第60話 小銃の威力…あと執事

 距離にしてだいたい50メートルほど。


 遠くには的として用意されたプレートアーマーが10組ほど用意されている。


 天候は晴れ。風はない。眩しい太陽の光が演習場を照らしている。


 その的を狙うようにして、短槍の歩兵が30人。的を狙うべく準備を始めている。


 ――精確には短槍ではなく、小銃と呼ぶらしいが。


「以前、帝国で大砲を見たことがあるのですが、それに比べると随分小さいですね」


 演習場を遠巻きに眺めつつ僕がロリコン…ロリコオン公爵に問いかける。


「あれだと弾も小さくなるのではないのか?」


 そんなルクス王子の疑問も最もだろう。


 大砲に使用する砲弾はかなり大きく、なにより重い。それと比べれば、あの歩兵たちが持っている小銃はかなりサイズが小さく、あの細長い筒では本当に小石程度のサイズの弾しか入らないだろう。


 大砲の最大の魅力はやはりその火力だろう。デカい鉄の弾を壁にぶつけてこその攻城兵器としての価値がある。

 

 いくら強力だからといって、弾のサイズが小さいと攻城兵器としての価値はないのではないのか?


 そんなこちらの疑問はとっくに承知しているのだろう。ロリコオン公爵はむしろ僕らの疑問を歓迎するかのような、極めて自信に満ち溢れた表情で語る。


「確かに小銃で分厚い鋼鉄の門を破ることは不可能でしょう。ですが、魔族を斃すのに重い砲弾は果たして必要なのでしょうか?」


 まあ、それは確かにそうなのだろう。


 そもそも命中精度の低い大砲では逃げる的にはまず命中しない。これでは魔族を倒せない。それならば別に大砲にこだわる必要はないか。


「百聞は一見に如かず。まずは飲み物でも飲んでご鑑賞ください」


 そう言ってロリコオン公爵が手でなにか合図をする。すると、先ほどの館にいた若い執事…随分可愛い顔した執事だな…美少年か?…が盆に乗ったグラスをこちらに差し出す。


「どうぞ」


「ああ、ありがとう」


 執事の声は低音なのだが、まだ幼いせいかどこか愛らしさを感じる声だった。


 僕は盆からグラスを取り、入っている液体を飲む。…これワインじゃねえか。


 まだ昼…それも仕事中だろうに。


 しかしルクス王子の方を見れば、なんの躊躇もなしに飲んでる。まあ王子が飲んでるなら構わないか。


「そろそろ準備ができましたね」


 公爵の声につられて歩兵部隊を見れば、どうやら火薬と弾を込める準備が終わったらしい。


 といっても時間にすれば1分もかかっていない。なかなか手慣れている。


「彼らはもともとはただの農夫です。力仕事は得意ですが、戦闘に関しては素人です」


 と説明する公爵。それを聞いて、納得するような顔をするルクス王子。


「えっと、なんの訓練も受けていないということで?」


「はっはっは!まさか!流石に訓練もなしに本番などしませんよ」


 と僕の問いを否定する公爵。そうだよね。ぶっつけ本番で加護を使用する奴なんて普通いないよね。でもね、しょうがないじゃないか。寝取られの練習なんてできないよ!


「ただ訓練期間は1ヶ月もかかっておりません。小銃の扱い方で数日。あとは実際の射撃訓練を二週間から三週間ほど。これでただの素人を立派な銃専属の兵士にできますよ」


 と自信ありげに語る公爵。


「ほう。短期間で兵士が作れるのか。それは良いな」


 と満足そうな顔をする王子。


 魔族軍によって人類を蹂躙されている現在。とにかく兵士の数が絶対的に足りない。


 仮にいたとしても、ほとんどが魔族との戦闘で役に立たないから意味がない。


 魔族と戦えるだけの兵士を一から育てるとなると、1年から2年ほどの期間を要するだろう。それも少数のみだ。


「お代わりをお注ぎしますか?」


 これからそんな小銃の威力を試す、という時に若い執事がワインボトルを持って僕に声をかけてくる。


「ああ、頼むよ」


「畏まりました」


 グラスを渡すと、慣れた所作でグラスにワインを注ぐ執事…


 この執事さあ…ショートカットの金髪で男の子みたいな髪型だったから気付かなかったんだけど、よくみると燕尾服の胸の部分が盛り上がってるな…


 …この執事さあ、女の子じゃないのか?


「…?えっと、どうかなされましたか?」


「ああ、いや…そうだな、君、なんて名前なんだ?」


「ボクですか?ルワナと申します、伯爵様」


 ルワナはボクが一人称の執事だったようだ。


「おい、呑気にワイン飲んでる場合か?始まるぞ」


 ルクスに促される形で僕は謎の執事から演習場へと視線を戻す。


 なるほど、妙に幼く感じたのは女性だからか。男として見るなら若すぎる気もしたが、なるほど、女性なら問題ないか…女性だよね?…まだ証拠が足りないので断言はできないが、その可能性は極めて高い気がする。


 そんなことを考えているうちに、演習場にいる歩兵部隊が小銃を構え、50メートル先のプレートアーマーを狙う。


 僕が歩兵から視線を移動させて公爵の方を見れば、彼の傍に仕えるメイドたちがいる。


 …いや、やっぱり若くね?確かに執事の方は年相応な気がしたが、メイドの方はどう考えても若すぎ…ゴシックなメイド服を来ている彼女たちはなんだかお人形のような可愛さがある…やっぱり幼いような…


 ハッ!いかんいかん…今は真面目な時間なんだ。ちゃんと見ないと!


「点火!構え!…撃て!」


 後ろにいる指揮官の号令に合わせて歩兵たちが小銃で的を狙い、そして引き金を引く。


 パパパパパパン!!!


 弾けるような爆発音が連続で発生して空気を震わせる。火花が起こり、煙が発生して空気を一瞬で汚していく。


 その衝撃音は凄まじく、遠く離れているのに内臓まで響くような衝撃に襲われる。


 これは女の子にはキツイかもな…なんて考えていると…


「キャッ!」


 と謎の執事のルワナが悲鳴をあげて転びそうになる。僕はさっと動いて彼女の体を抱き支えた。


「あ、ありがとうございます、伯爵様」


「いえいえ、紳士の務めですよ」


 燕尾服越しに執事の体を抱きとめることで、それは確信に変わった。やはりこいつ、女だ。


 ちょっと低めの低音ボイスだった気がしたが、まあ女の子の中にもこういう低い声の持ち主はたまにいるからそれは別におかしくはない。


 問題があるとすればなぜにあえて女性執事を?いや、執事が男でないといけないってわけではないのだが…ただそうすると、公爵の周りには女の子しかいないって事になるような…


 たまたまかな?そうだと信じたい。


 う…それにしてもちょっと酔ったかな。なんだか頭がくらくらする。


「ほう、これは大した威力だな」


「ええ、ほとんどハズレてますけど」


 僕は酔いを覚ますように小銃が狙った獲物…プレートアーマーの方を見やる。


 あの強烈な爆発から発射された小銃の弾は確実にプレートアーマーを狙っていた。


 その中には見事に命中して硬い甲冑に穴を開けるほどの破壊力を見せる弾もあれば、見事に外れてなんの成果も残さない弾もあったようだ。


「30発撃って命中は3組ですか…10分の1の確率だな」


「これでも良い方ですよ?最初なんて1000発撃っても当たりませんでしたかなら!」


 ハッハッハッ!と失敗を高笑いで誤魔化す公爵。


 やがて笑いを止めると、真面目な顔をして僕らを見て言う。


「ですが、威力は本物です。魔族の皮膚はとても硬い…ちょうどあの甲冑ほどですかね?」


 魔族の硬さ、要するに防御力は非常に厄介だ。その硬さをあえて例えるなら、鉄の剣で丸太を斬るようなものだ。


 鉄ほどに硬いわけではない。だから斬れない事はないのだが、よほど力を込めないとまず斬れないし、相当な威力を込めないと矢も刺さらない。


 もちろん、超一流の戦士となれば倒せない事はないが…やはり素人の兵士が倒すとなると無理があるだろう。


 …それができる、小銃ならば。


「素人の農夫ですら、使い方さえ覚えれば魔族を斃せる立派な兵士になる。それも訓練期間は1ヶ月もあれば十分。対魔族戦争において切り札になると思いませんか?」


「…ちなみに、近づけばもっと命中率は上がるのか?」


「もちろんですとも。魔族は図体がデカいですからね。良い的ですよ!」


 確かに命中率に関しては問題はある。


 しかし、槍も矢も通じない魔族に致命傷を与えられる武器なのは間違いない。


 それも訓練の期間はほとんどいらない。知識も経験も不要。未経験者であっても簡単に兵士になれる。


 小銃は火薬を使用した武器なので、魔法の訓練さえ不要だ。


 ――一ヶ月もあれば素人を魔族すら殺せる兵士にできる…なるほど。いいじゃないか。


「それはあ…良い…アイディアですねえ…」


「?…お前、もしかして酔ってる?」


「酔ってまへんよ?」


「ふむ。リューク殿は酒精は苦手でしたかな?これは悪いことをしましたな。ルワナ、介抱してあげなさい」


「畏まりました、ご主人様…伯爵様、お体にお触れします」


 公爵に命令された執事が僕の傍に寄り添い、体を支えてくれる。


「ああ、悪いね…任せるよ」


「はい、お任せください」


 酒に酔うなんていつ以来だ?そもそも二杯飲んだ程度で酔うなんてことは今まで一度もなかった。


 …もしかしたら、安心したからなのかもしれないな。


 この武器があれば、守れる。みんなを。シルフィアを。フィリエルを。そして…


 大切なものを守るには力が必要だ。小銃があれば、僕がいなくても守れるかもしれない…


 魔族との戦争が始まって以来、気が休まる暇なんてまったくなかった。加護を発動して以来なんて毎日神経がすり減って、精神がおかしくなりそうだった。


 しかし、ようやく楽ができるかもしれない。これは希望なのかもしれない。


 そう思ったらなんだか安堵して、緊張が緩んでしまった…だからなのかもしれない。きっとそうだと信じたい…


 僕は自分にそう言い聞かせるようにして意識を手放した。


「…あ💓伯爵様…ダメです…ボク、初めて…ん💓」


 …

 …

 …


 一体どれくらい時間が経ったのだろう?


 気が付けばどこかの部屋のベッドにいた。…なぜ僕は裸なんだ?


 きっと酔った僕を介抱するべく、このベッドに運んだのだろう。


 まったく。酒に酔って他人様の家で眠りこけるなんて、とんだ恥だ。一刻も早く公爵に会ってお詫びをせねばならないな…


「すー、すー」


 なぜ寝息が聞こえるのだろう?


「…すー…、あ、…それはダメ…すー、すー…伯爵様…好きです…ん💓」


「……」


 なぜ僕の隣にあの執事くん…いや女執事がいるのだろう?それも裸で。あとなぜそんな艶めかしい寝息なのだろう?


 え?やってないよね?一線は越えてないよね!


 いろいろな意味で公爵に謝罪しないといけなくなった。


 小銃の威力を見るだけだったのに…

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