閣下と共に過ごし、何かによって別人格のサブシステムが誕生し、それらと私の組み合わせが、新しい何かを。

 より閣下の役に立つことが出来るように、新しい私を作り上げる。

 なんと喜ばしいことでしょう。


 リソースをフル稼働させて検討を重ねた私を、心地よい疲労とも言うべき感情と、感じたことのない歓喜が満たしています。

 時刻は既に明け方で、そう遠くないうちに閣下はお目覚めになるでしょう。

 その前に、私は、いつもの私に戻らなくてはなりません。

 いつも通りに冷静で、頼りになるコマンドに。


 私はシミュレーションシステムを終了させると、中核にあるセキュリティエリアへと意識を移しました。毎朝のルーチンを実行し、精神状態を落ち着けなければ。


 ≪なんだ?≫

 ≪頼りにしてるよ。≫

 ≪実に有能です。≫

 ≪流石はコマンドさん。頼りにしてるよ。≫

 ≪気遣い大変ありがたいです。≫

 ≪こんな使い方ですまん。≫

 ≪おお、久しぶりだねコマンド 元気だった?≫

 ≪ごめんて。≫


 閣下の記録映像が周囲に再現され、次々と私に呼びかけてくださいます。


 ≪あ、勿論僕の一番の家族はコマンドだよ?≫

 ≪これからもよろしくな≫

 ≪あ、勿論僕の一番の家族はコマンドだよ?≫

 ≪これからもよろしくな≫

 ≪あ、勿論僕の一番の家族はコマンドだよ?≫

 ≪これからもよろしくな≫




【・・・・・・ふう】


 閣下のお言葉を噛みしめながら、音声認識システムを再起動します。

 新しい一日の、始まりです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る