第23話 剣の持ち主

 せんじょう、戦場、戦場に連れて行けと?


 暗く、湿っぽく、そして狭い武器用の保管庫には現在、僕とローゼンシアの二人きり。それ以外に誰もいない二人きりの環境下で突然迫られたかと思ったら、今度は戦場に連れていけと彼女は言う。一体なぜ?


「えっと、従軍が希望でしたら義勇軍として参加できますが…」


「それですと重要な作戦に参加できないのでは?私としてはリューク様のお傍で戦ってみたいのですが…」


 いや、それは難しいだろ。


 僕が率いている部隊であれば、ある程度僕の権限で人員を補充できるかもしれない。しかし、僕が所属する第六騎士団の遊撃部隊。これを率いているのはルクス王子だ。


 第六騎士団に入るにはルクス王子の許可がいるし、王子はそんなこと許さないだろう。なにしろ第六騎士団はルクス王子の加護によって契約している、信頼できる人物のみで構成されている、まさに忠誠心の塊のような騎士団だ。


 こんな出会ったばかりの女性を信頼するはずがないだろう。もっともそんな得体の知れない女を泊めている僕が言えたことではないかもしれないが…


「うーん、流石に外国の人、それも王女様が王子麾下の騎士団に入るというのは難しいかもしれないですね」


「うん?別に私は同じ部隊で戦いたいわけではないですよ?そうですね、あくまでリューク様のお供がしたい、それだけですよ?」


 なるほど、わからん。つまり何が言いたいのだろう?


「リューク様はカルゴアの上位貴族。そんな方が戦場にお供を連れていたとしても別におかしくないでしょ?」


「それは…」


 確かにそうかもな。もちろん、重要な会議などに参加させるわけにはいかないが、それ以外の雑用としてお供を連れていくことはあるだろう。


「だから、ですね。私をリューク様の従者にしてもらおうかな、って思うのですよ」


「え?」


「それなら問題ないですよね?」


 とローゼンシアは下から覗き込むようにして僕に従者をやらせろと懇願してくる。


 いやいや、ダメでしょ。だって…


「ローゼンシア様、流石にそれは…」


「でないと、リューク様が色仕掛けに負けて他国の利益を図ってるって言いふらしちゃおっかな~」


 ローゼンシアは不敵な笑みを浮かべ、僕を脅してくる。


 それは、まずい。


 もちろん、そのような事実はない。色仕掛けをしているのはむしろ僕の方だし。なにしろ外国の女王陛下のメイドをナンパしてるのだから。だから僕が色仕掛けにかかってることは決してない。それはないのだ!まあ、だからといって真実を伝えるわけにはいかない。


「ふふーん。どうしよっかな~」


 今日のローゼンシアは短いスカートを履いた、ラフな恰好をしている。そんな彼女が小悪魔みたいな笑みを浮かべ、楽しそうに僕を眺めている。


 くっそー、なんて可愛い美少女なのだろう。


 傍から見れば弱みを握られて脅されているという状況。しかし、相手が絶世の美貌を持つローゼンシアだったせいか、そんなに悪い気はしない。これが中年のおっさんだったら怒りではらわたが煮えくり返ってるところだ。


 ハッ!いかん、なに誘惑されてんだ?この状況で誘惑っておかしいだろ。


 どうする?脅しに屈してローゼンシアを従者にするか?それとも脅しに負けてローゼンシアを僕の従者にするべきか…あれ?どっちも屈してね?


 なぜだろう?僕の中の選択肢が脅しに屈する一択しかない。…はあ、まあいいか。


「わかったよ」


「え!うそ、本当に!?まさか本当にしてもらえるなんて…やった!ふふーん、リューク様、あ、り、が、と!」


 と片目を閉じてウィンクして僕に感謝の意を伝えてくる亡国のお姫様。


「じゃあ、これからは僕の従者ってことで、いいのかな?」


「ふふ、ええ、畏まりました、リューク様。今日からわたくし、ローゼンシアはあなた様の従者にございます。なんなりとご命令を」


 そう言ってペコリと優雅にお辞儀をして僕の従者になることを誓うローゼンシア。正直、その所作だけならば教育の行き届いているご令嬢のように見える。しかし、彼女の性格上、僕に絶対の忠誠を誓っているわけではないのだろう。


 なにか目的がある。それは…


 僕は武器庫から取り出した大剣を見る。


 貴重な鉱石のアダマンタイトで出来ている、無骨な大剣。魔族からの戦利品感覚で使っていたのだが…


 あの反応から推察するに、この剣の持主を知ってそうだな。ドウラン国ゆかりの剣だったのかな?


 …まさか、この剣を盗むつもりで従者になったのでは?


 ハッとして僕はローゼンシアを見る。彼女はにっこりと微笑み、


「どうかされました?」


 と疑問を口にする。


「え、あ、いや、この剣のことを知ってるみたいだけど、もしかしてこの剣を返して欲しいのかな、って思って?」


「え?ああ、その剣を心配してるんですね。それなら問題ないですよ。それは確かにドウラン国ゆかりの剣ですが、アダマンタイトを使用してる以外にこれといって価値のある剣ではないので。別に私のものでもありませんし、好きに使ってください」


 と、あっさり剣の詳細について告白するローゼンシア。あれ?もしかして、たまたま見たことがあるってだけで、別にこの剣が欲しいわけではないのかな?


「あ、そうなんだ。じゃあ今後も使ってもいいのかな?」


「もちろん構いません。それはただの父の形見の剣というだけで、それ以外に大した価値はありませんので」


 ――それでは私はこれで、となんだかスッキリした顔で武器庫を出ていくローゼンシア。


 ふーん、なるほどね。お父さんの形見の剣かあ。


 …それって剣王の剣じゃねえか。


「ちょ、ローゼンシア!それって本当に大丈夫なの?国宝に指定とかされてるんじゃないの!?」


「ふふーん、今日のお肉はなんの肉かな~♪ズバリ、なんかのお肉~!♪」


 ローゼンシアはやけに機嫌が良さそうに鼻歌を歌って部屋に戻っていく。僕の従者とは思えないぐらい、適当な態度だった。


 フリでもいいからもうちょっと従者っぽくしてほしいよな。


 大丈夫なのか?いや、大丈夫だということにしておこう。


 それにしてもローゼンシアのあの態度から察するに、本気で戦場について来るつもりだろう。


 もちろん、従者としてついて来る分には問題はない。重要なのは、戦場にまでついてくるかどうかってことだ。


 これがただの軍隊の一部隊の話で、彼女が実績のある戦士ならば、ローゼンシアを勧誘したとしてもおかしくはない。しかし、実際はどうなのだ?


 実績については不明。ただ剣王の娘というぐらいなのだから、ある程度は戦えるのかもしれない。


 問題は忠誠心だ。これが一番厄介である。


 もちろん、軍隊なんて玉石混合。特に地位の低い兵士ともなると、忠誠心なんて欠片もないゴロツキだっているだろう。


 だから多少信頼に難があっても、ただの部隊なら入れてもいいかもしれない。しかし、僕のいる部隊の場合、加護の問題がある以上、信用のおけない者は入れられない。


 もちろん、例外はある。それは…


「ローゼンシアを口説いて、加護の一員にする、しかないのか?」


 そういうことになるよな。


 ただでさえルクス王子には現在、無理を言っている。これ以上の無理はさすがに難しいだろう。しかし、あくまで軍事の作戦上、ローゼンシアを入れることが必要な事ならば、いけるのか?


 ローゼンシアを表向きは従者として。しかし真の狙いは、彼女を僕の加護の要員、つまるところ寝取られ要員にするつもりならば、ルクス王子は作戦上必要なこととして納得してくれるかもしれない。


 …とりあえず、ルクス王子への説得はそういう方向で話しを進めよう。本当に口説いて寝取らせるか否かは、うん、その時の状況に応じて行動しよう。


 要するに行き当たりばったりということで。


 …はあ。フィリエルといいシエルといい、そしてローゼンシアといい。なんか女性関係が複雑になっている気がする…あれ?なんでシエル様まで含んでるんだ?


 怖い。いつの間にか当たり前のようにシエル様を寝取られ要員の一員に加えようとしている、自分の無自覚っぷりが怖いぞ!


 と、とにかく、ローゼンシアが従者になったことは確定なのだ。とりあえず、給金はどうしよう?だいたい月単位で銀貨20枚ぐらいか?その辺はうちの執事長と相談するか。


 妙な成り行きとはいえ、その辺はしっかりやらないとな。はあ、ただでさえ大変なのに、面倒が増える。


「ご主人様、なんだか騒がしいようですが、いかがされましたか?」


 武器庫でいろいろ騒いでいたせいか、うちのメイドさんがひょっこり現れる。ちょうど良かった。


「ああ、実は頼みたいことがあるんだが…」


 僕はメイドさんに依頼内容を伝える。主に、ランバール奪還のためには軍が必要なこと、そしてナルシッサに協力してくれる兵士を集めたいこと。すると、


「それでしたら、元冒険者の方を集めたらどうですか?」


 と彼女は答える。


「うん?冒険者組合はすでに機能してないはずだけど?」


「ええ、ですので元冒険者ですね。カルゴアに逃げ…避難してきた元冒険者の中には職にあぶれている人もいますので、そういう人を採用されたらいかがでしょう?」


 ああ、なるほど。…今、逃げてきたって言おうとしたか?まあいいけど。このメイド、けっこう辛辣だな。


 現状、ナルシッサのために従軍してくれる人間などほとんどいないだろう。もちろん、探せばランバールからの避難民ぐらい見つかるだろうが、それには時間がない。


 それならば、ある程度実力があって、報酬次第で協力してくれる元冒険者はうってつけかもしれない。


「わかった。その方向でいこう」


「ちなみに人数はどれほどで?」


「多いに越したことはないんだが、まあ30人ぐらいの小隊規模であれば大丈夫かな?」


 正直、戦力とはまったく期待していない。要はランバールの軍がいるという体裁が整っていれば良いのだ。


「ふむ、わかりました。ちなみにこれは王子に連絡しても良いことで?」


「ええ、もちろんですよ」


 このメイドさんは、メイドといってもルクス王子より派遣されている僕の護衛部隊も兼ねているメイドさんだったりする。だから建前上は僕のことを主人と仰いでいるが、本当の主人はルクス王子だったりする。


「では問題なさそうですね。わかりました、早速手配させて頂きます」


「うん、ちなみに元冒険者ってどこに住んでるの?」


「さあ?酒場じゃないんですか?」


 と適当なことを言うメイド。まあ言動はともかく、信頼できる人物なので、任せても大丈夫だろう。


 やがて僕からの依頼を受けたメイドは早速行動を開始していく。おそらく明日には必要な人材が集まるかもしれない。


 あとは…


 その後。僕は屋敷で時間を過ごす。遅めの夕食を取り、お風呂に入り、シルフィアたちと会話をしたり、ローゼンシアの酔っ払いトークに付き合ったり、おのおの自由に過ごす。


 ローゼンシア…まったく従者っぽいことしてないな。もしかして本当に戦場に行きたいだけなのか?


 まあそれはいいのだが。


 そして夜が更ける。僕が寝室で寛いでいると、コンコンとノックをする音が外より響いた。


「どうぞ」


 扉が開き、そしてドアが軋む音が鳴る。廊下より寝室に入ってくる人物が一人。


 黒髪のメイド、フィリエルが真っ赤な顔をして、目を潤わせて、


「そ、その、監視に参りました」


 と僕の部屋にやってきた。…そういえば、そんな事を言っていたな。完全に忘れてた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る