第35話 期待外れ
ギフト用のクラフトバッグを片手に、僕は館内を1人でぶらついていた。
「ひとりぼっちが久しぶりなんて、変わってしまったんだね」
やれやれと肩をすくめたが、特に成長や衰退は訪れていない。
熊野風太郎は、どこにでもいるようなごくごく普通の何もしない人。
進化は期待できないけれど、退化する不安は払拭できた。真なる平凡は主人公になれないけれど、平穏な日常を享受したいと嘯く奴らには譲れない。
ヒロインと乱痴気騒ぎに興じるラブコメの主役たち。外野の気遣い、察してね。
目的地も定まらず、ただ漠然とさまよった。僕の人生そのままである。
ふと、アンティーク家具が並ぶショップに目が止まった。
店頭のテーブルに、彩り豊かなアンティークランプがたくさん陳列されている。小さいながら、模様やデザインが多岐に渡った。それぞれ、個性的な輝きを放っている。
「……多様性、ね。無色透明は個性に入りますか?」
ダイバーシティを目指します! ユニバーサルデザインを活用します!
ただし、何もしない人。テメーはダメだ。だって、無価値じゃん。
往々にして、カタカナで掲げられるテーマの中に僕みたいな没個性は含まれていない。
僕くらい影が薄いと、排斥されたことさえ気付かれない。例外中の例外は辛いぜ。
閑話休題。
アンティークランプのお値段を拝見するや、1個5000円くらい。
「妹よ。プレゼントには、こういうアイテムを欲しがってくれ。可愛げが出るぞ」
家に友達が遊びに来た時、よそ行きの楓子と解釈一致だろう。
今年最後のプレゼントゆえ、1つ買っていくべきか。甘やかすんじゃないよ。
カエデの葉を模した紅色のランプを手に取って、まじまじと吟味したタイミング。
「熊野くんっ」
「プー太郎!」
左右の通路からほぼ同時、プレミアムなクライアンツが現れた。
「「……っ!?」」
お互い、接敵を察知する(敵じゃない)。
一瞬驚いた表情を見せたものの、すぐに平常心を取り戻したようで。
「探したよぉ~、連絡しても返事くれないんだもん」
高陽田さんがムスッとねめつけた。
「え?」
スマホを確認すると、電源オフ。
僕の心もスイッチオフ。常時、サイレントモードです。
「あっ。さっきトイレで、マナーモードと間違えて消しちゃったんだ」
「もう、帰っちゃったと思ったよ。君の場合、本当に帰りそうだからね」
「チャンスがあれば、僕はいつでも望むところだよ」
出先において、唯一の楽しみは帰宅。自分、世間の厳しさが身に染みるんで。
「プー太郎、わたしに隠れて何してたのよ」
月冴さんがギラッと睨んだ。
「ぼ、僕が何かするとでも? あえて言うなら、何もしないをしてたけど」
「しらばっくれるつもり? とぼけた顔……はいつものことだわ」
「特徴がないのが特徴の顔です」
今更である。
月冴さんは、鋭い視線を一段下げた。
「あんたが持ってるそれは?」
「いや、全然持ってないよ」
やましいことはないのに、ついランプを持った両手を背後に回してしまう。
「まったく、隠してない。僕、何も隠さない人だから」
言い訳は、完全に盗った人だった。それでも僕はやっていない。
僕を超えた先に険しい眼光を向けた、月冴さん。
「ふーん……そういうことね。やってくれるじゃない」
「月冴さん?」
「別に、何をしようがプー太郎の勝手って言いたいんでしょ。うざ」
先方は腕を組むや、僕から興味を逸らしていく。
どうしたらいいのか、どんな心境の変化か分からなかった。
僕は思わず、もう1人の依頼人に助けを求めてしまう。
「熊野くん、そのぶら下げてるものは何かな?」
「これ? いや、全然関係ないよ。気にしないで」
ともだちレンタルの途中、楓子の誕生日プレゼント見繕ってました!
妹のために、可愛いラッピングもお願いしちゃったぞ! あいつ、喜ぶかな?
……プライドがないはずの僕でさえ、羞恥心を覚えた。否、思い出した。
高陽田さんは幾度か瞬いて、僕の奥の方へ注目していく。
「なるほど……そっかぁ~。やってくれちゃったね」
「高陽田さん?」
「ううん、君が柄になく頑張るつもりなら応援するよ……しないと、ダメかな?」
先方が微笑むも、いつもの陽だまりスマイルには及ばない。
まるで、日差しを待ちわびる俯き加減のヒマワリだった。
「「……」」
沈黙が流れ、気まずい雰囲気が立ち込めていく。
しかし、何もしない人は何もしない。この場合、何もできないだけだが。
「興が削がれたわ。さようなら」
「気分が乗らないかな? ばいばい」
ほぼ同時、依頼人たちがくるりと踵を返した。元来た道をそそくさと戻っていく。
1人残された僕、彼女たちの行方を見送るばかり。
「クライアントが僕より先に帰らないでくれ」
おそらく、誤解が生じている。原因は僕に違いない。
さりとて、2人の気分を害した要因が不明だ。
なんせ、熊野風太郎は何もしない人ゆえに。
何もしないのがムカつくと、断じられればそれまでである。
誤解が導かれた時点で、正解など存在しない。解なしだ。
どうりで冤罪が生まれるわけだ。
やはり、それでも僕はやっていない。
何もしない人が期待に応えられるはずもなく、ただじっと立ち尽くすのみであった。
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