6話 吸血衝動1

 高校入学から2日目。


 ―――ピンポーン。ピンポーン。


 その日は朝から迷惑ってくらいインターホンがうるさかった。誰なのかって? 思い当たるのは1人しかいない。


「おはようございます! 姉、んんっ。闇華さんいますか~?」

「わざわざ家まで迎えに来なくても……」


 ほら。やっぱり幻夢だった。


「なにかあってからじゃ心配ですから。って、まだ着替えてなかったんですか?」

「朝が弱いのは知ってるでしょう?それと……おはよ」


「はい! おはようございます!!」


 朝から元気ね……。普段なら幻夢の高めの声も平気なのに今は頭に響く。


「着替えるから少し待ってて」

「手伝いましょうか? 挨拶も時差あるんじゃないかってくらい遅かったですし、着替えも一人だと時間かかりません?」


「着替えくらい一人で出来るから。中に入って待ってて」

「俺が男で生まれてきたばかりに、くっ。お邪魔します! 親はいないですよね?」


「当たり前でしょ。もしいたら今頃出禁になってたわ。今日も朝早くから仕事なの」

「なにげに姉貴の家に入るのは初めてかもしれません」


 そうだったかしら? ……そう、よね。そもそも当時の幻夢を紹介なんてできない。私が夜に出歩いてたこともバレてしまうし。そのあとは根掘り葉掘り昔のことを聞かれて。想像するだけでも怖いわ。


「着替え終わったわ。それじゃあ行きましょうか」

「えぇ!? 早くないですか?」


「早くしないと遅刻するわ。それに着替えに手間取っていたら時間の無駄でしょ?」

「だからって髪が跳ねてるのをそのままにしておくのはどうかと思いますよ」


「え? あ……」


 鏡を見ながらセットしたはずなのに後ろ髪が跳ねてる。


「そこのソファーに座ってください。僕が髪をといてあげますから」

「あ、ありがと」


 そういって幻夢はリュックから櫛を出して私の髪をといてくれた。


「昔よりも大分伸びましたね」

「あれから切ってないから。とはいえ毛先は荒れてるから整える程度にはカットしていたけど」


「そんなことしなくても姉貴の髪は綺麗ですよ」

「え?」


「また冗談だって思ってます?」

「そんなことない」


 相変わらず無自覚で私のことを褒める幻夢に私は翻弄されっぱなし。だからといって幻夢に特別な感情を抱いているわけではない。


 だけど、やはり男の人に容姿のことを褒められると不覚にもドキッとしてしまうのが自然というもので……。


「褒められて照れてるんですか?」

「そんなんじゃないから」


「……」

「なに?」


 幻夢は無言のまま私の顔を見る。


「男にそういう顔を見せるのはやめておいたほうがいいです」

「そういう顔って?」


「無自覚なところは姉貴らしいんですけどね。……はい、できましたよ」

「こんな凝った髪型にしなくても」


 編み込みっていうんだっけ?


「そんなに時間かかるものじゃないので。次にやるときは別の髪型を試してみてもいいですか?」

「す、好きにしたら?」


 自分では可愛い髪型にできない。だから幻夢がやってくれるのは助かる。だけど、それを口に出すのは恥ずかしい。


「ありがとうございます!」

「いきなり抱きつくのはやめて」


 いつもの幻夢に戻った。結局、私はどういう顔をしていたのかしら。


「ゆっくり話してたら遅刻ギリギリの時間ですね、あはは」

「急いで家を出ましょう」


「このままサボります?」

「不良じゃないんだから行くに決まってるでしょ。今日から授業なんだから」


「それ元闇姫がいうセリフじゃないですよね」

「なにか言った?」


「いえ、なんでもないです。それじゃあ走りましょう!」


 バタバタしながら私たちは家を出た。


 幻夢はさりげなく私の手を握る。繋いだその手は中学の時よりもゴツゴツしていて……。見た目は可愛くても、しっかり男の子なんだと思った。


「なんとか間に合いましたね。それじゃあ、本日の放課後も迎えに来……あー!」

「いきなり叫ばないで」


「驚かせてしまってすみません」

「もう大丈夫だから。それで、どうしたの?」


「今日は用事があったのを思い出して。姉貴と一緒に帰りたかったです。ううっ……」


 なにも泣かなくても。


「今日は駄目でも明日は一緒に帰れるでしょ?」

「新しくできた女友達と一緒じゃなくていいんですか?」


「こんな貴方を1人にしておけないわ。なんの用事かはわからないけど無茶だけはしないで」

「怪我なんてしませんので安心してください! でも姉貴に心配していただけるなんて光栄です。それではまた!」


 幻夢は笑顔を見せながら自分の教室に入っていった。私が本当に心配しているのは伝わってないようね。


 幻夢あなたはまだ裏社会にいるのでしょう? だったら不安になるのは当然でしょ?


「……」


 ―――ガラッ。

先生はまだ来てないようね。


「闇華、おはよー!」

「おはよう。風夏ちゃん」


「闇華ちゃん、おはよう」

「夢愛ちゃんもおはよう」


 教室に入り自分の席の横に鞄をかけると同時に挨拶を交わす。昨日のは夢じゃなかったのね。私の新しくできた友達。今日も昨日と同じように可愛い……。


「あれぇ? 今日の闇華の髪型、昨日と違くない?」

「え?」


「ほんとだ。今日は編み込みなんだね。とっても似合ってるよ、闇華ちゃん」

「あ、ありがとう」


 2人とも、するどい。私なら些細な変化なんて気づかないのに。


「編み込みやってて時間ギリギリだった? 編み込みってアタシでもやるのムズいのにすごいねー」

「これは……」


 幻夢はそんなに時間かからないっていってたのに。


「授業始まるみたいだから後で話そうね、闇華ちゃん」

「えぇ」


「お前ら席についたかー? 今日も皇綺羅すめらぎ以外は揃ってるみたいだな。…今日からこのクラスの副担任になる先生を紹介するぞ」


 皇綺羅すめらぎって入学式に来なかった生徒よね、たぶん。


白銀はくぎん龍幻りゅうげんです。君たちと同じように昨日からこの学校に来ました。今後ともどうぞよろしく」


「きゃー! 昨日のイケメン先生!!」

「ウチらの副担!? めっちゃ嬉しすぎるんですけど!」


「……」


 あの人、昨日ぶつかった先生よね?


 白銀はくぎん龍幻りゅうげん、先生……。今日も白衣姿なのが気になる。


「白銀先生は学生の身でありながら、吸血鬼の薬を作っている天才研究者だ。この中にはもしかしたら白銀先生を知っている者もいるかもしれない。最近は危険な吸血鬼が増えている。そこでだ、白銀先生には週2で吸血鬼についての特別授業をしてもらうことになった。吸血鬼のことでなにかわからないことがあれば白銀先生に聞くといい。俺は隣のクラスの授業があるんでな。失礼させてもらう」


 担任の先生が教室を出た途端、白銀先生のまわりには女子が集まっていた。


「白銀先生って、あの有名な白銀龍幻先生だったんですか!?」

「君たちは俺のことを知ってるのかい?」


「当たり前じゃないですかぁ。その若さで吸血鬼の研究をしてるなんて凄いですよ!」

「1人でいろんな薬を作れるんですよね!?」


「年齢でいえば、君たちのほうが若いんだけどね。薬も1人で作れるとはいっても簡単な物しか作れないよ」

「またまた~、それこそ謙遜ですよ」


「……」


 1時間目の授業が始まるのは当分先のようね。


「白銀っち。めっちゃ人気じゃね?」

「風夏ちゃん……」


 教師をあだ名で呼ぶのはまずいと思うのは私だけかしら。


「生徒にフレンドリーな感じで、イケメンならモテて当たり前かぁ。でも昨日は女子に声かけられてもガン無視だったのに別人すぎー」


 言われてみればそうかもしれない。昨日の風夏ちゃんの話とはまるで違う。……笑ってるようで笑っていない。あれは完全に作っている。


「闇華ちゃん、どうしたの? 白銀先生を見ながら怖い顔してるよ。なにかあった?」

「え? ううん、なんでもないの」


 夢愛ちゃんに心配をかけるわけにはいかない。大したことで悩むのはやめよう。


 白銀先生が本当の笑顔を見せないからといってなんだというんだ。私にはなんの関係もない。ただ、私にはわかる。夜の世界、裏社会でそういう奴らをたくさん見てきたから。


 最初は仲間のフリをして最後には裏切る人も、平気で嘘を並べて相手の心を惑わす奴も。白銀先生もきっと私のように汚れた世界を見たことがある人間なんだろう。

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