112.神様に会ったなら

「だ、だがナリーよ……召喚はたやすいが、元の世界に返すというのはその……」


 神になったはずのロンドさんが情けない声を出した。え? もしかして俺ら帰れないのカナー? あんまりこちらの生活長くても困っちゃうんだよなー。俺ら来年は受験生だし? まぁこっちの世界とは時期が一、二か月ぐらいはずれがあるみたいだけどナー。


「……勝手に誘拐してきたあげく、お返しできないとでも?」


 ナリーさんの笑顔がとても怖いです。


「ああ、いや……その……返せないわけではないのだ。だがこの世界に満ちた力を召喚で使ったばかりなのでな……送還にはまた力が満ちるのを待たねばならぬのだ……」

「その力が満ちるにはどれぐらいの時間が必要なんですの?」


 ロンドさんは目を泳がせた。


「そ、そうだな……百年ぐらいだろうか……」

「……は?」


 つい声が出てしまった。


「……ジャンさん、テトンさん……神殺しの方法ってありませんか?」


 中川さんが低い声を発した。


「ま、まて! 確かに送還するまでには百年ぐらい待ってもらうようだが、送還時に時間を巻き戻すことは可能だ! まるっきり同じ時間には戻せないがおそらく二月遅れ程度の時間軸に帰すことは……」

「何言ってんですか?」


 中川さんの声は低いままだ。ロンドさんの言う時間を巻き戻せるというのは助かるが、でも百年後なんだよな。


「百年も待てませんよ。私たちの寿命はそんなに長くありません」

「そ、そなたらは森の獣や山の獣の肉をかなり食べただろう! 魔力を多く保有する者は長生きするのだ。おそらく今のそなたらの状態でもその若さを保ったまま五十年はいられるはず! 寿命でいえば二百年は固いだろう!」

「……本当に?」


 中川さんが人を射殺すような目でロンドさんを睨んだ。


「……それは本当です。かつて森の獣を何頭も食べたという貴族は寿命が二十年以上延びたという記録もあるぐらいです。ただし己の能力が上がったことに過信して魔法を暴走させたり、力の使い方を誤った者はかえって短命になってしまったそうですが……」


 テトンさんが答えてくれた。


「力の使い方を誤るって?」


 中川さんが首を傾げた。


「森の獣の肉をいただいた時、力が体中に漲るのを感じました。少しの間力の使い方がおかしくなるので、その時点で自分の身体等を叩いてしまったりすると……」

「えええええ」


 自分の能力をそれなりに扱えている人間ならしないだろうということをやって、自分の力で大怪我をしてしまったりするということだろう。治癒魔法的なものはまだ確認していないから怪我をしたらそれっきりだろうしな。能力を上げるというのも諸刃の剣のようだ。

 前にもそんな話を聞いたが、ここまで具体的には説明されていなかったから想像するだけに留めていたけど、おそらく先代の王とやらも魔法を暴走させたりして自滅したのかもしれない。


「だったら私たちの寿命の保証もしてもらいたいわ。送還時、心身ともに五体満足であることとか、送還された時元の時間軸に戻った時は能力はそのままで17歳の私たちに戻るとか。それから私ストーカー被害っぽいものに遭ってたからあの男をどうにかしてほしいし」


 最後のは中川さんの事情ではあるが、帰りましたー、またストーカーがー、というのは全然気が休まらないだろう。そこらへんは俺からもお願いしたかった。


「ストーカーとは、なんだ?」

「勘違い系の付きまといをする変質者です」


 ロンドさんの問いに即答した。


「そうだよね。ストーカーとか言って変質者だよね! なんでもかんでも横文字にすればいいと思って! ニートとかもっ!」


 なんか中川さんが怒っていた。ニートにもなにか恨みがあるらしい。……もしかして、ストーカーの属性にニートがあったのだろうか。見た目チャラ男っぽかったな、アレ。

 思い出してとても嫌な気分になった。


「ふむ……では送還の手筈が整ってから改めて尋ねることにしよう」


 送還の手筈が整ってからってああた、百年後だよな。


「……今すぐ、ということが不可能であればどうしましょうか……。本当に私の夫がご迷惑を……」


 ナリーさんが目元をハンカチで覆った。


「いえ、ナリーさんが悪いわけではありませんので。森を攻めるのは止めてもらわないといけないしねー」


 中川さんが考えるような顔をした。


「あ、でもその前に……ミコちゃんが魔神の花嫁ってどういうこと?」

「そう、それ」


 俺もすごく聞きたい。

 キュ? とかかわいい声を上げてミコが俺の首から顔を上げた。


「それは……」


 ナリーさんが口を開いた。


「それはただの言い伝えにすぎぬ。魔神は確かにイイズナ様を大事にかわいがっていらっしゃるがさすがに花嫁ではない」


 ロンドさんがさらりと答えた。

 まぁ、神様の言うことだからこっちが本当かな?


「魔神がイイズナをかわいがっているって?」

「魔神もまたかつては人であったのだ」


 ああ、そういうこと……。


「じゃあ、俺みたいな立場の人だったってことですか?」

「そういうことだ。常に白いイイズナ様と共にいらっしゃったことから、夫婦ではないかと言われているのだ。だからイイズナ様が魔神の眷属というのは間違ってはおらぬ」


 神様ってよく知ってるんだナー(棒)


「そっか……でも魔神の眷属ってことはなんか特殊な能力とかがあったりするんですか?」

「……能力が他の生き物よりも上がりやすいということもあるし、とにかく長命だ。そして主と定めた者を全力で守るだろう」

「そうなんですね」


 俺はミコを撫でた。確かに俺はいろいろミコに守られていると思う。とても嬉しくなった。


「ところであなた、神になったとおっしゃられましたけど……いつまで私にその姿を見せていられるのですか? そのようなことをしてヤマダ様とナカガワ様の送還に影響が出たりはしませんの?」

「……それは全く問題ないが、もし君がよければまた一緒に過ごさせてはもらえないだろうか」


 ナリーさんはじっとロンドさんを見た。そしてため息を吐く。


「……バカな人」


 諦めたように笑み、戸惑っている様子のロンドさんを放置してこちらに向き直った。


「よかったら……お茶だけではなく、今夜のお夕飯も一緒にどうかしら。皆さんのお話を聞かせていただきたいわ」


 俺は中川さんを見た。彼女が頷く。


「はい、喜んで」


 俺たちは笑顔でそう返事をしたのだった。

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