110.真相ってそんなこと

 視線を感じて顔を上げると、ナリーさんが俺の首を凝視していた。


「? なにか?」

「……本当にイイズナ様だったなんて……それも、魔神の花嫁様が……」

「……はい?」


 なんかとても聞き慣れない単語を耳にしたような気がする。俺は少し動いたミコを宥めるように撫でた。


「やはり……そちらの白いイイズナ様は魔神の花嫁様でしたか」


 ジャンさんが感心したように言う。え? どゆこと?

 俺は中川さんと顔を見合わせた。


「失礼ですが、発言をお許しください」


 テトンさんが苦笑しながら断った。ナリーさんが促す。


「ナリー様、お初にお目にかかります。私はヤン伯爵の甥、クベル侯爵が第四子、テトンと申します。これは我が妻、ケイナです。こちらの、真っ白いイイズナ様が首に巻きついていらっしゃるのは、私共の恩人のヤマダ様、そしてその伴侶であるナカガワ様です。ヤマダ様とナカガワ様はある日気が付いたら森にいらっしゃったそうです」

「まぁ……それはもしかして……」


 ナリー様は手を口元に当てた。


「はい、国母と言われているミユキ様と同じ世界からいらっしゃった勇者様に相違ありません」


 ミユキ? かつてのオオカミの主の名前だろうか。それとも、200年に一人は召喚されてくるようなことをオオカミさんが言ってたからもっと前の人か? なんかよくわからなくなってきた。


「そうなのですね。でしたら魔神の花嫁様が主として共にいらっしゃるのも納得だわ。ジャン、貴方はこの方々を私に会わせる為に連れて来てくださったの?」

「それもありますが……本題は別のところにあります。こちらを……」


 そう言ってジャンさんが預けた短剣を出した途端、短剣はまた光り始めた。


「!?」

「まぁ!?」


 そしてジャンさんの手から逃れたかと思うと、部屋の真ん中で浮き上がった。

 え? 何? なんのファンタジー?(いや、すでにファンタジーだけど)

 そして短剣に重なるようにして、鎧姿のでかい人の姿が現れた。


「まぁっ、あなた!?」

「えええ」


 そのでかい人の兜には角があった。そしてその人は少し透けているように見える。もしかして幽霊なのだろうか。俺は卒倒しそうになった。

 お化けこわい。

 でかい人の幽霊はナリーさんをじっと見つめ、口を開いた。


「……ナリー、お前には済まないことをした。だが私には兄を止めることができなかった。このままではこの国はだめになってしまう。森の中心で死ねば神になれるという言い伝えを頼りにして、私は森の中心に向かったのだ」


 この人、なんかすごいことを言ってる。


「神になれば別の世界への扉が開かれる。そこで私は勇者を探し、この二人の少年少女を召喚した。少年よ、ラン様を玉座の間に呼んでくれたことを感謝する。少女よ、どうか南の、人間の国に赴き国王を諫めてくれ」


 えー……というかんじだった。中川さんはソファに腰掛けているから横顔しか見えないけど、その目は据わっているように見えた。


「お断りします」


 中川さんはきっぱりと答えた。

 でかい人は戸惑ったようだった。


「私の願いを叶えてくれれば、そなたの願いも叶えるがどうか」

「そうじゃないでしょ!」


 中川さんがバッと立ち上がり、でかい人に向かって怒鳴った。


「確かにっ、私はちょっと家を離れたいと思って山に登ったけど誘拐されるいわれなんてありません! 山田君だって見知らぬ世界に勝手に誘拐されて苦労したんです! 何が私の願いを叶えれば願いを叶えてやるよ! 世界を股にかけた誘拐犯のくせに!」


 中川さんがビシッ! とでかい人に指を突き付けた。


「ゆ、誘拐犯……この神である私に向かって……」


 でかい人はショックを受けたようだった。


「ロンド様! 彼女の言う通りですわ! まずは彼らに謝罪をしてください!」


 ナリーさんがキッとでかい人を睨み、こう告げた。


「ナ、ナリー……お前までそのようなことを……」

「ロンド様ができなかったことをこんな成人したばかりの彼らに押し付けるなんて論外です! 頼むにしてもそれ相応の態度というものがございましょう!?」


 うんうんとみんなで頷いた。ナリーさん、強い。


「わ、私は神になったのだが……」

「ではロンド様、ロンド様は私を抱きしめることができますか?」


 ナリーさんが聞く。でかい人は首を振った。


「私を抱きしめることもできないロンド様なんて、私にとっては夫でもなんでもないです。神様になんてなられても私一人抱きしめることもできないなんて……」


 ナリーさんが泣きそうな顔になった。でかい人が慌てる。

 俺はふと思い出して、形見となるだろう彼の荷物だの骨だのをまとめた袋をリュックから取り出した。


「ナリーさん、俺はそちらのロンド様の骨を埋葬しました。その骨とか、荷物をこの袋に入れてあるのですが……」

「でかしたぞ少年!」

「でかしたではないでしょう!」


 袋をナリーさんに渡したら、ナリーさんがおそるおそるというように袋をこの場で開けた。その途端袋の中身が短剣に吸い寄せられ、でかい人に吸い込まれた。

 そして……。


「おお! これならばナリー、そなたを抱きしめられるぞ!」


 でかい人は嬉しそうに言うと、本当にナリーさんを抱きしめたのだった。

 だから、どゆこと?

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