第9話 ジュピターと妻の出会いは呼び寄せられるように……(前編)
俺が妻のマリーゴールドと出会ったのは、騎士になり第二部隊として所属して間もなくの頃だった。
騎士としては新人ではあったが、それまで地方のギルドで無鉄砲に働いていた冒険者であったこともあり、直ぐに仕事にも慣れて第二部隊でも新人らしからぬ仕事を任された。
頼られるからには責任が大きくなる。元々流しで冒険者をしていた俺は色んなパーティに所属して、その補佐や時に臨時のリーダーも任される事もあった。
責任を負うことは特に負担ではないのだが……臨時で任される責任と長く腰を据えた責任はまた重さが違ってくる。
加えて神出鬼没、誰にもあまり理解しがたい不在の部隊長の良く分からない理屈は、以前から知っている俺でさえも手に余るし冒険者時代に感じなかった程の疲れを蓄積させた。
――今回の遠征は流石に疲れすぎた……
部隊長の目撃証言と連絡により向かった先は地獄だった。
呪いのような儀式と荒ぶる裸族のような言葉の通じない部族。一体何の儀式なのかは謎であるが、問題として解決したのはその儀式中に近隣に生息していた野良魔獣が襲ってきた事であり、儀式も裸族も直接はなんの関係も無かった。ただ、裸族を守るのが大変だった。何せ逃げる途中で転んだり木に引っかかったり飛んできた小石に当たったりで怪我をするので防御力がゼロどころかマイナスだから。
言葉もほぼ通じないので魔獣から守りながら布を着せていくので大変な事。あと、魔獣は魔獣で勝手に殺してはいけないので捕獲しなくてはいけないし……
「どっちを優先すればいいですか?!」と聞かれた時には「知らん! 見えた端からとっ捕まえろ!」としか言えなかったが、裸族を直視するのを躊躇っていた騎士達からは不満が漏れた。ちなみに、幸いにも裸族に女はいなかった。それが幸いかどうかは謎だけど。
そんな事ばかりでいろんな事に気を使いながら任務をこなさなくてはいけない騎士は骨が折れた。
騎士ともなると冒険者時代よりも制約も多ければ、言葉遣いや態度にも気をつけないとしで……冒険者時代の方が自由だったと痛感する。
「はぁ……」
ボーっとしながら久々の城下町を歩いていると、急に首筋というかだいぶ下の方に冷やりとした寒気が走り俺は一歩下がった。
「きゃあっ!」
俺が一歩引いた足元に、ナイフがサクッと刺さる。
上から何かに狙われたとかではない。前方から歩いて来た女性が躓き、果物と共に持っていたナイフを果物ごとぶち撒けたのだ。
「あっ、ごめんなさい!! 大丈夫でしたか?」
「ああ……いや」
ボーっとしていて前方の様子に気付けなかった自分に心の中で反省した。もう少し正気だったら転ぶ彼女を助けられたし、今寒気を感じなければ危うく結構危うい所にナイフが刺さっていたのだ。危ない……
自身が怪我をするのはともかく、騎士として帝国を守る身に就いたのならば気を抜いてはならない。
土を顔に付け地面に転がる女性を助け起こした。
「こちらもボーっとしていて済まない」
「え、いえ、私が勝手に転んだだけなので……ああ、泥だらけ……」
女性が地面に転がる果物を見て落ち込んでいたので、俺はそれを拾い集めた。
「ナイフって事は森で獲って来たのか? 俺は新鮮な果物も好きだし冒険者上がりだから落ちた物でも気にならない。使い物にならないならば全て買い取らせて貰おうか」
その言葉を聞いた女性はぱぁっと表情を明るくして店を示した。
「で、でしたらそちらの酒場で食事されませんか? 果物だけじゃお腹は満たされないでしょう?」
「そこの店員か……良かった、丁度食事場所を探していたんだ、寄らせて貰うよ……ええと」
「私はマリー……マリーゴールドです、騎士様」
ニコリと可愛らしく笑う彼女……それがマリーゴールドとの出会いだった。
★★★
入った酒場は昼は飯屋として営業しているのだろう。入り口に飯の良い匂いがふわりと香る……が、心なしか店内には客が少ないように見えた。酒場の昼営業とはそんなものだろうか。
先に入っていた彼女がテーブルの準備を終えてパタパタと走って来る。
「お待たせしました! こちらへ――あっ!!」
慌てて準備したからなのか、案内しに戻って来た彼女は俺の前で躓き転びそうになった。
俺は咄嗟に激突しかけた彼女を捕まえる。
「……大丈夫か?」
「ええ、すみません……私、結構おっちょこちょいというか、転びやすくて」
確かにさっきも転んでいたしな。しかし今度は彼女の頭突きが俺のその……直撃しそうになっていたのだ。
ナイフよりは殺傷能力が無いにせよ……危なかった。
彼女は俺に腕を引き上げられて自身のドジを恥じるように真っ赤に照れていた。……まぁ、そうだろう。二度も俺の急所を突こうとしていたのは偶然だろう。こんなに可愛らしい暗殺者が居るわけもないし、こんなに堂々と狙われるような事はしていなかったはず……
恨まれる事で思い当たるのは裸族に服を着せた事だろうが……暗殺者を雇う程の恨みでは無いだろうし。
「こちらへどうぞ!」
案内された小さなテーブル席へ俺は座った。彼女はすぐさま飲物を持って走ってくる。
失礼を挽回する為にサービスをしなくてはいけないと思ったのか焦って走ってくる彼女に、君は自身も認めるドジっ子なんだから危ないと言い掛ける前に案の定彼女は躓いた。
「こちらはサービスで――あっ!」
持っていた酒はそのまま俺のズボンに直撃した。
「すすすす、すみません!!! 直ぐに雑巾を!!!」
慌てて戻る彼女を見送り、俺は顎に手を当てて考えた。
ボーっとしていない俺は避ける事が出来た。だが、今回は敢えて避けなかったのだ……
そして、案の定持っていた酒は俺のズボンというか中心にクリーンピットした。酒瓶が直撃しなかったのは幸いである……が――
間違いない……彼女、マリーゴールドは――何故か俺の急所を的にしている……?
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