冬の空気
津多 時ロウ
冬の空気
――ジリリリリリリリリリリリリリリリリ
侵略者はけたたましい音を鳴り響かせて夢の世界に現れ、私を現実に連れ去った。
「んんーーー……。お休み月曜日。また巡り会うその日まで」
侵略者を平手で
そう、今日は泣く子も黙る月曜日。それも12月後半の寒い朝。誠に遺憾ながら祝日ではない。会社に出勤する日だ。
そうして通販で購入したばかりのもこもことした暖かい
今夜もよろしくね、と
実に気持ちのいい朝だ。
私は何を血迷ったのか窓を開けて大きく深呼吸をする。体の隅々まで冬の透き通った新鮮な空気が染み渡るようでいて、そして何故か生クリームの匂いもするが……何よりも寒い。
体を凍てつかせる冷気に慌てて窓を閉め、暖房のスイッチを入れながら私は
「何をやっているんだろうなあ」
去年の今頃はどうしていたんだっけ?
……ああ、そうか。彼と喧嘩して別れたんだったっけ。
その日も今日みたいな良く晴れたいい日だった。
彼は会社の同期で、私は開発、彼は総務。接点はほとんどないし、容姿が特別いいわけでも悪いわけでもない。声はちょっと私好みだった。それくらい。だけど、何度か総務への用事で顔を合わせていたら、突然、告白された。総務課の
――ええ、ええ、こいつ頭おかしいって私も思いましたよ。でもね、そのときの私は何故か二つ返事で
でも、付き合いを重ねるにつれて不満も出てきた。彼は私をデートに誘わないのだ。だから、いつも私が予定を聞いて計画を立てた。それはおかしいという友達もいたけれど、私はそれでも構わないと思っていた。だけど、私は結局のところ、自分の不満に見て見ぬふりをしていただけだったのだ。
見えなかった不満が或る日のデートで遂に爆発してしまう。よりにもよって、楽しみにしていた高級ホテルのケーキバイキングを堪能しているときに。
「ねえ、どうしてあなたの方から誘ってくれないの?」
「ごめん。慣れてないんだ」
「ねえ、どうしてデートが無い日は連絡してくれないの?」
「ごめん。君の時間を邪魔しちゃ悪いんじゃないかと思って」
「メッセージアプリでもなんでもあるじゃない」
「ごめん」
「分かったわ。あなた本当は私に興味が無いんでしょ!? 私のことが好きじゃないんでしょ!? 本当は他に付き合っている女がいるんでしょ?」
「……」
「黙ってないでなんとか言いなさいよ! そんなんじゃないとか、これからは電話するよとか! 本当にどうなってるの!?」
「……」
「分かんない! 分かんない分かんない! 私、あなたのことが全然分からないわ! 好きとか愛してるとか言ってよ! 抱きしめてよ、抱きしめなさいよ!」
「ごめん……」
私は、彼の悲しいような困ったような顔を背に、その場から逃げるように立ち去った。それから彼とは会社で会っても他人の振り。我ながら子供だったなと思うが、終わったのだ。唐突に、完全に。
――ブブブブブ、ブブブブブ
出勤の準備が
『今度、ケーキバイキングでもどう?』
私の返事は決まっている。
『ごめん』
置き去りにしていた彼のアカウントをブロックした私は、もう出かけなければならない時間だったことを思い出した。
慌てて玄関を出て、もう一度、澄んだ冬の空気を目一杯体に取り込む。
どこまでも高く、晴れ渡った空。
もう、生クリームの匂いはしなかった。
〔完〕
冬の空気 津多 時ロウ @tsuda_jiro
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