ともだちレンタル~サブスク解禁したら、なぜか学校の美少女にこぞって指名されました~

金魚鉢

第1話 観覧車

《プロローグ》

 初めて女子と観覧車に乗った感想を聞かれれば、ちっともときめかないと答えよう。


 可愛い子がはにかみ、目が合えば照れくさい。そんな情景は存在しなかった。

 僕が思い描いていた甘酸っぱい青春模様を小バカにするかのごとく、ゴンドラは笑いを堪え切れんばかりにてっぺん目指して揺れ動いていた。


「はあ」


 思わず、ため息がこぼれた。

 閉塞感に息が詰まってしまう。

 外の景色で気分転換を図ろうにも、僕の視点は正面に固定されている。

 別に、ゴンドラが特別狭いわけじゃない。4人乗りだ。


「……ねえ、プー太郎。狭いんだけど?」


 隣から抗議の視線が飛んできた。


「熊野くん、あたしもぎゅーぎゅー詰めだと思うなっ」


 さらに、逆隣から甘い声で囁かれた。


「それはまあ、2人用の席に3人で座ってるからだろうね」


 前方の座席は空なのに、なぜか僕たちは窮屈を強いられている。

 憐れな生贄よろしく、僕は腕を抱かれて身動きが取れない状況だ。

 彼女たちの柔らかい感触と良い匂いに包まれてなお、汗が一筋流れるばかり。


 評判の美少女と密着といえば、キャッキャウフフのはずなのに、妙なプレッシャーが先行して素直に喜べない。ライオンの檻に放り込まれた気分だね。


「どうにかしなさいよ」


 月冴さんに脇腹をつままれた。


「お~ね~が~い」


 高陽田さんに袖を引っ張られた。


「基本的に、僕は何もしない人なんだけど」


 やれやれと肩をすくめる、なんてこともできやしない。

 慎重かつ大胆に、若干名残惜しい拘束を抜け出した。

 起立っ!


「今日は2人が仲良くする日でしょ? 僕があっちの席に、」

「却下」

「それはだ~め」


 ぎゅっ、と。

 ほぼ同時、再び腕を絡め取られた。

 着席っ!


「プー太郎はこっち。奥の人があっちに行けばいいでしょ」


 月冴さんがそっぽを向いてしまう。


「ん~、熊野くんとあたしでちょうどいい広さじゃないかな?」


 さりとて、ニコニコ笑顔を崩さず譲らない高陽田さん。

 僕の目の前で、バチバチッと火花が爆ぜた。杞憂と信じたい。


「あの、一応確認だけどさ」

「「なにっ!?」」

「今日は2人が友達になった記念に遊園地に来たんだよね?」

「……らしいわね」

「……みたいだね」


 急にトーンダウンして口数を減らした、おふたりさん。

 壊れかけのラジオだってもう少し粘る気がする。


「それはつまり、お互いの希望が叶ったわけだ! いやあ、めでたいね」

「……」

「……」


 返事がない。今はもう動かない、おじいさんの時計かもしれない。

 大きな古時計を投げ捨てる勢いで、僕は話を続けた。


「残念だけど、ともだちレンタルはそろそろ終わりに、」

「は? 冗談は名前だけにしなさい。なによ、プー太郎って。ださ」


 月冴さんが本来の眼光の鋭さを向けてくる。

 鋭利な刃物くらい切れ味があった。逆に鋭利じゃない刃物ってあるのかな?


「いや、風太郎だって。僕は一度もプー太郎って名乗ったことはないよ」

「うぅ、酷い。熊野くん。お金だけ取って、あたしを見捨てるんだねっ」


 高陽田さんは綺麗な瞳をうるうるさせて、上目遣いで懇願している。


「言い方に悪意があり過ぎる! 大体、今月は料金貰ってないし。サービスを提供する側としては、顧客のご期待に応えられないと言いますか……」


 カスタマーサービスは大変だと思いました。クレーマー、滅ぶべし。


「あんた、逃げられると思ったわけ? わたしの秘密を知って、散々辱めたくせに。言っとくけど、一生延長だから覚悟しなさい」


 ムッと不満げなご様子で、足を組みながらも僕の腕を離さない月冴さん。


「そっちの人の言う通りっ。あたしのひとりっきりの時間を共有をできるのは、熊野くんくらいなんだよ! せっかく見つけた逸材、そう簡単に手放さないからねっ」


 うんうんと頷きながら、両手をパッと合わせた高陽田さん。

 偉い先生曰く、女性は共感を求める生き物らしい。


「いてもいなくても変わらない。ニッチな需要しかないはずだったんだけどなあ」


 どうしてこうなった、と僕が天井を見上げた間。


「大体、マリィって皆の人気者でしょ? 別にこいつを呼ぶ必要ないじゃない」

「六花ちゃんこそ、皆が羨望の眼差しを向けてるよ? ずっと相手にしないつもりかな?」


 お互い、ぐぬぬと謎の対抗心。

 いてて、腕を掴む力を緩めて。


「プー太郎! やっぱり、性に合わないんだけど」

「熊野くん、あたしの顔も三度までだよ?」

「……とりあえず、僕を中継に挟まないで直接コミュニケーション取ってほしい。2人はもう、友達なんだからさ」


 月冴さんと高陽田さんに、断固として抗議される僕。

 孤立無援、四面楚歌とはこのことか。

 可愛い女子から引っ張りだこになるなんてこれはもしや夢?

 否、原因は分かってる。


「「この人と2人きりになるのは、まだ早い! なんとかしてっ」」


 つまるところ、今日の依頼は間を取り持つこと。

 いるに越したことがない存在ゆえ、ちょうどいい距離感を生み出すことがある。


「けれど、何もしない人に期待しないでくれ」


 僕は辟易とするばかり。

 ふと、自分が所属する部活がリリースしているスマホアプリの紹介文を思い出した。


 人材派遣部<ねこのて>。

 ブロンズランク、熊野風太郎。

 提供サービス、ともだちレンタル。

 基本、何もしないをします。


 1人分、スペース分が欲しい方、どうぞ。


「サブスク解禁しただけなのに……」


 なぜか、クラスの美少女にこぞって指名されたようです。

 僕の独り言は、2人の取っ組み合いが織りなす喧騒の中へ消えていくのだった。

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