第116話 殺戮の化身……ネルベイラ攻略戦 

「な、なんだあれは!」

「敵だ!敵を止めぎぁあああ!」


 まさに血風。戦場を駆け抜け、走りざまに大剣を振るえば、その剣の間合いにいた魔族の体は強引に分断され、肉片となって破壊されていく。


 俺の持つ大剣は、もはや剣と呼ぶには無骨すぎる。なによりも頑丈で、堅牢で、屈強で、頑強なこの大剣は、斬るというよりも叩くと表現する方が相応しい武器だ。


 破壊力のある大剣の一撃を受けた魔族は、たとえ強靭な皮膚があろうとも耐えられず、破壊され、体が千切れ飛ぶ。


 残された体から魔族の血液が噴出し、風に乗って血生臭い空気を平原に漂わせていた。


 馬は途中で降りた。自分で走った方が早いから。


 魔導騎兵の挟撃を食らったとはいえ、まだ現場には多数の魔族が生きている。特に火球程度ではやられないような強力な肉体を持つ特殊個体は依然として戦場で猛威を奮っていた。


 ――しかし、今の俺の敵ではなかった。


 一体とか二体とか、そんな生易しい数字ではない。20から30という数の魔族の遺体が俺の後ろに転がっている。


 戦場で出くわす魔族どもを大剣で斬り伏せていると、一際デカい魔族が現れた。


「貴様かぁ!最近調子に乗ってる人間は…いいだろう、この俺、ダケスがお前をぶち殺ぎゃああ!」


「うるせえッ!さっさと退けや!」


 眼前に3メートル級の特殊個体の魔族が立ち塞がれば、大剣を右下から左上へと振り上げて切断。特殊個体の魔族は腹から上の部分が分断され、衝撃で空中を上半身が舞う。上半身はくるくると回転した後に地面に落ちた。


「す、すっげえ!ルーガン団長ですら敵わなかったあの魔族が!」

「強ぇ……なんて強いんだ!ルーガン団長なんかよりよっぽど強いぞ!」

「……そうだな。俺より強いな」

「あ!……なんかすいません」


 魔族の兵を次々と屠る俺の光景を見て、ミルアドの兵士たちが活気づく。そうでない者もいたが、知ったことではない。


 強い者が正義。それが戦場でのルールなのだ。


『――あ💓……あ💓…リュークぅ、頑張ってぇ…ボクも頑張るから…んんッ💓』


 そんな魔族たちを大剣で屠る今まさにこの瞬間。遠く離れた王宮では現在、ルワナが寝取られてる。その映像と音声がダイレクトに僕の脳内に伝わっている。


 うーん、強い者が正義と呼ぶなら、ルワナこそ正義なのか?寝取られることで僕に力を与える彼女こそが本物の強者なのだろうか?


 まったく、嫌になるよな。この鬱憤は…


「ムッ!隙あり!」


「ないぞ」


 横から襲ってきた魔族の兵が戦斧を振り下ろす。それを後ろに下がって躱すと、俺はそのまま大剣を上から下へと振り落として背中ごと叩き斬る。


「ぎゃあ!」


 悲鳴とともに魔族は絶命し、地面に堕ちる。


 ルワナは今も寝取られている。この鬱憤は、魔族で晴らさないとな。


 前線は魔族との戦闘が激化しつつある。その結果、味方への攻撃を避けるため、魔導騎兵による援護が減ってきていた。


 しかし、もう問題ないだろう。


「ぎゃあ!」


 俺が戦場を駆けるごとに魔族が斬り殺される。


「うがあ!」


 遠くに逃げる魔族がいれば、左手に持つ黒槍から雷撃を放って焼き殺す。


 右手の大剣で近くの敵を斬り殺し、左手の黒槍で遠くの敵を焼き殺す。俺の視界に入った時点でもはや魔族に逃げる道はなくなっていた。


 悲鳴が上がる度に、大量にいた魔族の兵士たちがみるみる数を減らしていく。


 やがて俺の強さに気付いたのか、魔族の指揮官が撤退を命令する。


「戻れ!早く戻って門を閉めろ!こんな奴を街に入れるな!奴隷兵どもは時間を稼げ!」


 すると、今まで散り散りになって戦闘に参加していた人間の奴隷兵たちが一斉にこちらにかかってくる。


 ――面倒だな。


 正直、加護が発動さえしてしまえば、人間も魔族もどちらであっても簡単に殺せる。はっきり言って強さに差がない。


 だが、弱かろうと群れになれば時間稼ぎとしては有効だ。どれほど弱かろうと、殺さねば止めれないのだから。


「よしお前ら!魔族との戦闘は一旦止めろ!奴隷兵を優先して殺せ!」


 俺が奴隷兵について考えていると、ゼイラが俺の部隊に命令を出す。ゼイラは副官なので俺の代わりに命令を下せる権限があるのだが…なかなか良い判断だな。


 これが実力のないただの女の命令なら兵も躊躇するかもしれない。しかしゼイラの実力を知っている俺の部隊は、即座に命令を聞く。


「「「おおおおおお!」」」


 重装騎兵と軽装騎兵の部隊が魔族から奴隷兵へと矛先を変える。


 機動力に長けた騎兵は俺へと迫ってきた奴隷兵に向けて騎馬突撃を開始した。


 重装備で固めた騎兵の集団が馬蹄を激しく鳴らし、奴隷兵に迫る。その騎兵集団による突撃を受け、奴隷兵たちは次々と殺戮されていく。


「ぐあ!」

「ぎゃあ!」

「ぎょえ!」


 奴隷兵は命令されたこと以外のことはできない。破壊の塊と化した騎兵突撃を受け、恐怖を感じることもなく無感情に潰されていく。それでも悲鳴が出るのは、それが人体の生理反応だからなのだろう。


「よし、俺たちもいくぞ!奴隷兵をやれ!」

「「「了解!」」」


 こちらの意図を汲んだのか、ミルアドの歩兵部隊も奴隷兵を優先して攻撃するようになる。


 魔族と違って奴隷兵はただの人間だ。それも装備なんてろくにない。だから戦闘になれば簡単に斃されていく。


 こうして奴隷兵による時間稼ぎは騎兵と歩兵たちによって防がれる。あとは……


「ネトラレイスキー卿!」


「うん?」


「門が閉じます!」


 荒れる戦場の中でジャンヌが近くまで来たようだ。彼女は必死に指さし、ネルベイラの門を示す。


 ゆっくりと、今まさに門が閉じられようとしていた。


「おう、任せておけ」


 それだけ言うと、門に向かって平原を走る。馬よりも早く、風よりも早い。高速で迫ってくる俺を見て、門を閉ざそうとしていた魔族の顔に焦りが浮かぶ。


「早くしろ!あいつが来るぞ!早く閉めろ!」

「急げ急げ!」

「よし、よし、いいぞ…よっしゃ!間に合ったぞ!」

「それは良かったな!おらよッ!」

「ぎゃあああ!」


 あと一歩というところで頑丈な鉄製の扉が閉じてしまう。俺はといえば、そんな扉に向かって思いっきりを蹴りを入れる。すると、激しい金属音を鳴らしながら扉は前へと吹っ飛び、周囲にいた魔族たちもそのまま衝撃に呑まれてやられていった。


「マジかよ。蹴りだけで扉開けやがったぜ?」

「開けたってか、吹っ飛んだような…」

「すっげぇ。攻城兵器いらねえじゃん!」


 その光景を見ていた兵士たちから歓声が上がる。背中に兵士たちの歓声を受けながら門を抜けて都市へと入る。すると…


「今だ!殺せ!」

「「「おらああ!!」」」


 門の影に隠れていた魔族たちが一斉に戦斧による攻撃を仕掛けてくる。不覚にもその攻撃を受けてしまった。しかし、攻撃が通らない。


 ガンガンガンガンと鈍い音をたてながら戦斧が弾かれる。


「え?」

「今、当たったよね?」

「いってえ、手が痺れる…こいつ、どんだけ頑丈なんだよ!」


「しらね。試してみるか?じゃあ次はこっちから行くぞ?」


 加護が発動中であれば俺の身体の防御力が上がることは前々から気付いていた。しかしここまで強いとは。


 人間の倍以上の膂力のある魔族の戦斧による一振り。その攻撃を受けたというのにまるで刃が通らない。何かがぶつかる衝撃こそあれ、それ以上の痛みはない。


 戦斧の岩にでも当たったかのような弾かれ方を見るに、この体はそうとう頑丈のようだ。


「お前らは耐えられるかな?いくぞ!」


「ま、待って。まてまてまて!」

「降参!降参するから!」

「参りました!降参するから捕虜にぐぎゃあああ!」


 腰を低くし、大剣を回転するように振る。俺の周囲の間合いにいた魔族たちは大剣の餌食となり、血と肉片をまき散らしてバラバラになっていった。


 べちょべちょと地面に落ちる魔族の肉片と血。その光景を見て、後ろで控えていた魔族の兵士たちに恐怖が浮かぶ。


「え…やばくね?」

「なんだよあれ……本物の化け物じゃねえか」

「だから嫌だったんだ。こんな場所に来るんじゃなかった!」


「そうか…それは大変だな。早く冥途に行けると良いな!」


「うぎゃあああ!」


 それはきっと殺戮と呼ぶのだろう。


 恐怖に駆られて逃げようとする魔族たち。そんな魔族の背中に追いつくと、大剣を振り下ろし、魔族を屠っていく。


「ぎゃあ!」

「うがあ!」

「ぼげえ!」


 魔族の逃げる方向へと向かう俺。追いつく度に大剣を振り、その剣戟を受けてバタバタと魔族は倒れていく。


 ネルベイラのよく整理された道に魔族の死体が何十体も転がっている。


 やがてたくさんいたはずの魔族どもはいなくなり、ようやく周囲を見渡せるようになった。


 辺りは静かだ。


 まさに閑静な街並みというところだ。もはやこの辺りには誰もいないのだろう。


 人間は魔族に殺された。その魔族も、今では俺が殺し尽くした。


「リューク。ミルアドの王宮は向こうだぞ?」


 ネルベイラの街並みを見ていると、後ろから声をかけられる。振り返ってみればゼイラだった。彼女はなぜか顔を赤らめ、口元を歪めて笑みを浮かべていた。


 騎乗している彼女はどうやら俺を追ってきたらしい。他の部隊の兵士たちは兵の外で魔族と交戦中かもしれない。


「そうか。敵の大将は王宮だろうな」


「……」


 なぜ黙る?


「……へへ」


 なぜ嗤う?


「なあリューク。昨夜は楽しかなったな」


 なぜ突然昨夜の話をする。まあ楽しかったことは否定せんが。


「ふふ……お前があんなデカいとは知らなかったぜ。ふふ、アタシさ、朝から疼きが止まらないんだよね」


 なに言ってんだこいつ?


 言葉の内容だけならまるで痴女みたいだ。しかしゼイラの顔はどちらかといえば獰猛で、その鋭い目つきはギラギラしている。


「――リューク、アタシもう限界だぜ」


 俺はゼイラを改めて見る。こいつ、なんか殺気漏れてね?


 ゆらゆらと揺れる赤い髪。動きやすいように革の鎧を装備しているゼイラは馬から降りると、肉食動物のような凶悪な笑みを浮かべる。


 すらりと伸びる細く、それでいて肉付きの良い美脚。サイズの大きい革鎧なのに、それでもまだ足りないのか、彼女の豊満な胸のせいで谷間ができている。


 戦場で動いたからなのか、その綺麗な肌には汗が浮かんでいる。


 見れば見るほど良い女だ。そしてそれ以上に戦場がよく似合う女戦士だ。


 そんな彼女がゆっくりと、そして確実にこちらに歩みを寄せてくる。


「アタシ、前に言ったよな?」


 ゼイラの張りのある声が響く。


「自分より強い男に負かして欲しいって…」


 ドクン――ゼイラの体が震えている。まるで俺の加護が発動している時のような圧迫感が出てくる。


「――今ここにいるのはあんたとアタシの二人だけ。誰にも見られずにやれるな?」


 ――なあ、やろうぜ?とゼイラが好戦的な笑みが浮かべた。


 そのやろうぜというのはもちろん、エッチな意味ではないのだろう。


 ドクン、ドクン、ドクン、…ゼイラの体つきに変化が起き始めていた。


 こいつ、アレだな。マジで俺のこと殺そうとしてるな。


 溢れんばかりの殺気が漏れているゼイラ。彼女はどうやらガチらしい。ガチでここで俺と本気の殺し合いがしたいようだった。


 そして。遠く離れた王宮では今…


『――ん💓……あん💓……だめ、ボク、それ……良い💓――リューク、早くぅ💓早くしてくれないと…ボク…あん💓……ボク、頑張るから……あん💓……王国民のみんなのために……みんなのために、王女としてボク、頑張るから…あん💓……あ、それダメ💓……💓💓💓』


 ゼイラがとんでもないことを言い始めたその時。ルワナもまたなんかとんでもない事になりそうな予感がした。


 くぅ、人が急いでいる時になんでこんな面倒ごとが起こるんだ!

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