ざくろをもぐ
魚崎 依知子
一、
あの日、ベドウィンの少年に連れて行かれたのは柘榴の果樹園だった。シリアの澄んだ空の下、照り葉の列は終わりなく続いているように見えて、一瞬、妙な心地がした。
少年は枝先で重たげに揺れる赤い実を一つもいで、私に投げた。私があげた飴の礼だったのだろう。ホテルへ戻り早速食べた果実は瑞々しく、甘酸っぱさは郷愁を引き起こした。うちの庭にも、かつては柘榴が。
「
確認する声に、タブレットから視線を上げる。青空も果樹園もない。ここは白と淡いピンクでまとめられた、産婦人科の一室だ。
「はい。私の腫瘍は切除適応ケースだと」
「ええ、そうです。では続きまして、移植する人工卵巣についてお話しますね。今回矢部様に移植するオフォロンⅤ型は、植物由来の素材でできたベースに機能チップを埋め込んだものとなります。チップは絹を主原料とした体に負荷の少ない素材で作られておりますので、副作用も非常に起きにくいんですよ」
二十代半ばに見える移植コーディネーターの女性は、まるで移植以外の道はないように伝えて笑んだ。
あらゆる人工臓器の量産が可能になって、早十年が経つ。導入当初はベースが海外生産品なのと保険料負担が一割で済む国の補助が相俟って、世論は人体実験だと批判的だった。ただ三年前に純国産の製造ラインが確立されてからは、状態の良い臓器をすぐに移植できるなんて、ときれいに手のひらを返して今に至る。
「切除した卵巣をもらって帰ることって、できますか?」
タブレットに映し出された私の右卵巣とその内部画像は、柘榴にそっくりだった。たったそれだけのことに引き出された記憶が懐かしくて、急に手放すのが惜しくなってしまったのだ。
「標本にされるのなら、可能ですが。誓約書のURLが必要ですか」
彼女は素直に面食らったような反応をしたあと、私の電子カルテを確かめる。おそらく職業欄の『高校教師』を見て頷いたのだろうが、教材になんてするわけがない。
「はい、お願いします」
「承知しました。ではそちらも含めて、受付のタッチパネルでお手続きをお願いいたします」
腰を上げた私に彼女も続いて、恭しく頭を下げる。促す手に従い、部屋をあとにした。
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