流星の騎士ジュピター・スカイは妻が心配
あニキ
第1話 流星の騎士ジュピター・スカイは早く帰りたかった
帝国を守る皇室騎士団の騎士。
流星の騎士の異名を持つ男、ジュピター・スカイは宰相から辞令を受け取り、目を見開いた。
「第二部隊――ですか?」
震える手、辞令の向こうに見える宰相や皇帝もジュピターを気の毒そうに見た。
「いや、うん。君には本当に申し訳ないと思うんだけど……」
「ですが陛下!! 自分は、やっとの思いで部隊変更を受け入れて頂き……希望は定時ですが多少の残業も目を瞑ってまいりました!」
「ああ……うん、その辺りは本当に申し訳ないね。ただ、第二部隊側から泣きつかれてね……元々優秀な冒険者だった君は地方に詳しいし、何より部隊長であるライナーの行動範囲を予測出来るのは君しか居ないんだよ」
「自分じゃなきゃ……どうしても駄目ですか……?」
「……君が戻って来なければ今第二部隊に居る騎士達が辞めそうなんだ……本当に申し訳ない、頼むよ……」
皇帝陛下の悲痛な声。皇帝に頼まれて断る者などこの帝国には居ない。
ジュピターは肩を落として辞令を受け入れた。
――――――――――――――――――――
――はぁ……どうしたものか。
今日はもう帰っても良いと言われ、重い足を家路へと向けた。
いつもは帰宅時間になれば流星の如く瞬足で帰る。スキルを使ってでも帰る。少しでも早い方が良いから……
俺が流星の騎士と言われるのはそこからである。夜空を思わせる様な深く青い髪と星のような特殊な色の瞳も少し関係しているがそうではない。それだけならば『星空の騎士』でも良いはずだ。星には流れるように帰宅しなくてはいけない理由があったのだ……
「あら、あなた。お帰りなさい」
「……ただいま」
帝国の首都、城下町の外れ。静かな場所に自宅があった。
白い外観、可愛らしい扉は騎士が1人で住むには似つかわしくない……その向こうには穏やかに可愛らしく笑う妻がいるからだ。
妻、マリーゴールド・スカイ。花の様に微笑み、ウキウキとした足取りで喜ぶ彼女に先程の辞令の話を告げるのは酷過ぎた。
「……マリー、聞いて欲しい事がある」
「えっ……もしかして……」
妻は何故かそっと目を閉じた。
「……いや、それ何待ち……う、うん、言わなくても分かるけど」
「……私の事、愛してるって話かなって……」
「……あの、それはまぁ、今はそれは置いといて」
俺は咳払いをして妻の肩に手を置いた。先にそういうのをしてしまうと、後から言い出す辞令のハードルが高すぎるから。天国と地獄の落差をわざわざ上げなくても良いから……
「えっ? じゃあ、何かしら。あっ、もうすぐ結婚記念日……? いや、私の誕生日……あ、×マスも近いわね――」
「いやストップストップ」
アカン、これ以上喋らせると落差がどんどん激しくなってしまう……というか何で重要な日そんな近々に集まっているの……? 夫としての山場、一年の中でここだけ上がりすぎでしょ。
「そうじゃないんだ……というか、嬉しい話じゃなくて、悲しいお知らせなんだが……」
「えっ――」
妻はガシャンと持っていた皿を落とした。ワナワナと震えて口元を押さえる。
「わ――別れるって……コト?」
「いや、一気にハードル急降下し過ぎて風邪引くわ!! あ、いや、そうじゃないんだ……ええと、これだ」
これ以上話を続けると妻の頭の中が大変な事になりそうなので、先程宰相から受け取った辞令を妻の前に差し出した。
「え……なぁに? コレ」
「……第二部隊に戻る事になった」
その言葉を聞いた妻が膝から崩れ落ちる。……そうだよな……済まない。
すくっと立ち上がった妻は、割れた皿の大きな破片を手にして扉へ向かった。
「……もうこうなったら……陛下を……」
「ウワァーーー!! ちょ、ちょっと待て! それ普通に反逆罪ーー!!!」
本当にやりそうな目をしていた妻から破片を取り上げた。普通に破片も危ないが妻の目の方がヤバかった。
「何でそこまで飛ぶんだ……」
「だって!! せっかく出張漬けのあなたが部隊変えでやっと早く帰って来られるようになったのにーーー!!! 部隊変えってつい先日の話よね??? 何で??? どうして??? 騎士団はなんなの?? 喪男が多いから既婚者に嫉妬しているの??? ラブラブな新婚生活を壊そうとしているの?????」
「いや、落ち着いてマリーちゃん、あと騎士団員は全然悪くないからさり気なくdisらないで……」
そう……皇帝も悪くないし騎士団員も誰も悪くない……
悪いのは俺だ。頼られると断れないこの性格と、部隊長の数少ない友人だから……
「済まない。俺が全部悪いんだ。あと……君は普通の、か弱い奥さんなんだからそういう物騒な事はしないでくれ」
俺はマリーちゃんの指に唇を当てた。割れた皿の破片はマリーちゃんの可愛らしい指に傷をつけていた……
魔法ですぐ治る小さな傷だったが、ただ魔法を使うのは勿体無かった。
「あっ……」
傷を舐めるとマリーちゃんは鬼の形相から可愛らしい反応へと変わる。
そう……妻は可愛いのだ。早く帰りたい理由の半分は、この可愛い妻の笑顔が見たいから。
「あなた……」
「俺が帰るまで、大人しく……待っていてくれるかい?」
「はい……」
優しく抱きしめると妻は頬を染めてこくりと頷いた。
良かった……何とか理解してくれたようだ……
「あなたが帰って来るまで、毎日裏の滝の冷水を浴びて祈祷しながら待ってますね」
「いや、風邪引くから絶対にやめて。普通に暖かい格好で待っていて……」
――こうして、部隊変えにより家に帰るのが遅くなってしまった騎士、ジュピター・スカイとそれを待つ妻、マリーゴールドの戦いの日々が始まった……
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