第6話 始まり

炎帝の太刀えんていのたち


 俺は火属性の魔法を刀に込めた。

 すると身の丈半分ほどの長さだった刀も、気付けば炎に包まれて2mほどの長さ

に変わっている。


 おそらく現時点では俺にしか使えない、独自の火属性魔法だ。


「は、ははは……。凄まじい魔力、凄まじい剣圧。これが魔王討伐の勇者の力ですか……!素晴らしい、素晴らしいですね!」


 なぜか分からないが、意外にも男の方は嬉しそうな笑みを浮かべていた。

 これが”諦め”なのか”勝算”なのかは分からないが、どちらにせよ俺が攻撃を止める理由はない。


「覚悟はできたか?」


「覚悟?アナタを殺す覚悟なら、とうの昔にできていますよ?なので私も全力の攻撃を見せて差し上げましょうかね!少しだけ火遊びには強すぎる技ですが、偉大な勇者様の火葬にはピッタリでしょう!」


 すると男は右手を地面に付け、魔法陣を展開し始めた。

 大人10人分は入れそうな魔法陣の大きさからして、1級魔法を使おうとしているのは間違い無いだろう。


 —————そしてその予想は見事的中する。


「召喚術式・火焔鳥かえんどりっ!!!」


 そう唱えた直後に、彼の背後から体長30mに達するほどの火鳥が現れた!

 コレを召喚できるのは間違いなく王国騎士団の部隊長レベル、下手すればそれ以上の魔力量なのは疑いようがなかった。


「さぁ、これでアナタの最大の技を打ち破った後は、そのままアルマと共に塵にしてあげますよ!!ゆけ火焔鳥、辺り一体を全てを無に帰しなさい!!」


 そしてその言葉通り、勢いよく俺に向かってくる火鳥。

 確かに火焔鳥は良い召喚魔法だ、攻撃範囲も広く、大人数との戦いで活躍してくれる。


 果たして俺の炎帝の太刀で切れるかどうか……。

 うん、とりあえず物は試しだ!


「ふぅん!!!」


 俺は刀を強く振り下ろし、刀身から炎の斬撃を勢いよく飛ばした!

 そして速度を緩めることなく、とうとう火鳥の胸元に見事直撃したのだ!


 だが……。


【ピ……ピィイエエエエエ!!!!】


 地面を揺らすほどの鳴き声を上げた火鳥は、倒れるどころかむしろ怒りに満ちている様子だった。

 まぁ結論を言うと、俺の炎帝の太刀の斬撃は全く効いてなかったようだ。


 えーっと……10年のブランク、思っていたより大きかったみたいです。


「カ……カハハハハ!!?そんな攻撃が最後の一撃とは、私は勇者様を買い被りすぎていたようですねぇ!?笑止ですよ、もうとっとと廃になりなさい!」


 そして火鳥は、再び俺に向かって勢いよく突進を始める。

 既に火鳥の体から飛び散った炎は、俺の家にも引火しているようだった。

 その家の中にはアルマもいるので、さすがに急がなければならない。


「はぁ……リハビリはここまでか」


 そう呟いた俺は、再び刀に魔力を込める。 

 正真正銘、最後の一撃だ。



—————「炎帝の断罪えんていのだんざい



 刹那、辺り一帯から全ての火が消え失せた。

 先ほどまで視界を覆っていた火鳥も、跡形もなく消え去っている。


 それと同時に地面の草木も枯れ始め、背後に見える小川の水も少しずつ蒸発し始めていた。


「……は?何ですかコレは」


 何が起こったのか理解できていない様子の男は、情けない顔でそう呟く。

 だがその1秒後、彼の全身は……


 一瞬にして炎に包まれていた。


「あ、あ……あぎゃああああ!?!?ぎぃ……あ、あぁああ!?」


 あまりの苦しみに叫び、のたうち回る暗殺者の男。

 もはや彼に冷静な判断が出来る余裕は残されていなかった。


帝の聖水みかどのせいすい


 とりあえず俺は、炎帝の火を消せる数少ない水魔法を使って彼の火を鎮火することにした。

 とはいえ罪人に永遠の苦しみを与えると言われる炎帝の火だ、一瞬でもその火に触れてしまった彼の身体に、もはや立ち上がる余力など残されてはいなかった。


「どうだ、少しは殺される側の気持ちは理解できたんじゃないか?」


「……一体……何をしたのです……?」


「俺は何もしてないさ。ただ炎帝に少し力を貸してもらっただけだ。40秒以上発動すれば、きっと王都の国民半分は焼け死んでいただろうね。危なかったよ」


「つまり……炎帝の太刀が最大の技と……私が勝手に……勘違いしていた……だけですか……」


「炎帝の太刀?あぁ、最初の斬撃の方の魔法か?アレは俺にしか使えない魔法だが、せいぜい準2級相当の魔法だよ」


「準……2級で……あの剣圧でしたか……ハハ……これは初めから勝ち目がなかった……ようですね」


 そう言うと男は、全身から噴き出る血をボンヤリと眺め、死を悟ったような目を浮かべた。


「いや、お前の奇襲は素晴らしかったよ。俺じゃなければ、必ず死んでたよ」


「俺じゃ……なければ……ねぇ……ハハッ」


 男の体からは、徐々に生気がなくなっていく。

 俺が目を閉じてしまえば、もう目の前には地面しかないと錯覚するほどに。


 あぁ、そういえば最後に聞いておきたい事があるんだった。

 

「最後に聞いてもいいか?なぜアルマは暗殺家を追放されたんだ?」


「アルマ……?あぁ、彼女は……人を殺せない……欠陥品だったんですよ……。暗殺家として人を殺せないなんて……話になりませんよ……」


「そうか。ならまだ彼女の手は汚れていないという事だな」


「……ふっ……そうです……ね。私やアナタとは……生きる世界が違う……人…間……」


 こうして彼の最後を見届けた俺はゆっくりと立ち上がり、火の消えた自宅へと戻っていくのだった。


————————


「アルマ、大丈夫かアルマ?」


 俺の自宅に引火していた火鳥の火は、既に先ほどの魔法で消している。

 とはいえ元々壊れかけていたようなボロボロの家だ、短時間の引火でも屋根が少し崩れ始めていた。


「う、うぅ……」


 すると壁を背にして座り込むアルマの姿が目に入った。

 とりあえず俺は彼女をサッと背中に乗せ、今にも崩れそうな家から出る事にした。


「それにしても、旅に出ようと思っていたタイミングで家が壊れてしまったな。運命というか、何と言うか……」


 だがそんな事を呟いている内に、夜風にあたったアルマがゆっくりと目を覚まし始めていた。

 そして一言、俺に向かって呟く。


「…兄様………?」


 あぁ、それを言っちゃうか。

 もしかすると、今1番言って欲しく無いセリフだったかもしれないな。


「アルマ、俺はロードライツだ。兄ではなくて、すまなかったな」


「あ、勇者のオジサンか。じゃあ兄様は……?」


 その質問に対する答えは非常に難しい。

 もちろん正直に”殺した”と伝えるべきなのだろうが、目を覚ました最初の一言が”兄様”だった事が俺の頭をよぎってしまう。


 どうやら俺は臆病者のようだ。


「君の兄は………帰っていったよ。俺には勝てないと判断したのか、君の暗殺からは手を引くらしい」


「そっか……。あ、でももう兄じゃないんだった。もう今の私は、あの人とは無関係の捨てられた人間でしかないんだよね」


 俺の背中に乗るアルマの表情は見えなかったが、震える手の振動だけは正確に伝わってくる。


「アルマ、これから帰る場所はあるのか?」


「…………」


「そうか、俺もだ」


 夜は平等に俺達を隠してくれている。



————————

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魔王を討伐して早10年、元勇者の俺が暗殺家から追放された少女と旅に出るまでの話 成瀬リヅ @ridu108

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