プロローグ(その2)
子犬を飼い始めると聞いて、正直「ちょっと困ったな」と思った。
理由は二つある。
まずは自分自身の健康上の理由だ。
私が実家で暮らしているのは、大袈裟な言い方をするならば、体を壊して仕事を辞めたため。大きな病気で一ヶ月半ほど入院して、一応は治ったことになっているが、例えば横になっていないと頭痛が出たりする。医者には「その程度の後遺症は仕方ない」と言われているように、他にも小さな後遺症が残っている状態だ。
まあ「横になっていないと」といっても、一時間くらいは連続して起きていられるので、その間に食事や入浴は出来るし、片道十五分程度ならば散歩みたいな外出も可能だった。その「一時間くらい」も、だんだん「三時間くらい」とか「数時間くらい」とかに伸びてきて、最近では起き上がっている時間の方が長くなっている。ほとんど横にならずに一日過ごせるほどだった。
それでもやはり不安は残っている。人間相手ならば「少し具合が悪いので横になる」と言えるから大丈夫だが、言語の異なる犬には言っても通じないだろう。こんな私が、はたして犬と一緒に暮らせるのだろうか?
二番目に、心情的な理由もあった。
そもそも私は、昔から犬が苦手だったのだ。
実家に犬がいたのは物心つく前だから苦手かどうかすら覚えていないとして、それ以降の話だ。
例えば犬を室内飼いしている友達の家に行くたびに、明らかにその犬が私に対して怒っているような吠え方をする、というケースがあった。友達とは遊びたいのに犬が怖いので行きにくい、というジレンマだ。
また、これは「怒っている」とは別だが……。まだ「犬が苦手」という意識もなかったような、小さな頃の思い出だ。道ですれ違った犬に「可愛い」と言ったら、その犬が飛びかかってきた。飼い主さんは「うちの犬は『可愛い』を理解して喜ぶんですよ」と言っていたが、子供にしてみれば、犬が威嚇で飛びかかろうが喜んで飛びかかろうが、どちらも「犬が飛びかかってきた」という意味では同じ。怖かった思いしか残っていない。
そのせいか、道で犬とすれ違うと私はビクビクするようになり、それが相手にも伝わるとみえて、犬も身構える。そんなことが続いて、私は犬が苦手になったのだ。
なお大人になってから私はウイルス学を専攻するようになり、最初に所属した研究室の関係で、たまたま専門分野が狂犬病ウイルスとなった。当時の友人たちは、私が道端などで犬を怖がる様子を見て「狂犬病の研究をしているから、そういう病気の可能性を心配して、過剰に犬を怖がるの?」と言っていたほどだ。
まあ苦手というだけで犬嫌いというわけではないが、先ほどの「私はビクビクするようになり、それが相手にも伝わるとみえて、犬も身構える」がある。おそらく同様の事態が、家の中でも起こり得るだろう。
うちに来る犬は私に懐いてくれるだろうか、というのが大きな心配だった。
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