第85話 特殊部隊
「というわけで聖女を口説きたいので教国を奪還したいのですが、なんとかなりませんかね?」
「…お前、限度ってものを知らないのか?」
カルゴアの軍事演習場にはちょうどルクス王子も視察に来ていたらしく、もののついでとばかりに僕はルクスに教国と密約を結べないか聞いてみることにした。
その結果、演習場の近くにある木造の廠舎の中で、ルクスは頭を抱えることになった。
さきほどまで爽やかなイケメンフェイスで騎士団の軍事訓練に明け暮れていたというのに、今や苦渋に満ちた表情を浮かべている。
僕のせいかと思うといたたまれない気分だ。しかし僕にも聖女を口説くという大義名分がある以上、引き下がれない。
…お詫びといってはなんだが、今度紅玉の館に誘ってみようかな?あそこは一応貴族も通う高級娼館みたいだし、王族を連れて行っても問題ないだろう。
トントンと苛立たしく机を指で叩きつつ、ルクスは言う。
「…教国の聖女をお前の性癖を満たす道具にする気か?」
妙に回りくどい言い回しだが、まあここは王宮と違って盗聴防止魔法なんて無いからな。あえて加護の件は伏せた言い回しをしているのだろう。
しかしこの言い回しだとまるで僕が寝取られという名の変態趣味を持つ下劣な貴族みたいではないか。もっとマシな言い方は無かったのだろうか?
こんな下品な話が世間にバレたら、たとえ加護の内容がバレなかったとしても、僕の貴族としての名誉が地に堕ちるではないか。
はあ、とルクスは深々と、疲れた溜息をつくと、
「俺のせいか?」
となんだか嫌味っぽいことをいう。
はて?王子のせいとは一体なんぞや?
「俺がお前にけしかけたせいか?どんな苦労も呑み込んで覚悟を決めろなんて言ったせいなのか?」
ああ、そういえばそんなこと昔、言われたような気が…完全に忘れてたな。もしもそのことに負い目を感じてるとしたら、申し訳ない気分になるな。ここはちゃんと否定しておこう。
「そのようなことは決してございませんよ、殿下」
「なら何故だ?なぜあえて聖女を狙う?女なら誰でも良いだろう?」
その言い方ではまるで誰でも良いから口説いて寝取らせろよとでも言いたげだな。そんな女性を道具のように扱うだなんて真似、名誉ある伯爵家の人間ができるわけないだろうに。
たとえ世界が滅んだとしても、女性を道具のように扱うなんて言語道断だ!
…といったことを他の名誉を重んじるタイプの典型的な王族に言えば、きっと納得してくれるだろう。しかしルクスは結果主義者だ。慣例よりも結果を重視するタイプなので、そんなこと言っても通じないだろう。
かといってなんか成り行きで聖女を口説く流れになりました、なんて言ったら本当にキレるかもしれない。確かにルクスは怒っている。それは間違いない。しかし、これはあくまで加護の条件を満たすための仕方のない行為だと頭のどこかで理解はしているのだ。
さて、なんて説明したものか。
…やはりここは国益を優先するべきか。
「今のカルゴアの目標は…魔族を斃すことだけではないのですよね?」
「…ああ」
ちょっと間があったな。もしかしてルクス本人は大陸北部への侵攻はそれほど乗り気ではないのかな?
「それならば、いずれは人類軍とも袂を分かつ時も来るはずです。来るべき時に備えて教国に恩を売って聖女を味方につけるべきでは?」
「…ふん、忌々しいが、それも一理あるな」
気に入らない解答だったのだろう。しかしルクスの冷静な部分がそれが正しいことであることもまた理解していたのだろう。
人類軍は…あくまで大陸南部の国々の軍によって編成されている、大陸南部のための軍だ。北部の国家は含まれていない。
もちろん、人類を救世することを目的に設立された軍隊であることに違いはないのだが、やはり参加国が南部諸国に限定されている以上、大陸北部よりも南部の利益を優先して動く。
現在は人類軍の参加国のほとんどが魔族に祖国を占拠されているということもあってか、利害が一致しているので人類軍はみな全員が一丸となって軍事作戦に参加している。
カルゴアがランバールの奪還に動いたのだってランバールが大陸南部の国であり、カルゴアにとって重要な隣国であるからだ。要するに利益があるから助けたのだ。
しかし南部と違って大陸北部となると話は別だろう。助けたところで利益がない。むしろ奪って自国の領土にした方が儲かるほどだ。
大陸北部の土地の権利を主張する王族は人類軍にはいない。はっきり言ってしまえば、先に奪ったもの勝ちである。
もちろん、大陸北部にはまだ魔王はいるし、魔王軍の大戦力も北部にある。南部以上の苛烈な戦いが予想されるだろう。
しかし北部の魔族軍の討伐に成功し、侵攻すれば、もはや誰にも邪魔されずに土地が手に入る。
土地だけではない。そこに残されている建造物から財貨、知識、武器、あらゆるものが手に入る。
特に大陸の富を独占していたベリアル帝国には、それこそ巨額の富があるだろう。
ベリアル帝国の富を欲している国はカルゴアだけではない。人類軍もまた欲している。
そのことは、誰も口にはしない。しかし、公然の事実であった。
ルクスは相変わらずトントンと机を指で叩く。しかしすでにイライラは消えているようで、なにかを計算しているような顔をする。
「――魔族の侵攻のせいでな、戦費が嵩んでいるんだよ」
とルクスは口を零す。
「たとえ魔族を滅ぼすことができても、復興には莫大な費用がかかる。世界を以前のように戻すまでにそれこそ何百年という時間がかかるかもな」
――いや、もう元に戻すことはできないかもしれない、とルクスは言う。
それは、そうなのだろう。なにしろ大陸の9割を魔族軍によって蹂躙されているのだ。人口も大幅に減ったし、経済も文化もめちゃくちゃにされている。
たとえ復興に成功したとしても、それはもう別の国家だ。以前と同じとはいかないだろう。
「北部に魔族の大軍勢がいる以上、どのみち奴らとの戦いは避けられない。しかし、せっかく勝利をしても何の利益もないのでは、それこそ徒労だ」
――やはり勝つ以上は報酬も欲しいな、とルクスは言う。
魔族がどのような理由から突然、人類を滅ぼす気になったのか、その理由は誰も知らないし、もはや興味はない。
奴らが人類を敵に回したあの瞬間から、人類が滅ぶか、魔族が滅ぶか、この二択しか既に選択肢はないのだから。もはや理由などあって無いようなものだ。
「…いずれ北部を攻めるなら…戦力の増強は必要か」
と、ルクスはぼやく。
別にカルゴアは人類軍と事を構える気はないのだ。しかし人類軍と一緒に行動をすれば、報酬も山分けとなってしまう。それでは取り分が減る。
味方は多いに越したことはないが、味方が多いと報酬まで減ってしまうからな。
南部の攻略までは協力しても良い。しかし北部への侵攻となると、足並みは揃わないかもしれない。
「一つ聞きたい」
机を指で叩くのを止めると、ルクスはこちらを見る。その目はなんだか冷徹だ。なんか怒らせるようなことしたっけ?…したか。
「お前は…俺の臣下だ。そうだな?」
「…ええ、そうですね」
「お前がどこで女を侍らそうと、お前の自由だ。好きにしろ」
「はあ。そうします」
まあ、もうしてるんだけどね。
「聖女の件は、そうだな。いいだろう。教国の奪還に国として手を貸す。その代わり、あの国は属国になってもらう。今後は聖女にもカルゴアのために働いてもらおう」
まあ、それぐらいの利益は欲しいよな。なにしろこちらは自国でもないのに他国を救うのだ。見返りは必要だ。
「それは聖女様もお喜びになるでしょう」
「…問題はお前だ」
そう言ってこちらを値踏みするようにルクスは見る。
はて?僕はなにか疑われるようなことしたかな?最近は女遊びしかしてないから、文句を言われることはあっても疑われることはないと思うが。
「ドルド公国の公女にランバールの王女と従者、ドウラン国の姫、ミルアドの王女…それに教国の聖女か?女を侍らすのは良いのだが、なぜカルゴアの女は選ばない?これは偶然か?」
なんだかいつにも増してルクスの目の圧力が強い気がする。僕はそんなルクスの目を真っ直ぐに見る。
「それは違いますよ、殿下」
なんだか疑われている気がするので、さっさと疑念を晴らすことにした。
「S級冒険者とエルフ、あと猫獣人の女の子もいますよ」
「…増えてるじゃねえか」
ふむ。ルクスの目から圧力が消えた。その代わり、飽きれるような疲れたような顔付きになる。
「…バカか俺は。お前はそういう奴だったな」
はあ、と嘆息するルクス。
「…どこかの国に肩入れしてるわけではなさそうだな。それなら構わん。ただあまり不用意なことはするな。そうだな、カルゴアの女もできるだけ増やしておけ。でないといらぬ勘繰りをされるぞ?」
そう言ってなにか納得するような顔をするルクス。もしかしたら裏切りを警戒されたのかな?
「僕としてはカルゴアの女性も歓迎なのですが、なかなか出会いがなくて…」
「なんで他国の女との出会いがあって自国の女との出会いが無いんだよ?おかしいだろ」
的確に突っ込んでくるルクス。しかし実際そうなのだから仕方ないじゃないか。
「とにかく、聖女の件は任せておけ。他に何かあるか?」
他に…そうだな。これも伝えねばならないか。
「その…例の第三の男の件なのですが…」
盗聴の危険性も鑑みて、僕は回りくどい言葉を使って間男の件を伝えておいた。
次の作戦で間男に抱かれる可能性のある女性というと、シルフィアとフィリエルの二人だ。
ただ、なんというか、ルワナについても一応、念のため、間男を用意するらしい。
いや、もちろんルワナは大丈夫。抱かれない、はずなのだが。ただ次の戦いは長期になる予定であるため…すごく嫌だが…二人では足りないかもしれない。
なぜ間男の心配をせねばならないのか、まったくもって意味不明だ。しかし念には念を入れないといけないのだ。それが軍というものだ。
そんな言い難いことを回りくどい伝え方でルクスに言うと、なんだか疲れている様子だったルクスが久しぶりに笑ったような気がした。
「ふ、ふふ、そうだな」
「あの、なにか?」
「いや、なんでもない…それより、ドウランの姫はどうするんだ?」
ああ、そういえばローゼンシアも一応、条件は達しているのだよな。ただ彼女の場合、戦場に出る予定なので間男に抱かせることもできないだろう。
「…念のため、手配しておくか」
そう小さくつぶやくルクス。この人は一体何を言っているのだろう?
え?なにこいつ?ローゼンシアを間男に抱かせるつもりなの?え、人の話聞いてる?ローゼンシアは戦場に出るって言ってるじゃん。
「あの、ローゼンシアは戦場に出る予定ですが…」
「前に言っただろ?今回、第六騎士団も増員された、と」
……え?
「お前のためにわざわざ専用の部隊を作っておいた。そうだな、特殊補給部隊とでも名づけるか」
なんだかルクスの様子がおかしい。もしかして僕の度重なる無理難題のせいで、おかしくなったのではないのだろうか?
「前々から思っていたのだ。王宮と連絡を取るという今のやり方は緊急時では使い難いとな」
「いや、あのちょっとまって…」
「だが、現場に専用の部隊を作ってしまえば、緊急時であっても問題なく対応できる」
「ま、待ってください…あの…」
「お前はもう救国の英雄だからな。たとえ女連れで戦場に来たとしても誰も文句言うまい!」
「…あの、それってもう決定なのですか?」
「ああ、今決定することにした。ドウランの姫を呼んで来い。俺の加護を使っておいてやろう」
ハッハッハッ、と楽しそうに嗤うルクス。そこにはいつも通りのイケメンな笑顔があった。しかしどこか壊れている。僕は、そんな彼の笑顔を見て、ずしりと胃が重くなる感覚に陥った。
もしかしたら、余計なことをしてしまったかもしれない。
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